迫りくる混沌編
第91章 家族会議
「おかえり。三人とも……といっても、エロヒム・ツァバオトは、そのまま眠っちゃったみたいだけど」
まさか
『
「ん、いいよ。大丈夫。
イザヤの言葉に対し、さほど気にしてない様子で、穏やかにエロハは答えた。
しかし、表情とは相反して、その目からは、涙が滴り続けている。
そんなエロハが見上げる視線の先には、
「もっとも、
苦笑を浮かべる
ご機嫌ななめどころか、彼女は鼎で眠る直前まで、これでもかというほど癇癪をおこして泣きわめき、
「はい……その、私が、少しやり過ぎてしまったせいもありまして……」
申し訳ございません……。そう言う小さな少年の頬の傷に、エロハがそっと手を振れた。
「彼女の気がすむようにさせると決めたのは私。……でも、出来ることなら、
エロハが手をはなすと、
君たちも、できるだけ、心に留めておいてね。と、エロハは柔らかく微笑んだ。
『我が
声をひそめ、青い目を細める老齢の男の問いに、エロハは首を傾げた。
「ん? 来てませんよ? 誰も……」
イザヤの問いに、エロハは笑いながらしらばっくれる。
なにか、言いたげな表情を浮かべたものの、イザヤはそれ以上、何も口にしなかった。
◆◇◆
うっかり泣きながら眠ってしまい、飛び起きたルクレツィアは、慌てて血で汚れ、破れた服を着替えて、急いで地下神殿へと戻った。
「カイ! 先程はすまない!」
飛び込んだ神殿の奥の方に、確かに座り込んでいる
「………………えっと」
お通夜状態。
落ち込み沈んで、まさしくそんな雰囲気を醸し出す二人に、思わずルクレツィアは、言葉が続かない。
外が真っ暗なせいで、時間経過がわかりにくいが、体感的に、そんなに時間は経っていない、と、思うのだが──。
『家族会議中、だ、そうです』
不意に姿を現した
「ち、父上?」
何か、あったのですか……? 小声で問いかけるルクレツィアに、ムニンは『その場に行った方が早い』とでも言うように、ルクレツィアを促した。
近づくと、二人に向かい合うように座る、闇の元素騎士の制服を纏ったジンカイトの姿もある。
「ありゃぁ、
「……そうじゃの」
頭を抱えるアックスに、ため息まじりにモルガ──否、口調からしてカイが答える。
「サフィリンが、見つかったのか?」
ルクレツィアの声に、二人は振り返り、驚く。
が、すぐにまた、落ち込んだように、しょんぼりと肩を落とした。
「んー、まぁ、見つかったっちゃー、見つかったんじゃが……」
「……デウスヘーラーに乗っとった」
は……? 顔を覆い、床に突っ伏すカイの言葉に、ルクレツィアは絶句。
「ど、どうして……? デウスヘーラーの操者は、エロハ……兄上では……?」
狼狽えるルクレツィアに、アックスが補足した。
「
「
カイが突っ伏した状態から、そのまま床にゴロゴロと転がり、何度も何度も往復した。
隣のアックスも、膝を抱えたまま、顔面蒼白で、固まって動かない。
二人のあまりの挙動不審さに、ルクレツィアは声をひそめてジンカイトに問う。
「一体どうしたんだ? さっきから……」
『アックスの方は、例によってブラコ……げふげふ、猪突猛進故に、相手が誰か確認せずにおもいっきりデウスヘーラー相手に突撃して、神さんの方は……モルガの記憶を継承した状態でサフィリンと交戦したことが、思いのほか、ショックが強かったらしい』
サフィリンの奴、モルガに一番なついとったからのぉ……と、末娘が絡んだ意外な展開に、ジンカイトもお手上げ! と、苦笑を浮かべた。
「その、
加えてサフィリンにとってもエロヒム・ツァバオトにとっても、
血の気のない顔で、とりとめのない言葉を口にしながら、そのまま煙を吐きそうなカイに、『予想以上にこりゃ重症……』と、ジンカイトがため息を吐いた。
「というか、デウスヘーラーと交戦って、いつの間にお前たち……」
『あー、そこについては、二人ともそぉっと勝手に出ていったんで、黙っといてもらえると助かる。ナイショじゃナイショ!』
ナイショと言われても……と、ルクレツィアはジンカイトの言葉に、大きなため息を吐く。
この二人の様子では、すぐに誰かにバレそうな気がするのだが……。
はぁ……と、ため息を吐き、ルクレツィアはカイの頬を、両手て挟んだ。
ジッと向かい合い、涙で潤む、紫色に染まる彼の瞳を見つめる。
「とりあえず、落ち着け。僅かでも情報を得ることができたのだから、そこはお前たちの
ルクレツィアの言葉に、何故かぶわりと、カイの目から涙がこぼれた。
「ちょッ! ど、どうした……」
カイにそのまま力強抱きつかれ、ルクレツィアは思わずしどろもどろになる。
周囲の視線が気になるが、とにかく、彼を落ち着かせようと、彼の背中に手を回した。
「お、お手柄なんかじゃない……ワシ、何もできんかった……それどころか、余計なことを……
遠のく意識の中、自分と入れ替わり、彼女と
彼は結果として、アックスとサフィリン、そしてアウインの、誰か倒れる最悪の結末を止めることができた。
けれど、モルガは──あくまでも「アックスとサフィリンの戦闘を止めたい」と願ったカイの意思を受けて、粛々と適切なる行動をしたに過ぎない。
「どんどん、
「……カイ?」
突然出てきたモルガの名に、ルクレツィアは眉を顰める。
思わず手が止まり、顔を上げた。
「それは、どういう……」
『いやぁ、青春じゃのぉ』
突然、ジンカイトの声が聞こえ、思わずハッとルクレツィアは我に返る。
ジンカイトと
『いやぁ、暗かった家族会議が、なんだか急に華やいで……良いのぉ』
『チェーザレもルクレツィアも……本当になかなかこういう話に縁が無かった我が家にも、とうとう春が……まぁ、相手がコレの息子というところがやや引っかかりますが……エリスの息子でもありますし、良いとしましょう』
『コレってなんじゃコレってッ!』
さらりと含まれるムニンの言葉の毒に、ムッとしたジンカイトが、例によってつかみかかる。
──が。
「ほぉー、家族会議か。それじゃぁ、ワシらも混ぜてもらおうかのぉ!」
突然、第三者の声背後から響き、一同思わず振り返った。
赤い髪を撫でつけ、こめかみをひくつかせた、その青年の顔に、ルクレツィアは微かだが、見覚えがある。
が、ぎょっと目を向いたのは、アックスと、カイと、ジンカイト──。
「す、スフェーン兄ちゃんッ?」
「な、なんで
『げぇ……』
思わず後ずさりする三人。
太めのパイプのような、奇妙な形の杖を手にしたスフェーン=ヘリオドールは、赤い目を細め、苛立たしげに三人を睨みつけた。
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