外伝2 キーラの夢【裏57章】

 神殿の、来客を迎えるための部屋にて。


 来客用の椅子に深々と、ふんぞり返るように座る男に、神女長カミコオサ──キーラ=ザインは頭を抱える。


 呼びつけたのは自分であり、同盟国からの援軍要請に、皇帝自ら出て行ってしまった現状──皇帝の信頼も厚く、懐刀である彼が、いつも以上に大変忙しい身の上であることは、理解している。


 だが、しかし。


 天上天下唯我独尊。その言葉は、まさしくこの男の為に、あるようなもの。


 仮にも神殿を──神に仕える巫女たちを統べる、皇帝の次、もしくは宰相と同等くらいの権力を持ちうるキーラに対し、前述の事情を抜きにしても、大変、非常に、尊大な態度である。


 ため息一つ吐いて、キーラは男──光の元素騎士であり、隊長でもある、チェーザレ=オブシディアンに、口を開いた。


「用というのは、他でもありません。貴方に、相談があります」


 眉をひそめ、訝しむチェーザレに、キーラは淡々と、口を開く。


「もうすぐ、この国・・・に、転機となる厄災・・が、訪れます」


 厄災……その言葉に、チェーザレは、あからさまな態度で舌を打った。


「まさか、陛下がドジを踏んで、戦死する……と?」

「いいえ。現状の未来視さきみでは、陛下はご無事であります」


 フェリンランシャオの巫女の中には、稀に、不思議な力を持つ者がいるという。


 当代の神女長カミコオサキーラも、不安定ながら、を介して、未来を予知する力を持つと言われていた。


「もっとも、まだ、ぼんやり・・・・とした、不明瞭な未来視モノではありますが……」


 はぁ……と、キーラは小さくため息を吐く。


 ただ、真っ黒の霧のような夢の中、明確に視えたキーは、宰相ベルゲル=プラーナと、そして、チェーザレ=オブシディアンこの男


 そして──。


「私、神女長カミコオサの任を、退きたく思います」

「……は?」


 何の脈絡もなく放たれた神女長カミコオサの言葉に、チェーザレは思わずポカンと、口を開いた。



  ◆◇◆



「な・ん・の! 御・用・で! しょ・う・か! のぉ!」


 突然押しかけてきたチェーザレに、青筋をひくつかせながら、スフェーンがずいっと詰め寄った。

 負傷した足は相変わらずガチガチに固定され、動かしにくそうではあるのだが、ずいぶんとよくなったのか、支えの杖を使うことで、一見して、動き回ること事態には、問題はなさそうである。


 ふむ……と、チェーザレは目を細めた。


「いや。なに。オレは大変忙しい身の上なのだが、貴公と親睦を深める・・・・・・ため、遊びに・・・行こうかと思ってな?」

「断る!」


 明らかに矛盾まみれかつ、意味の解らない申し出に、スフェーン、即答。


「大体、弟らが世話になっとるとは言え、ワシとお前は何の関係も・・・・・無いはず・・・・じゃが!」


 ジンカイトエリスの駆け落ちは、当時大変な騒動になったらしい・・・ことは、なんとなくスフェーンにも、想像できる。

 が、その後母は実家であるシャーマナイト家および、本家筋であるオブシディアン家とは絶縁し、まったく交流はなかったはずであるし、スフェーンも父から、一度だけ、経緯を聞いたことがあるだけだ。


 たぶんきっと、父が元、元素騎士であり、母が元、巫女であった事実を知っている者は、兄弟の中でも、スフェーンのみ……。


 だから、あくまでも、自分とこの男は、『他人・・』だ。


「ほー……このオレを前にして、強気に出るか」


 にやり……と、黒い瞳を細めて、チェーザレが意味深に笑う。

 一瞬、ぞくり……と背筋に冷たいものが走るが、その程度で、スフェーンは怖気づかない。 ……負けるものか!


「じゃぁ、ジンカイト殿からの暴露その二。「スフェーンは今まで女性との付き合いはゼロ、奥手にもほどがある。当然童貞……」」

「くそ親父ぃぃぃぃぃぃぃ!」


 童貞ごにょごにょ云々の部分はともかく、地位も名誉も財力もあるのに結婚できない男代表チェーザレに、人の事が、果たして言えるのだろうか。

 チェーザレを知る物なら、誰もが脳裏によぎった疑問だったが、幸か不幸か皆メタリアに向かっており、この場にはスフェーンしかいない。


 亡き父へ恨みを込めて叫び、ぜーぜーと荒い息をするスフェーンに、彼の様子など目に入っていないよう、チェーザレはぽんっと軽く、肩をたたく。


「なぁに。そう時間はとらせん。ちょっと、表通りへ出るだけだ」

「表通り? 何が、あるんです?」


 眉間にしわをいつも以上に刻み、問うスフェーンに、チェーザレはニヤリと笑った。


「祭り。だ」



  ◆◇◆



 表通りは、人であふれ、ごったがえしていた。

 人混みが苦手なスフェーンは、既に顔面蒼白で……家へUターンしかけている。


 そんな彼の腕を、チェーザレはがっしりと力強くつかみ、逃げないように後ろ手で押さえつけていた。


「来たぞ。見えるか?」


 チェーザレが指さす方向に、スフェーンは視線を向けた。

 途端、スフェーンの肩から、無駄な力が抜けるのを、チェーザレは感じ取る。


 巨大な山車の上、飾られた豪奢な椅子に座る、天女のごとき、美しい女性。


 決して、スフェーンと目が合ったわけではないだろうが、にっこりとほほ笑むその顔は、スフェーンが今まで見た中で、とびきり麗しい部類に入る。


「綺麗……じゃ……」


 思わずもれるスフェーンの言葉に、してやったり……とばかりに、チェーザレは笑った。


「キーラ=ザイン。神女長カミコオサにて、フェリンランシャオ帝国建国当時からその名を遺す名門ザイン家の現当主、エーン=ザインの長女。少々、二十八と年増だが……まぁ、見た目は良い部類に入るだろう」


 ……ちょっと待て。なんだか余計な情報がくっついている……ような……。


「何の話じゃ」


 真顔で問うスフェーンに、しらばっくれた顔でチェーザレは答えた。


「いや、お前にアイツと、見合いをして欲しくてな。と、いうか、本音を隠さず言うなら、ジンカイト殿お前の父親と、同じことをしてほしい。彼女を奪い取るくらいの気概で」

「はいぃぃぃぃぃ?」


 ドヤ顔のチェーザレに対し、あんぐりと口を開け、信じられないといった表情を浮かべるスフェーン。


「ど……どういうことじゃ! そんな名門のお嬢さん、相応しい人間が、他にもようけたくさんるじゃろう! 大体それは、一介の技術屋に来るような縁談じゃない……」

「それが、なかなか難しくてな……」


 珍しく、チェーザレが、渋い表情を浮かべた。



  ◆◇◆



「け……っこん……?」


 神女長カミコオサの口から放たれた言葉に、チェーザレは言葉を失う。


「申し訳ないが、オレは二歳以上年上は範疇外だ」

「誰が貴方に申し込んでいますかッ!」


 思わず勢いで机をぶっ叩いたキーラは、一瞬ハッとした顔をし、そしてコホン……と小さく咳払いをし、佇まいをなおす。


「そもそも、相談する相手を間違えているような気がするのだが」

「そこは、私も、重々承知しております」


 渋い顔を浮かべ、神女長カミコオサはため息を吐いた。


「しかしながら……宰相殿や、父は、論外・・で、ございますし……」


 キーラの父であり、ザイン家当主であるエーンは、チェーザレたちに対立する、宰相派に属する貴族である。

 しかしながら、建国当時からある名門貴族とはいえ、近年は凡庸な当主が多い。

 エーンも例外ではなく凡庸な部類に入り、特異な能力を持つ娘を神殿に入れ、最高責任者・・・・・に任ずることで、なんとか、世間に対する対面と体裁を整える男……。


 当然、自らの地位確保のため、娘の退任など、考えてもいないだろう。


「もちろん、巫女としての心構えとして、『一生を通じ、神に仕えて過ごす』という考えも、理解はできるのですが……」


 再度、キーラはため息を吐く。


「私は、これ以上、婚期を逃し行き遅れたく、無いのでございます」


 頭を抱え、うなだれるキーラに、なるほどなぁ……と、チェーザレは感心した。


 この国の貴族は、子どもの頃から婚約者が決まり、十代から二十代前半にかけて結婚をする。

 一般人の婚期は貴族に比べると少し遅いが、それでも、二十八での初婚は、平均的に見て、さすがに遅すぎだ。


 現時点でも、彼女の同年代との結婚は既に絶望的であり、さらに年齢を重ねるとなると、彼女にとって、『結婚』は、無縁なものとなってしまう。


 彼女がチェーザレに相談を持ち掛けたのは、彼が自らの結婚を妨げる存在である父と──そしてそのバックに立つ宰相と、対立関係にある事。


(彼女が退任すれば、必然的に宰相殿の力を削ぐことになる。そして、退任した神女長カミコオサの婚姻相手を推挙したのが、自分となると……陛下側の有利ちからとなる……か)


 そこまで考えて、彼女は相談をしてくれたのだ。


「して、そちら側の、希望する条件は?」


 チェーザレの言葉に、ハッと、キーラは顔をあげた。


「さすがに、多くは望みません。ただ、誠実で、真面目な方であれば……」


 ふむ……と、チェーザレは腕を組む。


 彼の脳裏に、該当する人間が数十人浮かんだが、かといって、仮にも建国当時から存在する名門貴族の長女の相手。

 彼女は「望まない」とは言ったが、かといって、ぞんざいに決めて良い部分でもない。


「少し、複雑な生れであっても、いいか?」

「複雑……庶子、ということでしょうか?」


 いいや。と、首を横に振り、チェーザレは口を開いた。


「オレの父の従妹に当たる女性が、とある騎士と、手に手をとって駆け落ちをし、七人の子を産んだ。その彼女の一番上の息子が、オレの二つ上にあたる」

「それは……まさか……」


 神殿に入ったばかりの幼いキーラの記憶に残る、神殿を騒がせた、とある事件──。


「故に、血筋・・だけなら、オレより陛下の方が近い・・・・・・・にもかかわらず、貴族的な生活など一切したことがない一般人。面白みのないほど真面目で誠実。しかして、警戒する相手に爪を隠し、自らの底を見せない知性と度量も有る。弟妹の良き兄であり父代わり。少し短気だが、代々続く工房を守り、属する職人たちをまとめ上げ、彼らからの信頼も厚い。また、他人以上に自分に対して厳しい職人気質。……ああ。奴の作った作品自体も、悪くはない」


 チェーザレの言葉を、ポカンとした表情で見つめる神女長カミコオサ

 思わず、彼は怪訝な顔を浮かべた。


「どうした?」

「貴方が他人を褒めて・・・いるところ、初めて見ました……」


 別に、褒めたつもりはないのだが……。一息つくよう、チェーザレが小さくため息を吐いた。


「でも私、確かに、興味を持ちましたわ。そのお方に」


 神女長カミコオサの言葉を聴き、頷くと、チェーザレは席を立つ。

 しかし、「ああ、二つほど」と、チェーザレは扉の前で振り返った。


「奴は、自らの出自を、ある程度・・・・は知っているようではあるが、かといって、その全て・・・・を、知っているわけではない。そして何より、あの父親・・・・とは相反して、女性と縁の薄い奥手な男だ。そこを踏まえて、まぁ、頑張って調略・・してみることだな」


 顔は、そこまで悪くはないぞ。と、笑いながら出ていくチェーザレの声など既にキーラの耳には届いておらず。


 いまだ会ったことの無い相手を想い、キーラはまるで、少女のように、ドキドキと胸を躍らせていた。



  ◆◇◆



「って、聞いとるんかおいッ!」


 スフェーンの怒声に、思わずはっと、チェーザレは我に返る。


「あんなキラキラ輝いとる人と、貧相なワシなんぞ、どう考えても不釣り合いじゃろーがッ!」

「いいや。彼女も結構、乗り気だったぞ」


 はぁッ? 意味が解らないとばかりに、目をしばたたかせ、スフェーンが素っ頓狂な声をあげた。


「まぁ、会うだけ会え。そして奪え。男を見せるんだ」

「ワケが解らんッ!」


 ニヤニヤと口の端をあげて笑うチェーザレに、頭を抱えるように、スフェーンが叫んだ。


 この男、本当にあの男ジンカイトの息子なのだろうか──と、たまに疑いたくもなるが……だが、しかし。


 たまには他人の恋の橋渡し役も、悪くはない。


「とうぶん、良い暇つぶし息抜きには、なるだろう」

「そこが本音かッ!」


 チェーザレはニマニマと、口の端をあげて笑った。

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