外伝

外伝1 チェーザレの花嫁【裏1章】

「ねー、チェーザレぇ」


 本当に、コレでいいの? と、振り返るユーディンが顔をしかめた。

 窮屈な上に、予想以上に重たい衣装。華美ではあるが、実に動き辛い。


「お……お似合いです……よ。陛下・・


 そう言いながら、声を震わせる臣下兼乳兄弟は、我慢しきれず腹を抱えて、ついには爆笑した。


 ユーディンが身に纏うのは、体のラインを覆い隠すようないつものローブではなく、女性が身に纏う、純白の衣装ドレス

 それも、昔話ワンスアポンアタイムに出てくるような、古い型の婚礼衣装ウェディングドレス


「しかし……」


 ひとしきり笑って涙をぬぐいながら、チェーザレは改めて、まじまじと主を見た。


 全体的に体型は細くはあるのだが、二の腕や胸板や腹の筋肉は厚く、光沢のある繊細なレースが、今にもはちきれそうではある。


 チェーザレは思わず再度ふき出して、床に突っ伏した。


「もう、笑い過ぎだよ。チェーザレ……」


 ため息を吐きながら、ユーディンは準備された椅子に、静かに座った。


 心なしか──まさか主君に化粧を施すことになろうとは思わなかった侍従たちも、ぷるぷると震えている。


「いや、本当に。お似合いだと思いますよ」

「……あんまり、嬉しくないんだけど」


 頬を膨らませるユーディンに、侍従たちは事前にどこかで練習したのか、手際よく白粉をはたく。


「ボクが母上に似てたら、もう少しはマシだったかもね」


 侍従たちは、目を瞑る主に、アイラインとシャドウを引き、頬紅を叩いて、口紅を塗った。


「別に、ありのままの陛下で、自分は構いません」


 ユーディンとチェーザレが、ジッと見つめ合う。

 チェーザレがユーディンの顎を支え、顔を近づけたその時──。


「おや……父上」


 バタンと勢いよく扉が開いたと同時、どたばたと勢いよく室内になだれ込んできたのは、チェーザレの父、ムニン=オブシディアン。


 予想より、早かったな……と、チェーザレが目を細める。

 しかし彼は、ぜーはーと息を切らす父親に向かって、しれっと口を開いた。


「父上。紹介します。オレの花嫁です」

「ムニン、ボクの義父上ちちうえになってくれるって本当?」


 キラキラと目を輝かせる無邪気なユーディンに、グッっと堪えて、ムニンは息子を睨む。 


「どど、ど、どういうつもりなんだい? チェーザレ」


 腐っても父子──普段、息子の性格・・・・・を熟知し、慣れているはずではあるのだが、さすがにこの事態・・・・には、動揺が隠せないらしく、ムニンは口を開くたびに声が上ずった。


「どうもこうも……常日頃、父上が自分におっしゃられているじゃないですか。嫁をもらえ・・・・・と」


 確かに、言っている。それは自分ムニンも、認めよう。


「しかしながら、こちらがいざ、乗り気になり、嫁をもらおうとするも、見合いする片っ端から何故か・・・断られる始末」


 チェーザレが乗り気で見合いをしたことなど、果たして今まであっただろうか……と、思わず父は眉間のシワを深めた。


「そういうわけで、も、じっくりと考えました。自分・・を受け入れてくれる、相性の良い人間は、誰か……と」


 嫌な予感しかしない状況。ムニンは思わずふらついて、壁に寄り掛かった。


「もちろん、書類上だけの婚姻です。よくある話じゃないですか。メンツとタテマエと家柄を誇るためだけの、形式的な政略結婚なんて」


 フェリンランシャオ現皇帝と、旧トレドット帝国皇帝の嫡子……家柄の字面だけなら、そりゃ最強である。


 ──性別の壁さえ除けば。


余り者・・・同士、これからも仲良くやってこうと思った次第で……」

「ねー!」


 いけしゃあしゃあとのたま息子チェーザレと、同調する皇帝ユーディンに、ぶるぶると、父親ムニンが怒りで肩を震わせた。


 ──よく晴れたフェリンランシャオのとある日。


 希望の炎を胸に抱いた、一人の技師の青年が、帝都の門をくぐったその頃。


「──────ッ! 非常事態です! 南部の地方都市マルーン近くのトラファルガー山が噴火しました! 馬鹿な事を言ってないで、二人とも、今すぐ仕事持ち場に戻りなさーいッ!」


 本気・・で結婚する気なんて、さらさら無いクセにッ!


 ろくでもない息子と、そんな彼と相性抜群のお調子者の皇帝陛下に、普段は穏やかで物静かなムニンの大きな雷が落ち、彼の珍しいほどの怒声が、宮殿中に響き渡った。

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