第4章 騎士の条件

 ズンッ──と、地面が揺れた。


 火山が爆発したのだから、地震が起こるのは当然であろう。ステラがマルーンに赴任してからも、もう何度も体に感じる地震が起こっている。


 ただ、少し様子が違ったのは、かすかに、駆動音が混ざっていること……。


「あっれ……ギードってば、珍しく仕事する気になったのかしら?」


 遠目に見える巨大な影に、ステラは思わず目を見開いた。

 地の精霊機、ヘルメガータが、一歩、一歩と、ゆっくり歩いている。


 ギード=ザインは、十五歳のステラの目から見て、お世辞にも「良い」騎士とは言えなかった。


 四六時中酒の匂いがプンプンするし、すぐにサボるし、慢心の塊だし、日替わりで違う女(騎士であったり、そうでなかったり……)を、無断で自分の執務室に連れ込むし……。


 正直、どうして彼が元素騎士に選ばれてしまったのか──軽く事故案件だと、腹立たしい思いさえあった。


「んー? ルーちゃんも?」


 町の外にあったハデスヘルが、ステラの頭上を飛んで、ヘルメガータの側に着陸する。


 水と油のあの二人が、一緒に動くなんて、ますますもって珍しいこともあるモノね……と、ステラが関心した、その時。


 ステラは信じられないモノを凝視し、叫んだ。


「えーッ! ちょっと待ってッ! なんでッ!」


 ヘパイスト。この国、炎のフェリンランシャオを守る、赤い精霊機。

 の機体に選ばれた操者は、紛れもなく自分だ。


「私此処に居るのに、なんでへパちゃんが勝手に動いてるのッ!」

「どうした?」


 背後から、落ち着いた女性の声がし、ステラは涙目で振り返った。


 指揮だけではなく、直接自身も復興作業をしていたのか──身に纏う、彼女のその黒い元素騎士の制服は、先ほどよりも酷く灰と泥で汚れていたが……ルクレツィアの声に、ステラは再び慌てて叫んだ。


「ルーちゃんッ! アレ! あそこ!」

「はぁ!?」


 ルクレツィアも、思わず目を見開く。


「なんでハデスがあんなところに!」

「ちょ……行ってみよう!」


 促し、駆け出すステラとは対照的に、ルクレツィアは立ち止まったまま。


「どうしたの?」

「──少し、確認したいことがある。その……」

「オッケー。道案内ね!」


 物分かりの良い年下の少女に、ルクレツィアは赤面しながら、こくりと小さくうなずいた。



  ◆◇◆



 腹部に強い衝撃を受け、思わずギードは飛び起きた。


「痛っっったあ……」

「いつまでぐーたら寝てるのよこの無能騎士役立たず!」


 地の元素騎士の腹を踏みつけ、さらにもう一蹴り入れそうなステラを、ルクレツィアは慌てて後ろから羽交い絞めた。


二等騎士ラング・ザイン、色々問いただしたいことは山のようにありますが、今は非常事態です。今すぐ起きてください」


 彼の周囲にはどこから持ってきたのか、酒瓶が複数転がっており、元素騎士の制服も着崩してだらしがない。


「………………」


 それが、寝ていた人を起こす態度か……とでも言いたげに、ギードは十歳以上年の離れた、乳臭い二人の同僚を睨んだ。


「ったく、何の用だ」

「貴方のヘルメガータが、勝手に動いております」


 その点について、何か思い当たることは──というルクレツィアの言葉を最後まで聞かず、だらしない身なりのまま、ギードは駆け出し、外に出た。


「マジかよ……」


 呆然と愛機を見上げるギード。やはり、彼にも思い当たるフシはないらしい。

 ──と、いうことは。


「やはり、機体そのものを調べるしかないか……」


 ルクレツィアの言葉に、ステラはうなずいた。



  ◆◇◆



「やだー、VDの操縦なんて、何年ぶりだろ……」


 能天気なステラの言葉に、ギードが小さく舌打ちした。三人の中で……いや、元素騎士の中で最年少の彼女ステラだが、二人にとって、元素騎士としては、少なくとも三年以上は、彼女の方が先輩にあたる。


 ルクレツィアは、自身直属の──通称『闇宮軍』の部下から、中~近距離戦闘特化型のVD「エラト」を三機、借り受けることになった。


「精霊機が操者を乗せないまま、勝手に動いている」という状況は、十分非常事態ではあるのだが、それでも、ルクレツィアは軍の大半を、人命救助──マルーンの町の人々の救出と避難に使うことを優先した。


 ヴァイオレント・ドールVDは、精霊機を模して人間ヒトが造った機体だ。

 心臓コックピットの構造は根本的に違い、固定座席に操縦桿による操縦や各種装置で情報処理を行うオートモードと、格闘など操者の動きをトレースするセミ・オートと、用途や戦場、操者の得手不得手によって、切り替えて使い分ける必要がある。


 先ほど集まっていた精霊機は、トラファルガー山をぐるりと囲むよう、三機バラバラに散り、そして空中に浮いていた。


 ギードはヘルメガータを、ステラはヘパイストを、ルクレツィアはハデスヘルをそれぞれ追いかける。


「誰か! いや、誰が乗っているッ!」


 ルクレツィアは、ハデスヘルに通信を試みる。


「!」


 通信に反応は無かったが、返事の代わりに、自身の乗っている機体エラトの動きが重くなった。


「ジャミングかッ!」


 まったく動けなくなったわけではなかったが、ルクレツィアの乗るエラトの推進力が下がる。


「ちぃッ……」


 致し方ない──ルクレツィアは、エラトの肩のミサイル・ランチャーを、ハデスヘルに向かって打ちこんだ。


「ルーちゃ……ひゃッ!」

「ステラッ!」


 ミサイル・ランチャーは軌道を変えられ、明後日の方向へ向かって飛び爆発。

 その先で、ステラのエラトが、ヘパイストと組み合って、じりじり押されている。


 そんな時、突然、ルクレツィアの聞き覚えのある声が、エラトの通信に割って入った。

 現れた人物の顔に、ルクレツィアは、思わず絶句。


「あんのぉ、ちぃと、邪魔せんでほしぃんじゃけど」

「お前!」


 モルガナイト=ヘリオドール! 予想外の犯人に、ルクレツィアは目が点になる。


「あー、おまえさんか……」


 苦虫をつぶしたようなモルガの顔に、ルクレツィアは、ふつふつと、怒りがこみ上げる。

 そんなルクレツィアの様子に、ため息を吐きながらモルガは言った。


「ちぃと待ってくれんかの。もうすぐ、終わるけぇ……」


 何が……とルクレツィアが問う前に、ギードが動く。


「なんで『テメェら』が精霊機に乗れてるのか、さっぱりわからんが……俺の精霊機を盗むとは、覚悟しとけよ!」


 ヘルメガータに背後から叩きつけるようにブレードを振り下ろし、そしてそのまま勢いで地面に叩きつけ、ガリガリと押しつけた。


「俺の精霊機……のぉ……」


 ヘルメガータが、ゆっくりと起き上がる。モルガの声が、怒りで震えていた。


「肝心なときに役に立たん、『コイツルツの声』に耳もかさん、『精霊機の使い方』も知らないド三流サンピン……聞き分けの悪い、騎士様どもじゃのぉ!」


 ハデスさん! モルガが叫ぶと、ヴンッと、ハデスヘルの目が、明るく光った。


Chorus illusio幻影と踊れ!」


 モルガの声と同時に、突然、エラトの機能がフリーズを起こした。

 ルクレツィアの機体は完全に動かなくなり、ギードとステラの機体は、操者の操縦などお構いなしに、勝手に動き始め、同士討ちをはじめる。


 いや、よくみると、ステラの機体が、一方的にギードをボコボコにしている。


「よう見とれッ! 精霊機はこう使うんじゃッ!」


 モルガはその言葉を最後に、通信を切った。



  ◆◇◆



 かくして。


 三機の精霊機は、火山の上空に飛んだ。


 その力は、まさしく精霊の祈り。地に溢れる精霊の『活性化』。


 闇の精霊機が情報を集め、地の精霊機がもろくなった大地と岩盤を補強し、炎の精霊機が、地下で暴れるマグマを鎮める。


 もくもくと上がる黒い煙は、たちどころに白くなり、徐々に量を減らし……そして、いつもの山の姿に戻った。


 あっという間の目に見えての変化に、元素騎士たちは思わず目を見開く。


 ヘルメガータの中から、モルガが降りてくる。隣にはヘパイストが跪き、そして遅れて到着したハデスヘルが、大切そうに「何か」を持つ手を下に起き、同じようにモルガに跪いた。


 ハデスヘルの手の中には、五人の子どもたち。皆汚れて、震えていたが、命に別状はないようで、モルガの姿を見ると、我先にと駆け寄ってきた。


「にぃちゃん!」

「皆、無事でよかったのぉ」


 泣きだす子どもたちを、モルガはしゃがみ、「よしよし」と、慣れた調子であやした。


 しかし。


「どういうことか、説明してもらおうか」

「……気持ちはわかる。が、まぁ、その物騒なモノをしまってくれんかのぉ」


 モルガの頭に、銃口を突きつけるルクレツィア。無人のはずのヘルメガータの目が光り、右腕を伸ばす。


「ルツ! 大丈夫じゃ。動かんでえぇ」


 ルツ……? 聞いたことのない名称に、ルクレツィアは眉を顰める。


「共犯者か? ハデスとヘパイストの操者は誰だ?」


 モルガは立ち上がると、銃口にひるむことなく、答えた。


「操者などおらん。ありゃー、ワシ一人でやったことじゃ」


 いや……と、モルガは首を横に振る。


「しいて言うなら、共犯者は、ルツと、「ハデスさん」と、「へパのあんちゃん」かのぉ」


 悪童のようなモルガの笑みに、思わずルクレツィアは、「ふざけるな」とモルガにつかみかかり、慌てたステラが、ルクレツィアを後ろから羽交い絞めにした。


 先ほどとは真逆の光景ではあった。

 しかしながら、ステラでは体力が足りず、ルクレツィアを止めるには至らない。


 ステラがモルガと一緒に振り回されたことは、言うまでもない。

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