春は眠り、夏が、目覚める。
渚乃雫
2018年立夏、5月5日。
「寝てるね」
「うん、寝てるね」
「まだ、起きないのかな」
「まだ、起きないのかも」
浮上した意識のそばで、コソコソ、と囁く声が聞こえる。
「な、に」
「あ、起きた」
「起きたね」
ぐい、と寝ていた自分の顔を覗き込んできた二つの幼い顔に、驚き過ぎて声が喉元で止まる。
「そろそろリツカの出番になる時間だよ」
「そろそろ僕達が眠る時間だよ」
代わる代わるに発言をする二人に「おはようございます」と呟きながら上体を起こせば「やっと起きたね」と二人が私を間に挟みながら笑い合う。
「今年も、楽しめましたか?」
二人の内の一人の、柔らかな髪の毛に触れながら、そう問いかければ、「もちろん!」と笑顔が返ってくる。
「君は、どうでしたか?」
「ちゃんと、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんに会いに来る人が多くて、皆、喜んでいたよ」
「そうですか。良かったですねぇ」
少し硬めの髪を撫でながら言えば、こちらもまた嬉しそうな、満面の笑みが返ってくる。
「お、起きたのか」
二人の小さな子の頭を撫で続けていれば、白い髪色の、透き通るような肌を持った彼が、大きな欠伸をしながら歩いてくる。
「まだ君の出番ではないでしょうに。どうしたのですか?」
普段なら眠っているはずの彼が、起きているなんて珍しい、と首を傾げながら問いかければ、「さっきまで客が来ててな……」と今にも眠りそうな目をしながら口を開く。
「まだ寝ないなら、起きるの一緒に待ってようよって言ったの」
「まだ寝ないなら、僕達と一緒に寝ようよって言ったの」
ててて、と私の元を離れて、彼の元へと二人は駆け寄って行く。
「お前ら温かいなぁ」
よいしょ、と二人同時に抱き上げながら言った彼に、「高いね!」「凄いね!」と二人は嬉しそうに声をあげる。
「シュン君も、ヒー君も、良かったですねぇ」
きゃっ、きゃっ、と楽しそうな声をあげる、二人をのんびりと眺めていると、彼らを抱き上げたトウ君が時計とカレンダーを見て「遅刻すんぞ」と私に声をかける。
「ああ!そうでした!急がねばいけませんね」
私の出番まで、あと数時間。
シュン君と、ヒー君の代わりを、次のシュウ君が起きるまでの期間を、無事に過ごし、勤め上げるのが、私の仕事。
「僕達が出来る事はしてきたよ」
「皆が、困らない程度にはしてきたよ」
本来なら、もう少し早めに起こしてくれてもいいはずが、いつもより少し遅かったのは、二人が少しお仕事を手伝ってくれたから、らしい。
「ですが、慣れないことをするのは疲れたでしょう?」
彼らにとって、私のお仕事をするのは、本来のことではないから疲労も溜まったであろう。
現に、トウ君の腕に収まっている二人は、いつもよりも少し眠たそうに見える。
「リツカはいつも、お仕事いっぱいだから」
「リツカはいつも、いろんなこと、沢山するから」
ニッコリと笑いながら言う二人の優しさに、胸が熱くなって泣きそうになる。
「おい、今から泣くなよ。リツカが泣き虫なのは知ってるけど、まだ早いだろ」
「な、泣いてませんよ……!」
トウ君の言葉に、滲みそうだった目尻を拭えば、トウ君は小さく笑う。
「ま、のんびり行ってこい。シュウの心配はいらないし」
「はい。シュウ君はしっかり者なので、心配していません」
まだ眠っているであろうシュウ君を思い浮かべながら言えば、トウ君が「それもそうか」と笑う。
「それでは、皆さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、リツカ」
「僕達はもう眠るね、おやすみなさい、リツカ」
ふぁ、と欠伸を交えながら言うシュン君とヒー君の頭を撫でれば、二人は、もうウトウトとし始めている。
「それでは、トウ君。お二人と、あとを宜しくお願いします」
ペコリ、と頭をさげながら言った私の頭に、ポス、と少しだけ重さが降ってくる。
「任せとけ。っても、まぁ、俺も寝ちまうんだけどな」
「ふふ、では、いつも通り、おやすみなさい、ですね」
ふふ、と笑いながら言った私に、トウ君が、ほんの少しだけ頬を赤くして、「おう」と短く答える。
ガチャ、とドアを開ければ、その先には、草木の緑が色鮮やかに彩られている。カラリと晴れた爽やかな青空も眩しい。
もう、すぐそこに、梅雨と、夏の気配を感じ始めるこの季節。
「行ってきます」
そう言って、ドアの向こうへと足を踏み出す。
二十四節気の中で、黄径が45度になる日。
それが立夏。
そして、それが、私。
立春と、春彼岸、立冬の彼らに、おやすみの挨拶を。
そして、また、新しく始まる私の季節に、おはようの挨拶をしに、私は青空へと、飛び出した。
完
春は眠り、夏が、目覚める。 渚乃雫 @Shizuku_N
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