第2話
その時だ。
キィィィィィン
頭上から金属のぶつかる鋭い音が響いて、僕は恐る恐る目を開けた。
すると僕の目の前には、長い髪、真紅のコート、そして大きなマスクをつけた女の人が立っていた。
僕にはそれが誰かすぐにわかった。
口裂け女だ。
頭上を見ると、口裂け女が右腕で振り上げた大きくて長いハサミが、おじさんの振り下ろした鎌を受け止めている。
そして次の瞬間、口裂け女の左手が素早く動き、僕を後ろに引っ張る力が消えた。口裂け女は両手にハサミを持っていて、左手のハサミで僕を掴むおじさんの手を切りつけたのだ。
「下がって!」
口裂け女はそう言って、僕を背に庇うように立ち、おじさんと真正面から対峙した。
一瞬聞こえた口裂け女の声は、僕の思っていたよりもずっと女の子らしい声で、僕はこんな状況でありながらもその事に驚く。
口裂け女とおじさんは、互いに牽制しながらジリジリと距離を測る。
先に動いたのはおじさんだった。
おじさんは鎌を振り回しながら、口裂け女に襲いかかる。
口裂け女は次々と襲いくるおじさんの鎌を、まるで踊るように紙一重で華麗に躱し続ける。
そして、おじさんの鎌が大きく空振りした瞬間、口裂け女のハサミが閃いた。
カァン
鎌が金属音と共に宙を舞う。
その隙に口裂け女はおじさんの懐に入り込んだ。
しかし、おじさんは鎌を弾かれたのとは別の手をコートの中に滑り込ませていた。
「危ない!」
僕は思わず叫んだ。
僕の声に、口裂け女の動きが一瞬止まる。
すると、口裂け女の目の前を、おじさんがコートから新たに取り出した鎌の刃が通り過ぎた。
ハラリ
口裂け女のマスクの紐が切れ、顔が露わになる。
僕はまた驚いた。
口裂け女の口は裂けていなかったからだ。
マスクの奥にあったのは、思わずドキリとしてしまうほど綺麗な女の子の顔だった。
口裂け女は数メートル後ろに跳ぶと、両手に持ったハサミを交差させる。するとハサミが眩い光を放ち、僕は目を細めた。
そして光が消えた時、口裂け女の手にはさっき持っていた二本のハサミよりもずっと長く、大きく、まるで剣のような一本のハサミが握られていた。
その剣のようなハサミを構え、口裂け女は大きく踏み出す。おじさんも鎌を振り上げて口裂け女に向かって跳ぶ。
薄暗い夕闇の中、二人の刃が交錯した。
辺りは静寂に包まれ、僕はゴクリと唾を飲む。
やがて、おじさんがゆっくりと膝をついた。
膝をついたおじさんの体に、斜め一直線に線が入り、線を中心におじさんの体がズレる。
口裂け女は振り返らず、一度だけシャキンとハサミを鳴らした。
すると不思議な事に、おじさんの体は一瞬で黒い煙に変わると、空に向かってゆっくりと立ち上り、消えていった。
僕がポカンと口を開けてそれを見送っていると、口裂け女が僕に向かって歩いてきた。さっきまで持っていたあの大きなハサミは、いつのまにか消えていた。
「大丈夫?」
さっき聞いたあの女の子らしい声で、口裂け女は僕に声をかける。僕はもう口裂け女の事は怖くなかったけれど、改めて見る口裂け女の顔があまりにも可愛らしくて、なんだか照れ臭くなってしまい無言で頷いた。
「さっきは驚かせてごめんなさい。あなたの近くにヤツの気配を感じたからつけていたの」
そう言って口裂け女はポケットからべっこう飴を二つ取り出すと、一つを僕の手に握らせて、もう一つを自分の口に放り込んだ。
「もう大丈夫だから、安心して帰っていいわ。でも、交通事故には気をつけて」
口裂け女はそう言うと、僕に背を向けてどこかへと去って行く。
僕はその背中に向かって声を掛けた。
「あ、あの!」
沈みゆく夕日を背に、口裂け女が振り返る。
「お姉さんは、何者なの?」
口裂け女は、人差し指を唇に当てて言った。
「それだけは、口が裂けても言えないわ」
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