口裂けてない女
てるま@五分で読書発売中
第1話
最近、僕の通う小学校の周りに不審者が出るらしい。
それは髪が長く、赤いコートを着て、マスクをした女の人だそうだ。
同じクラスのタケシ君がこんな事を言っていた。
「きっとあれ口裂け女だぜ。俺、母ちゃんに聞いた事あるんだ」
口裂け女の話は僕も知っている。
多分日本一有名な都市伝説だ。
口裂け女は一人で帰る子供に声をかけて、「わたし、きれい?」と尋ねる。
「きれい」と答えると、マスクを外して裂けた口を見せつけ、「これでもか?」と言って大きなハサミで子供の口を切ってしまう。
「きれいじゃない」と答えても、今度は怒って子供の口を切ってしまう。
しかも百メートルを三秒で走るから、逃げても絶対に捕まってしまうらしい。
僕はそんな話を信じていないけど、意識してしまうとやっぱり気味が悪い。
ある日、朝の会で先生がみんなに言った。
「昨日隣町の小学校で、ウサギ小屋のウサギが殺されるという悲しい事件が起こりました。最近は不審者の目撃情報もあるので、みんな帰るときはできるだけ家の近いお友達と一緒に、絶対に寄り道せずに帰るように」
それを聞いて僕は嫌な気持ちになった。
なぜなら僕は飼育係で、飼育小屋で飼っているピョン吉達をとても可愛がっているからだ。隣町の小学校の飼育係の子は、きっと凄く悲しかっただろう。
その日の放課後、先生はみんなで帰るように言っていたけど、僕はピョン吉達が心配になって一人で飼育小屋の様子を見に行った。
飼育小屋の前に立つと、なんだか様子がおかしい。いつも元気に跳ねているピョン吉達が動かないのだ。
飼育小屋を覗き込んだ時、僕はしばらく何が起こっているのか理解できなかった。
ピョン吉達がみんな死んでいたからだ。
ピョン吉も、ウサ子も、トビ丸も、みんな白い毛を血で赤く染めて動かなくなっていた。
僕は泣いた。
多分長い時間泣いていたと思う。
泣き止んだ僕は、近くにある花壇に刺さっていた小さいスコップで、ピョン吉達のお墓を作った。
お墓を作るのは明日でもよかったけど、ピョン吉達を放っておくことができなかったから。
ピョン吉達を埋めて、お墓が作り終わった頃には、すっかり夕方になり、空は薄暗くなっていた。
僕は口裂け女の話を思い出し、急に怖くなった。
もしかしたらピョン吉達も口裂け女が殺したのかもしれない。
僕はスコップを放り出し、飼育小屋の前に置いていたランドセルを取って、急ぎ足で帰ることにした。
夕暮れの町を僕は家に向かって急いだ。
いつもなら犬の散歩をしている人や、お巡りさんや郵便屋さんとすれ違うのに、今日に限って誰ともすれ違わない。
カラスの鳴く夕暮れの町は不気味で、僕はもっと怖くなってきた。
ふと、僕は背後から誰かに見られているような気がして振り返った。
十メートルくらい後ろ、電柱の影に女の人が立っていて、僕をじっと見ている。
長い髪、赤いコート、そして大きなマスク。
それは僕がイメージしていた口裂け女そのものだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
僕は思わず大きな声を出して走り出した。
振り返らずに走って走って、追いつかれないようにいつもは曲がらない角をいくつも曲がった。
ドスン
すると、いくつかの角を曲がった時に、僕は誰かにぶつかって転んだ。
「いたたた、坊や、ちゃんと前を見て歩かないと危ないじゃないか」
僕がぶつかったのは、コートを着た背の高いおじさんだった。
びっくりしたけど、僕は大人の人と会えた事に安心して、おじさんに飛びついた。
「おいおい、どうしたんだい? 君、お家は?」
結局、角を沢山曲がって迷子になった僕を、おじさんが家の近くまで送ってくれる事になった。
おじさんは優しそうな人で、口裂け女の話をすると、「そんなものはいないよ。大丈夫」と言って、ニッコリと笑って励ましてくれた。
でも、僕が見たあの女の人はなんだったんだろう。ただの不審者だったのかなぁ。
「ねぇ君、目が赤いけど、もしかして怖くて泣いていたのかい?」
見覚えのある道まで来た時、おじさんはそんなことを聞いてきた。
僕は首を横に振り、ピョン吉達が死んで、悲しくて泣いていたのだと話した。
「そうかい。でも酷い人がいるものだね、ウサギを殺す人がいるなんて」
おじさんがそう言った時、僕は違和感を感じて立ち止まる。
「僕、ピョン吉が殺されたなんて言ってない」
おじさんもピタリと立ち止まり、僕を見た。
おじさんは何も言わず、ただニコニコ笑いながらじっと僕を見ている。
「もしかして……おじさんが、殺したの?」
気がつくと、僕はそんな事を聞いてしまっていた。
おじさんは何も言わず、ニコニコと笑ったまま、コートの内側に手を入れる。そしてコートから手が出てきた時、おじさんの手には血のついた鎌が握られていた。
「うわぁ!!!!」
僕はおじさんに背を向けて、一目散に走り出そうとした。
すると、後ろからザクッという音がして、僕の体はすごい力で後ろに引っ張られる。
振り返ると、ランドセルにはおじさんが握った鎌が刺さっていた。
おじさんは空いた左手で僕のランドセルを掴むと、右手に持った鎌をランドセルから引き抜き、振り上げる。
僕はもうダメだと思って、頭を抱えて目を瞑った。
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