第35話 特訓 2

 特訓は部屋の中ではもちろんできないが、人目につくわけにもいかないので毎回近くにある山の中でやっている。今日もいつものように周りに人がいないのを確認し、早速特訓を始める。


「ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!燃え燃えニャンニャン熱っついニャーン!」


 呪文を唱えるたびに、ステッキの先からビームや炎が飛び出す。特訓や数度にわたる魔獣との戦いの結果、この恥ずかしい呪文を言うのにも随分慣れた。それとともに、魔法の威力も上がってきている。


「魔法の威力は術者の集中力や精神状態で大きく左右されるニャ。今の浩平くんは全身全霊で叫べているから100%の威力が出せるんだニャ」

「そうか、俺はあれを全身全霊で叫んでいるのか。女装といい、なんだか自分が変わっていくようで怖い」


 だけどまあ、前より強くなれた事は素直に嬉しい。この前出てきた魔獣も、初めて戦った時と比べるとそれほど苦戦せずに倒せた。

 しかし、最近の戦いを思い出すと一つ気になることがあった。


「シレーとウワンとか言う二人。あいつら近頃見なくなったよな」

「言われて見ればそうだニャ」


 あの二人の姿を最後に見たのは、俺が初めて魔獣と戦った時だった。

 その際に何か作戦があるような事を言っていたが、相も変わらずただ魔獣を送り込んでくるだけ。本人達が来ていない分、前より雑になったと言える。


「元々作戦なんて無くて、なのにあんな大きな事を言ったものだから顔を出しづらいじゃないのかニャ?」

「そうかもな」


 俺達のアイツらに対する評価なんてそんなものだ。




 それからも特訓は続き、気がついた時には辺りが暗くなり始めていた。


「今日はこのくらいにして、そろそろ帰って飯にするか」

「今日の晩御飯は確か鯵の干物だったニャ。楽しみだニャ」


 帰り支度をしながら、そう言えばそろそろセイヤのコンサートが始まる時間だと言うのを思い出す。茉理、楽しんでるだろうな。

 そんな事を考えていたその時だった。


 にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃにゃんにゃにゃにゃ~ん。

 にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃにゃんにゃにゃにゃ~ん。


 毎度おなじみ、バニラの持っているスマホの着信音だ。これが鳴り出したということは、またいつものアレだ。


「魔獣が出たニャ」

「まったく、懲りもせずまた出たのか。今度はどこだ?」


 正体を隠すためのヴェールを装着しながら俺は尋ねる。いくら慣れてきたとはいえ魔獣との戦いが命がけと言う事には変わりなく、自然と身が引き締まった。


「ええと、場所は……あれ?」


 魔獣の出現場所を確認するバニラだが、なぜかすぐにはそれに答えず首をかしげる。そして逆に俺に聞いてきた。


「ねえ浩平くん。茉理ちゃんが行ってるセイヤのコンサートってどこでやってるんだニャ?」

「なんだいきなり?」


 どうして今わざわざそんな事を聞くのだろう。その質問に答えながら、何だか嫌な予感がしてきた。


「魔獣が出たのは、そのすぐ近くだニャ」

「―――っ!?」


 嫌な予感は的中した。近くで魔獣が暴れたりしたら、コンサートはすぐに中止になるだろう。安全のためには仕方ないことだ。けれどそれなら茉理はどうなる?

 コンサートに向かう茉理の姿が頭をよぎる。あんなに楽しみにしていたのに、生のセイヤを見られると凄く喜んでいたのに、当然それも叶わなくなってしまう。

 もしそんなことになったら、いったい茉理はどれほど悲しむだろう。それを想像すると胸の奥が痛んだ。


「バニラ、急ぐぞ!」


 一度魔獣が出現した以上、おそらくコンサートの中止は避けられないだろう。だがそれでも、素早く倒してしまえば、もしかしたら中止にならずにすむかもしれない。

 そう思った俺は、すぐに魔法のステッキを手にして呪文を唱え始める。任意の場所にテレポートする呪文だ。

 テレポートと言っても、この魔法は準備から発動までに時間がかかってしまう。その間隙が大きくなるので戦闘中は使えないが、魔獣の出た所に駆けつける際はいつもこれを使っていた。


「ニャンコロリンのパッ!」


 俺の使う魔法の呪文はどれもふざけていて、これだって例外じゃない。だが今はそんな事を気にする余裕すらなかった。呪文を叫ぶと同時に俺とバニラの体は光に包まれ、瞬時に空間を越え、目指していた場所へと移動した。

 場所は街中にあるスポーツドームのすぐそば。もうすぐあそこでセイヤのコンサートが始まるはずだ。

 もちろん、魔獣が暴れたりしなければの話だが。


「魔獣はどこだ?」


 キョロキョロと辺りを見回しながら魔獣を探す。だが不思議な事にどこにもその姿は見えなかった。あれだけの巨体なのだから、まさか見落とすことはないだろう。


「浩平くん、あれを見るニャ」


 戸惑う俺に、バニラが空を指差しながら言った。そこで俺はようやく、周りにいる人のほとんどが空を見上げているのに気づいた。


「あれは……」


 同じように空を見た俺の目に映ったのはシンリャークの宇宙船。それだけなら今までにも何度か見たのだが、今回は少し違っていた。

 宇宙船には大きな旗が立てられていて、そこにはデカデカと『歓迎。四天王御一考様』の文字が書かれていた。

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