第34話 特訓 1
茉理が魔法少女を止めてから1ヶ月が過ぎ、季節は冬へと変わっていた。それは同時に、茉理を可愛い女の子にする計画が始まって1ヶ月が過ぎた事を意味している。
そして今日、その計画は一つの大きな区切りを迎える事となった。
「ええと、上に着るのはこのトックリのやつで良かったよね?」
「タートルネックな 」
目の前には俺のアドバイスを聞きながら服を選ぶ茉理がいる。
白いタートルネックのセーターの上に、ベージュのカーディガンを羽織る。これに細身のデニムパンツを合わせたのが今回のコーデだ。
その姿からは、ついこの前まで当たり前だったダサい格好の面影は微塵も感じられない。
「綺麗だ……本当に、綺麗だよ」
洗練されたその姿を見て、不覚にも俺は涙ぐんでいた。
「いくらなんでも大げさじゃないの?浩平ならこんな格好見慣れてるでしょ」
茉理が引きながら……いや、少々驚いた顔で言う。
確かに俺自身がプロデュースしたと言う贔屓目を含めても、雑誌やファッションショーなんかで見るものと比べると特別抜きん出ているとは思えない。
だがそれを着るのが茉理となると話は別だ。
「雑誌やファッションショーに茉理は出てないだろ」
「そりゃそうだけど……まあいいか。選んでくれてありがとね」
茉理はそう言うと、そばにある姿見でおかしな所は無いか何度も確認する。少し前までは想像もしなかった光景だ。
茉理、成長したんだな。
「いや、鏡で格好をチェックしているだけで成長って、前はどれだけ酷かったんだニャ」
これまで何も言わずに眺めていたバニラが呆れたように言った。
「仕方ないじゃない。前まではオシャレしたって見せたい人もいなかったんだから」
一通り確認し終えた茉理は、振り向くと不満そうに口を尖らせる。それから俺の方を向き、にっこりと笑った。
「浩平、本当にありがとね」
「いいよ礼なんて。俺がやりたいからやっただけだ」
むしろこんな素敵な姿を見せてくれてありがとうと言いたい。けれど茉理が伝えたかったのはどうやらそれだけではないらしい。
「服もあるけど、これもね」
そう言って茉理は鞄から一枚のチケットを取り出した。それは、今夜行われるセイヤのコンサートチケットだった。
茉理が着ている服も、コンサートに着ていくものを選んでいたのだ。
「チケットは父さんに頼んで手に入れてもらったんだ。それこそ礼なんていらねえよ」
父さんはファッションデザイナーと言う職業柄、芸能関係者ともある程度交流がある。現在人気絶頂であるセイヤのコンサートチケットとなるとそれでも簡単に手に入るものじゃなかったらしいが、今回は運良く一枚だけ入手できたそうだ。
「浩平が頼んでくれたから手に入ったんだよ。すっごく嬉しい」
「お……おう」
満面の笑みでお礼を言う茉理は最高に可愛かった。
実を言うと、父さんにはチケットを二枚頼んでいた。俺も一緒についていきデートっぽくしたかったからだ。
残念ながらそれは叶わなかったが、茉理が喜んでいるのを見ると、一枚だけでも入手できて良かったと思う。
「セイヤ様を生で見て、直にその歌声を聞けるなんて……」
その場面を想像しているのだろう。うっとりとした表情で微笑むのを見るとセイヤに対して多少の嫉妬心が沸き、チケット渡さない方が良かったかなと思わなくも無いが、そんな黒い思いをぐっと押さえ込む。
「コンサート、楽しんでこいよ」
「うんっ!」
元気良く返事をした茉理は、間もなくして意気揚々とコンサートに出かけていった。
だがその後もなお、俺は茉理の晴れ姿が目に焼き付いて離れなかった。
「茉理、嬉しそうだったな。それに服も可愛かった。あれだけセイヤに熱をあげてるトコを見ると色々複雑だけど。茉理、幸せにな」
「娘を嫁に出す父親みたいになってるニャ」
感無量だった俺とは違い、バニラは呆れぎみだった。
茉理の晴れ姿を見届けた俺はそれからしばらくの間その余韻に浸っていたが、さすがに二時間ほど過ぎたころにはいつもの調子に戻っていた。
「長いニャ!」
バニラがツッ込むが、さっきの茉理はそれほどまでに可愛かったんだから仕方ないじゃないか。
「それはそうと、今日は魔法の特訓はしないのかニャ?」
「ああ、そうだったな」
茉理の後をついで魔法少女になった俺は、それからというもの日々魔法の特訓をしていた。何しろ命がけの戦いなのだから、少しでも強くなっておいた方がいい。
「ニャンパラリ」
右手を前にかざしながら呪文を唱えると、何もない空間から魔法のステッキが出現する。それを強く握ると、俺の身に付けている服ははいかにも魔法少女といった可愛くファンシーなものへと変わる。
「これさえなければなぁ」
特訓の際には毎回この姿になっているが、それでもついため息が出てしまう。やはり何度やっても女装はきつい。
とはいえ、もしこれに何の抵抗も無くなってしまったらそれこそ本格的にヤバいと思う。
「これも地球を守るための尊い犠牲だニャ。ボクだって気持ち悪いのをガマンしてるニャ」
「気持ち悪い言うな。分かっていても傷つく」
こんなバニラとのやりとりも毎度のことだ。せめて顔が見えないようにと自前のヴェールをつける。これにて魔法少女、アマゾネス2号の完成だ。
「それにしても、アマゾネス2号って名前もすっかり定着しちゃったニャ」
俺が魔法少女になってから今まで、魔獣の出現は何度かあった。もちろんその度に撃退したのだが、その結果世間からも以前のアマゾネスとは違うと認知されるようになっている。
俺は1号である茉理とは違い、殴る蹴るではなく純粋な魔法で戦っているのだが、1号の衝撃が強すぎたためか未だに世間が抱く暴力的な印象はぬぐえず、アマゾネスの名前もそのまま襲名している。
「名前についてはもう諦めようぜ。俺としては地球と茉理の平穏が守れたらそれでいい」
さっき見た茉理の幸せそうな顔を思い出すとなおさらそう思う。日々行っている魔法の特訓だって、その決意があればこそだ。
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