第28話 誕生、魔法少女? 3

 俺の体目掛けて、まず魔獣はその鋭い爪を振り回して攻撃してきた。人の体はもちろん鉄柱や建物さえも軽々と引き裂くその力だけでも十分驚異だが、こいつはそれに加えてスピードまである。その巨体からは似合わぬ瞬発力を活かして、立て続けに俺を攻め立てる。


 普通の人間ならこのままなす術もなくやられてしまうだろう。だが魔法少女となった今の俺は違った。

 動いてみて初めて分かったが、どうやらこの衣装を着ることで身体能力もあがるらしい。流石に茉理と比べると天と地ほどの差があるが、それでも魔獣の動きに遅れることなく反応できるし、まるで羽根がはえたように体が軽い。繰り返される魔獣の攻撃を、一つまた一つとかわしていく。


「その調子だニャ。まずは敵の攻撃をしっかりかわしながら安全を確保するんだニャ。魔法は遠距離攻撃ができるから、一度離れるのがいいニャ」


 隣でバニラが指示を送る。その言葉に従い、俺は後ろに向かって大きく跳躍し距離をとる。

 とはいえこの程度だと、魔獣のスピードではすぐに接近されるだろう。だがそんな僅かな時間であっても、魔法を使うチャンスが生まれる。

 バニラも同じことを思ったのだろう。再び鋭い声で指示がとんだ。


「今から光の矢を放つ魔法を教えるニャ。まずはステッキを魔獣に向けるニャ」

「こうか?」


 言われた通りの動きをとるが、その間に魔獣は俺目掛けて駆けて来るのが見えた。

 もし魔法を放つのが間に合わなかったら、放ったとしても有効打にならなかったら、近づいてきた魔獣の一撃を受けてやられるかもしれない。そんな不安が一瞬頭をよぎるが、すぐにそれを振り切った。

 信じるんだ、バニラの指示を。魔法の力を。


「今から言う呪文を全力で叫ぶニャ」


 小さく頷きながら大きく息を吸う。呪文聞き逃さないよう、耳をすませ集中力を高めた。


「行くニャ。ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」

「ニャハリク……何だって!?」


 呪文を唱えようとして、だが俺の声は途中で途切れた。

 次の瞬間、魔法が不発に終わった俺に目掛けて魔獣が攻撃を加えてくる。


「うわっ!」


 間一髪それをかわすが危ないところだった。それを見てバニラが責めるように言う


「なにやってるニャ。ほら、もう一度言うからちゃんと聞くニャ。ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」

「いや、しっかり聞き取れてるし忘れてもいねーよ。ただ、どうしてもそれを叫ばなきゃダメなのか?」

「そりゃそうだニャ。魔法の威力は使う者の精神状態に左右されるニャ。だから全力で大声で叫ばなきゃ威力のある魔法は発動しないニャ。何か問題でもあるのかニャ?」

「恥ずかしいんだよ!」


 俺が呪文を言えなかったのはそんな理由だった。だがそんな気持ちをどうか分かってほしい。

 だって『ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン』だぞ。いい年して全力でそれを叫ぶのには勇気がいる。


「街中で女装しておきながら恥ずかしいとかどの口が言うニャ」

「それを言うな。できるだけ考えないようにしてるんだよ」


 地球のため、茉理のためと羞恥心を犠牲にしながら戦う事を決意したが、それでもできれば恥ずかしい思いは極力したくない。


「何か他の呪文は無いのか?」


 すがるように聞いてみるが、意外にもバニラはすぐに頷いた。


「あるニャ、炎で攻撃する呪文ニャ。さっきと同じようにステッキを構えて叫ぶニャ『燃え燃えニャンニャン……』」

「却下!」


 今度は最後まで聞くことなく一蹴した。


「何でダメなんだニャ。ワガママだニャ」

「恥ずかしいから嫌だって言ったよな。余計アウトじゃねえか。ついでにその言い方だと『燃え』が『萌え』に聞こえるんだよ」


 ちなみにこんなやり取りをしている間も俺は魔獣の攻撃をかわし続けている。幸い今のところ一発もくらっていないが、だんだんと集中力も途切れてくる。このままだといつかはやられてしまうのは目に見えていた。


「他は、他の呪文は無いのか!」

「うーん。あれもダメこれもダメ、じゃあこんなのならどうニャ。黒いオーラで敵を呑み込む魔法ニャ。『我が身に封印されし冥界の魔神よ。今こそ解放され暗黒の力にて森羅万象全てを虚無へと返せ。エターナルブラックホール!』」

「なんでこれは中二病全開なんだよ!」

「ニャンダフル星のみんなで話し合って決めたニャ。どこの星にも中二病はいるんだニャ」

「今度その話し合いに俺を参加させろ」


 ここまでくるといい加減分かる。恐らくまともに言えそうな呪文なんて一つも無いのだろう。正直どれも言いたく無いが、こうなってしまっては仕方ない。


「ええい、今までの中では中二病がまだ一番マシだ。恥は捨てろ、夜な夜な部屋で練習していた頃の自分を取り戻せ」

「浩平くん、練習してたんだニャ」

「……遠い昔の話だ」


 もうすっかり封印していた過去だと言うのに、こんな形で思い出す事になるとは思わなかった。

 ステッキを魔獣に向け、いろんなものを振り切りながら全力で叫ぶ。


「我が身に封印されし冥界の魔神よ。今こそ解放され暗黒の力にて森羅万象全てを……うわっ」


 覚悟を決め唱えた呪文だが、最後まで言うことなく途切れてしまう。途中で魔獣が攻撃してきたからだ。

 なんとか避けられたからよかったものの、もう少しで当たる所だった。呪文を唱える間はほとんど同じ体制で身構えているので、その分隙も大きくなる。

 だがそれでも、攻撃しないと勝てやしない。もう一度魔獣に向けてステッキを構える。


「我が身に封印されし冥界の魔神よ。今度こそ解放され……危なっ!」


 またしても呪文を言い終わる前に攻撃を受ける。もちろんこれでは魔法は発動しない。


「なげーよこの呪文!だいたいなんだよ我が身に封印されし冥界の魔神って。そんなもん封印された覚えは無いぞ」

「そこは気にしちゃダメニャ。ノリと勢いで振り切るニャ」


 戦闘中だと言うのに、なんだかさっきから逃げるかバニラとアホな言い争いしかしていないような気がする。

 そんなこんなでさっぱり攻撃をしてこない俺を見て、最初はビビっていたシンリャークの二人にもいつしか余裕が生まれていた。

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