第17話 初恋 2
茉理に好きな人ができたと発覚した翌日。そして自信の恋心を自覚した翌日。俺はバニラと共に茉理の家に向かっていた。
もちろん目的はただ一つ。茉理から詳しい話を聞いて、なんとしても彼女の恋路を終わらせるためだ。そうすれば、俺にもまだチャンスはあるかもしれない。
「いや、そもそもの目的は魔法少女を止めさせないって事だニャ」
バニラが何か言っているが、それはとんだ的外れだ。
「俺にとっては魔法少女を続けるかどうかは二の次だ。それより自分の初恋の方が大事だ」
「まだそんなこと言ってるニャ?茉理ちゃんが魔法少女を止めるって事は地球の危機って事ニャ。地球と恋、どっちが大事だニャ?」
「恋!」
「言い切ったニャ……」
一度恋を自覚した以上、それを言葉にするのに何を躊躇う必要がある。バニラはまだ不満そうだが、やることは変わらないので別にいいだろう。
だが最初は勇み足で進めていた俺の足取りも、茉理の家が近づくにつれだんだんと重くなっていった。さらにはいつの間にかため息まで出ていた。
「はぁ~っ」
「どうかしたかニャ?早く歩くニャ」
分かってる。分かってるんだが……
「俺達、これから茉理に好きな人は誰か聞きに行くんだよな」
「そうニャ。それとも、浩平くんは知りたくないのかニャ?」
「そりゃ知りたいに決まってるだろ。でもそれを茉理から聞くかと思うと気が重くてな。だって茉理の口から『私、○○くんのことが好き』なんて聞かされるんだぞ。果たして俺の心は耐えられるのだろうか」
「……さっさと行くニャ」
俺の繊細な心などお構いなしに、バニラはぐんぐん先を行く。俺も仕方なくその後を追い、とうとう茉理の家の前までやってくる。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いて茉理が姿を表した。
「いらっしゃい」
挨拶をする茉理だが、俺はそれに返す言葉を失っていた。今の茉理の格好を見て、ただ目を見開いていたからだ。
そうしてようやく出てきた言葉がこれだ。
「お前、その格好どうした」
茉理の普段着と言えば、ずっと昔からくたびれたジャージと決まっていた。だが今の彼女はそうではない。なんと言うか、この世に存在するあらゆる色を無理矢理詰め込んだような、とても奇抜な服を身に纏っていた。
「これ?浩平に教わるだけじゃなくて、自分でも色々考えてみようと思って。たくさんの色があって綺麗って思ったんだけど、変かな?」
「変だ」
ほとんど間髪入れずに即答する。それほどまでにその服はダサかった。これならいつものジャージの方が遥かにマシだ。
「酷いよ。そこまでハッキリ言わなくてもいいじゃない。少しはオブラートに包んでよ」
「包んだオブラートが破れるわ。そもそもどこで売ってたこんなもん」
「うぅ……そんなにダメ?」
ダメだな。作ったメーカーと、入荷した店の正気を疑うレベルだ。
だが何も茉理のした事を全て否定するわけじゃない。
「まあ、そう言うのはこれから少しずつ覚えていけばいい。どんなのが良いかあれこれ考えていくうちに、似合うのがみつかるよ」
何だか随分と上から目線の物言いになってしまったが、それを聞いて茉理の表情が和らいだ。
結果はともかく、これまで面倒だと言う理由でくたびれたジャージしか着てこなかった茉理が自ら考えて選んだんだ。それ事態は大きな進歩と言える。
そう思うと不覚にも涙が出そうになる。茉理、成長したんだな。
だが同時に、これも全て好きな男のためかと思うと何だか別の意味で涙が出そうになる。
「急に目元を押さえてどうしたの?もしかして、まだ体調悪いの?」
「いや、大丈夫だ。嬉しいことと悲しいことが一気に押し寄せて、感情の整理がつかないだけだ」
「何だか全然大丈夫そうに聞こえないんだけど」
そんな会話を続けていると、それまで黙っていたバニラが耐えきれなくなったように言った。
「二人とも、いつまでやってるニャ。今日ここに来た本題は服じゃないニャ」
「そうだった。とりあえず上がって」
促され、俺とバニラは玄関をくぐりリビングへと向かう。その途中、茉理と軽い会話をかわす。
「浩平、もう体は大丈夫なの?ごめんね、急に魔法少女止めるなんて言って。まさかあそこまでショックを受けるとは思わなかったの」
どうやら茉理は昨日俺が倒れた原因をそう解釈したようだ。実際は魔法少女を止めることよりも遥かにショックだったのだが、今それは言うまい。
「それで、お前が魔法少女を止める理由は、好きなやつに好かれたいからってことでいいんだ
よな?」
リビングに通された俺は単刀直入に聞いてみた。
「うん。無理言ってるってことは分かってる。でもその人はは、大人しくて守ってあげたくなるような子が好きなの。魔法少女を続けていたら、とてもそんな風になるのは無理だと思って」
それは否定できない。魔獣を殴り殺し、さらには顔の皮を引き剥がすようなを守ってあげたいと思えるようなやつはそうそういないだろう。
「それで、相手の男ってのはどこの馬の骨……いや、どこの誰なんだ?」
尋ねながら、全身に緊張が走る。知りたくてたまらないのに、同時に聞くのが怖くもある。
「それ、話さなきゃだめ?嫌だってわけじゃないけど、何だか恥ずかしくって」
顔を赤らめ頬を押さえる茉理。馬の骨のことを考えているのは明白だ。その様子を目にしながら、俺の中ではまだ名も知らぬ馬の骨に対する殺意が沸いてきた。
(茉理にこんなにも想われるなんて、羨ましいじゃねーか!)
怒りのあまりつい手に力が入ってしまい、抱えていたバニラが悲鳴をあげる。
「浩平くん、痛いニャ。潰れるニャ」
おっといけない。なんとか感情を押し殺し、できるだけ冷静を装いながら茉理に言う。
「できれば、誰なのかちゃんと知りたい。昨日茉理が俺に頼んだ服作りだって、相手が分かった方がイメージできる」
もちろんこれは建前で、本音は相手が分からないと邪魔できないからだ。
「そうだね。浩平になら話してもいいかな」
俺の言葉に茉理の心も決まったようだ。その顔を見ると裏でゲスな考えをしていた事を後ろめたく思うが、だからと言って撤回するつもりは無い。むしろ本人が話す気になったことで、気が流行って前のめりになるくらいだ。
「俺の知ってるやつなのか?」
「うん。多分知ってる」
多分。一応肯定してはいるが、その曖昧な言い方が引っ掛かった。
「どういう事だ?」
すると茉理はスッと立ち上がり、言った。
「話すより見た方が早いかな。二人とも、私の部屋に来てくれない?」
「ああ、良いけど」
「行くニャ」
頷きながら、しかし俺は首をかしげる。相手の名前を言うだけなのに、どうして場所を変えなければならないのだろう。
まあ良いか。どうせ行ってみれば分かる事だ。
こうして俺達は、茉理の部屋のある二階へと上がっていく。思えば茉理の部屋に入るのも久しぶりだ。俺の記憶では、ベッドの他はダンベルやバーベル、ハンドグリッパーと言った筋トレグッズが所狭しと置かれていた。それらで鍛えることによって、茉理のあの超人的な身体能力は培われていったのだ。鍛えても普通は無理と言うツッコミは知らない。
「入って」
茉理に促され、俺達はドアを潜り部屋の中へと入る。その瞬間、目の中に一人の男の顔が飛び込んできた。
そして思わず声が漏れる。
「これは、ポスター?」
俺の視線の先にあったのは、一枚の大きなポスターだった。いや、一枚と言うのはあくまで最初に目に入っただけで、その上下や両サイドといった壁一面がポスターで埋め尽くされていた。
構図や大きさなどは様々。だがその全てが、同じ一人の男を捉えたものだった。
「あっ、この人テレビで見たことあるニャ!確かアイドルのセイヤって言うニャ」
男の顔を見てバニラが叫ぶが、わざわざ説明しなくても俺だってそれくらい知ってる。
野上誠也。通称セイヤ。現在売り出し中の男性アイドルで、若い世代の女性を中心に高い人気を誇っている人物だ。
イケメンには違いないが、こうして壁一面に何十枚も張られているのを見るとさすがに不気味に思える。
俺の知っている茉理は、アイドルは勿論、流行りの芸能人の名前もほとんど知らない。ましてや、こんなに大量のポスターを部屋に張るなんてまずしない。
嫌な汗が背中を伝う。
「茉理。まさか、お前の好きな人ってのは………」
いつの間にか俺の声は震えていた。しかし茉理はそんな俺の様子など気にも止めず、ポッと顔を赤くしながら小さく頷いた。
「そう。セイヤ様」
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