第18話 初恋 3
茉理の好きな相手は誰か。昨夜俺は一晩中その事を考えていた。茉理は学校以外私生活では人付き合いが乏しい。だから十中八九学校にいるだれかだと思い、クラス名簿を睨み付けては一人一人茉理との接点を探した。
ついでにそれぞれの名前の横に、彼女の有無や茉理が幻滅しそうな秘密を書き込みもした。だがそれらは全て無駄に終わった。
「この前魔獣と戦った帰りに、偶然セイヤ様の姿を見かけたの。それまでは全然知らなかったけど、一目見た瞬間まるで雷が落ちたような衝撃だった。そして気づいたの。ああ、これが恋なんだって」
うっとりと語る茉理。色々考えたが、まさか相手がアイドルだとは思わなかった。
前にとあるイベント会場で魔獣と戦った時の事を思い出す。そういえば、確かあの時来ていたアイドルがセイヤだったような気がする。
ちなみに茉理がさっきから言っているセイヤ様と言うのは、熱狂的なファンの間での呼び名だそうだ。
「それまでは名前も知らなかったけど、周りにたくさん人が集まってるから多分有名人かなって思って調べたの。そうしてだんだんと聖夜様の事を知っていった。他にもCDとか、載っている雑誌とかも集めたよ」
「なるほどニャ。良く見たら、いや良く見なくても、ポスター以外にもグッズやDVDがあっちこっちにあるニャ」
今やこの部屋はセイヤで溢れかえっていて、俺の知っているかつての面影はまるでない。初めてセイヤを見てからまだ半月も経ってないだろうに、よくぞここまで集めたものだ。
「前に置いてあった筋トレグッズはどうしたんだ?」
「あれね。もう使わないから、全部押し潰してゴミに出した」
「押し潰したのか」
ダンベルなんかは押し潰せる物じゃないと思うのだが、茉理なのだから何も言うまい。
次に茉理は、床に置いてあった一冊の雑誌を手に取った。
「それでね、これなんだけど」
そう言って開いたページには、当然のごとくセイヤの写真が大きく掲載されている。どうやらインタビュー記事のようだが、茉理はその中の一文を指差す。
「見て。大人しくて守ってあげたくなるような子が好きだって書いてあるでしょ」
ああ、確かに書いてあるな。なるほど、これを読んだせいで急に魔法少女を止めるなんて言い出したのか。セイヤもまさか自分へのインタビューが原因で地球の危機になるとは思ってもみなかっただろう。
「それにしても、アイドルか……」
気がつけば知らず知らずのうちにため息をついていた。だっていきなり好きな人ができたと言い出したと思ったらまさかのアイドルだぞ。少し前まで芸能人の名前なんてろくに知らなかった奴がドルオタ化したんだぞ。戸惑いもする。
しかし、そんな俺に向かってバニラがそっと囁いた。
「浩平くん、これはチャンスニャ。アイドルなら幻滅するような悪い噂の一つや二つ、ネットで簡単に探せるニャ」
その言葉にハッとする。
そうだな。たとえ相手がアイドルでも、俺達のやることは変わらない。茉理の恋路を邪魔する事に全力を尽くすべきだ。
むしろ芸能人なら、その真偽はともかく噂なんて吐いて捨てるほど転がっている。どこから取り出したのか、器用にスマホをいじるバニラを期待のこもった目で見る。
「あっ、早速見つけたニャ」
よし。どんな情報を仕入れたかは知らないが頼むぞ。
バニラはスマホの画面を見ながら、わざとらしく声を張り上げた。
「あーっ。セイヤって、顔が良くて歌が上手くてスポーツ得意でお芝居もできるけど、絵が下手なんだニャ」
なんだそのしょうもない情報は。おまけに、総合すると良い情報の方が圧倒的に多いじゃないか。
当たり前というか、それを聞いても茉理にはちっとも幻滅した様子は見られなかった。
「そうなの。テレビのバラエティー番組に出た時も、その画伯ぶりを披露していたの。完璧じゃない所も母性本能をくすぐるのよ」
「あれ?おかしいニャ。『そんな、セイヤ様は絵が下手だったなんて。幻滅したわ、最低よ』ってはならないのかニャ?」
「なるか!そんなんで最低とか言われたら、流石に俺でもセイヤに同情するぞ」
ついでに言うと、絵が下手って情報は茉理も既に知っていたみたいだ。
考えてみれば短期間にこれだけのグッズを集めたんだ。当然ネットの噂なんかもある程度チェックはしているだろう。すると茉理は、そんな俺の心の声が聞こえたように語り出した。
「噂と言えば、探してみると悪いものも結構あるんだよね。女の子と遊んでるとか、私生活が荒んでるとか」
「それを聞いて引いたりはしないのか?」
「まさか。そんな噂なんてほとんど良く知りもしない人が面白がって流してるんだろうし、いちいち気にするようじゃファン失格だよ」
「……そうか」
どうやら悪い情報を流して幻滅させる作戦ではどうにもならないようだ。だがまだ手はある。
「でもな茉理、いくら好きでも相手が芸能人となると付き合ったりはできないぞ」
考えてみれば、初めからこれを言えばよかった。芸能人、それも人気アイドルとなると付き合うどころか知り合いになる事さえ難しい。
だが茉理はあっさりと答える。
「何言ってるの?そんなの当たり前じゃない」
なんだ、それはちゃんと分かってたのか。少しホッとする。
そうだよな。あまりの熱の入りようを見て誤解したが、いくら何でも本気で付き合えるなんて思っているはずがない。
「可愛くなりたいとか、嫌われたくないとか言ってたから、てっきりそう言う関係になりたいんだとばかり思ったぞ」
「まさか」
俺の言葉に茉理はクスリと笑い、それから改めて話してくれた。
「そりゃ、もし付き合えたらって妄想はするよ。でも、例えそうならなくても、セイヤ様が私の事を知らなくても、私はセイヤ様の理想としている女の子に少しでも近づきたいんだ」
それがファンの心理と言うものなのだろうか。しかし、どうやら俺は思い違いをしていたようだ。
もし茉理の言う好きな人がクラスのやつらなら、嫉妬心から徹底的に邪魔をしていた。
例えアイドルでも、本気で付き合いたいと思っていたのなら別の意味で目を冷まさせるところだった。
だがそうではないようだ。
付き合った時の妄想をしているという所が少々引っ掛かるが、かなり悔しいが、俺と変われと言いたくなるが、これなら茉理を盗られるなんて心配はしなくてすみそうだ。
そして茉理は、祈るように両手を組ながら真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「だから、浩平にも力を貸してほしいの。セイヤ様のファンとして恥ずかしくないような、可愛い女の子になれるように」
正直、相手がアイドルとはいえ茉理にここまで想われているセイヤには嫉妬を感じなくもない。だが付き合いたいと言っているのではないし、こんな真剣に頼んでいるのだから応援してやりたくもなる。
「分かったよ。茉理が可愛くなれるよう、俺も精一杯協力する」
「ほんと?」
とたんに、茉理の顔がパッと明るくなった。一方で俺の心は晴れやかとはいかないが、それでも茉理が喜んでいるのだから、これはこれでいいかなと思えた。
「だけど、茉理が可愛くとなるとかなり頑張らなきゃいけないぞ」
「うっ。自覚はしています」
シュンとする茉理だが、もちろんそんなの冗談だ。だって今みたいに落ち込んでいる姿だって、こんなにも可愛いのだから。
茉理の魔法少女としての勤めはこれで終わり。これからは、俺と二人で可愛い女の子を目指す日々が始まるんだ。
俺の恋心は、これから少しずつ伝えていけばいい。だって俺は、セイヤと違っていつだって茉理の隣にいられるんだから。
俺の幼馴染みが暴力的な魔法少女をやめる件 完
「……………完。じゃないニャ!」
突如、バニラが大声で叫んだ。どうしたんだ?せっかく良い感じに終わったというのに。
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