第11話 敵幹部現る 1

 茉理が希望しない限り、俺は自作の服を着せることはない。迷いながらもそう決めてはいたが、魔法使いとしての衣装だけは別だ。

 試着はどうしても今日じゃないとダメというわけではなかったけど、昼休みにあった会話を思い出すと、いてもたってもいられなかった。


「丈は合ってるし、特別動き辛くもないかな」


 衣装を来たまま屈伸や上体反らしなどをして機能性を確認する。今の茉理は服を変えただけでなく、きちんと髪を鋤き 若干だがメイクもしている。俺が全身を整えた上で服の仕上がりを見たいと理屈をこねてやらせたことだ。

 だが俺が本当に見たいのは服ではなく、それを着た茉理自身だ。


(やっぱり可愛いよな)


 今着ている服は魔法少女と言うコンセプトで作っただけあって、若干のコスプレ感が出ている。だがそれを着こなす茉理は文句なしに可愛く、彼女の素材の良さを物語っていた。


「茉理ちゃん、可愛いニャ。格好だけ見ると完璧な魔法少女だニャ」


 ほら、バニラもこう言っている。だからこそ、改めて普段の格好や周りの評判が勿体ないと思う。

 茉理は磨けば光るんだ、本当はすっごくすっごく可愛いんだと声を大にして言ってやりたい。きちんと一からお洒落やメイク術を教えてやりたい。

 だが、俺の矜持がそれに待ったをかける。


「……オシャレはあくまで本人が望んでやるものだ。いくら似合うからといって人が強制するべきじゃないよな」


 気がつけばつい独り言を言っていた

 本人が着たい服を着るのが一番いい。それが俺の作り手としての考えだ。だから俺は茉理がどんなダサい格好をしていようと、楽だからこれがいいと言われれば強くは否定しないことにしている。


「しかし、しかしだ。こいつの場合 そんなこと言ってたら一生残念なままかもしれん」

「私がどうかした?」


 あまりにブツブツ言っていたものだから、それが聞こえた茉理が首をかしげる。何でもない。とりあえずそう言おうとしたが、俺の声は突如流れ出した音によって遮られた。


 にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃ、にゃ~んにゃにゃにゃ~ん。

 にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~んにゃにゃ、にゃ~んにゃにゃにゃ~ん。


 なんとも気の抜けた、のんびりとした音楽が部屋に響く。するとバニラが、どこからかニャンダフル星版のスマホを取り出した。


「ボクの着信ニャ。むむっ、大変ニャ魔獣が現れたニャ」


 バニラのスマホには魔獣が出現した際、それを瞬時に知らせるアプリが入っているそうだ。これにより俺達は、いつでもすぐに魔獣の元へ駆けつけることができる。

 ちなみにさっき流れた着メロは、ニャンダフル星でヒットしたSF映画『スターニャーズ』で使われた音楽だそうだ。悪の帝国のテーマなので、シンリャークの出現を知らせるのにピッタリだと言う。


「魔法少女、出動ニャ!」


 バニラが張り切って声をあげるが、あいにく俺達はそこまでノリが良いわけじゃないので、オーッなんて返しはしない。

 寂しそうなバニラだが、そんなこいつを茉理が右手で抱えあげる。


「たまたま衣装も着ていたところだし、ちょうどいいね 。行くよ」


 そう言った茉理は、次に空いている左手で俺の体を持ち上げた 自分より小柄な女子に軽々と持ち上げられることには恥ずかしさを感じるが、俺達が魔法少女とそのメンバーとして現場に移動するときはいつもこうだ。


 そうして俺とバニラを両手に抱えた茉理は魔獣の出現場所を確認し、勢いよく走り出した。

 バニラがまるで瞬間移動と言うだけあって、次の瞬間には俺達はもう目的の場所へと着いていた。



             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 シンリャークがどんな基準で魔獣に襲わせる場所を決めているのかは知らないが、ほとんどの場合周囲に人が沢山いる所が狙われている。今回魔獣が現れたのは、屋外にある大きなイベントステージだった。

 近くにある看板を見て分かったが、どうやらあるアイドルがやって来ていたようで、それを目当てに見物人や野次馬も随分といる。


 そこに魔獣が現れたのだから大変だ。みんなパニックになって我先にと逃げ出していた。

 そんな中、恐らくアイドルの取材に来ていたであろうテレビ局のスタッフだけが現場に残って必死のリポートをしていた。


「いよいよ近づいてまいりました。我々の命もどうなるか。いよいよ最期です」


 この状況で視聴者に魔獣の脅威を伝えようとするその姿勢はジャーナリストの鏡だと思うが、魔法少女の正体が茉理であることを隠すのには邪魔以外の何物でもない。

 もちろん彼等はそんな俺達の心中など知るはずもなく、リポートを続ける。


「右手を鉄柱に掛けました!物凄い力です!いよいよ最期。さようなら皆さん、さようなら」


 しかし、彼の言葉がそれ以上放送されることはなかった。彼を映していたカメラは突如その機能を停止し、送られていた映像は途絶えてしまったのだ。


「さあ、これで出て行っても大丈夫だニャ」


 物陰に隠れたままバニラが囁く。バニラの魔法でカメラを停止させ、茉理もヴェールで顔を覆い隠す。これで出ていく準備は万端だ。

 一方リポーターは、こんな状況でもまだ喋るのをやめない。その声は誰にも届かないとわかっていて、それでもなお言葉を紡ぐ。


「なんと言うことでしょう。これでは視聴者の皆様に状況をお伝えすることができません。しかし悲観することばかりではありません。カメラが使えなくなったと言うことは、恐らく彼女が現れる前触れなのでしょう。そう、あの…って、あれ?」


 そこまで言ったくらいで、茉理が彼らの前へと出ていった。 実況としてはもう少し切りのいいタイミングで登場した方が盛り上がるのだろうが、茉理にそんな空気を読むことを求めてはいけない。

 俺達だってこの人のジャーナリスト魂を満たすために魔獣退治をやっているわけではないので別にいいだろう。と言うか、いくら茉理の姿が記録されないと言っても、こんな近くで騒がれてはやはり邪魔だ。


 茉理もそう思ったのだろう。テレビスタッフの方を一瞥したかと思うと、彼らの姿が忽然と消えた。

 と思ったら、茉理だけが再び現れる。


「離れたところに置いてきた」


 なるほど。俺達をここに運んで来たように、彼らを担いでどこかへ移動させたのだろう。

 これでようやく気兼ねなく魔獣と戦える。

 茉理はともかく俺達は近づきすぎたら危険なので、戦っている間は近くで隠れながら応援だ。


「茉理ちゃん、頑張るニャー」


 バニラが声援を送る。俺も茉理の様子を見守るが、緊張感のようなものはほとんど無かった。

 何しろ今まであった魔獣との戦いは、全て茉理が苦もなく瞬殺していた。恐らく今回も同じだろう、そう思っていた。

 だがそこで予想外のことが起こった。


「貴様か。我らシンリャークの邪魔をする愚か者は!」


 突如、辺りに大きく声が響く。それと同時に、それまで俺達を照らしていた太陽の光が急に遮られた。

 なんだと思い空を見上げた先に、それはいた。


「シンリャークの宇宙船ニャ!」


 バニラの声が届くが、もし聞こえなかったとしてもおおよその見当はついただろう。俺達の頭上には、いかにもといった形をした円盤が浮かんでいた。

 その円盤から、地面に向かって光が下りる。そして光が消えた時、そこには二人の男が立っていた。

 一人は軍服に似た格好にマントを羽織った、いかにも悪役といった出で立ちの男だ。もう一人はというと、こちらも同じく軍服を着ているがマントはなく、マント男から一歩引いて立っている。二人の様子を見ると、どうやらマント男の方が立場が上のようだ。

 マント男は茉理を見ながら言う。


「貴様か。ニャンダフル星人より魔法の力を授けられた地球人。いや、この星の言葉に乗っ取りアマゾネスと呼んだ方がいいかな?」

「違うニャ。アマゾネスじゃなくて魔法少女だニャ」


 マント男の言葉にバニラはショックを受たように呟くが、その声が届くことはなかった。

 今度はもう一人の男が言う。


「控えよ地球人。この方はシンリャーク地球侵略部隊指令、シレー様だ。そして私はその右腕、ウワン。貴様がいつまでも無駄な抵抗を続ける故、こうしてやって来たのだ」


 今まではシンリャークはただ魔獣を送り込んで来るだけだったが、ここに来て幹部の登場というわけか。これまでに無い展開に、安心しきっていた俺の心に少しの不安と緊張が灯った。

 紹介を終え、発言は再びシレーへと戻る。


「アマゾネスよ。幾度となく魔獣を撃ち破ったその実力、驚嘆に値する。だがそれも所詮は無駄なあがき。私がこうして来たからには……って、うわっ!」


 シレーが言葉を紡げたのはそこまでだった。茉理が一瞬のうちに目の前に現れて、拳を振り上げたから、話すどころではなくなったのだ。

 茉理はまだ話の途中であるにも関わらず、空気を一切読まずに殴りかかっていた。

 しかし……


「あれ?」


 茉理が間の抜けた声を上げる。彼女の放った拳は、シレーの体を何の手応えも無く通過していた。


「ば……ばかめ。これはホログラムによる立体映像だ。誰がお前みたいな狂暴なやつの前に生身で出てくるか!」

「流石はシレー様。ナイスな判断でございます」


 勝ち誇ったように叫ぶシレーと、それを持ち上げるウワン。もっとも、茉理の攻撃によほど驚いたのか、腰を抜かして地面にへたり込んではいたが。


「だいたい、まだ俺が話している途中だっただろうが!何でいきなり殴りかかってくるんだ!」


 声を荒げて文句を言うシレー。そこにほんの少し前までの落ち着いた雰囲気はなかった。


「だって長くなりそうだったし、どうせ戦うんだからいいかなって思って」

「よくない!人の話はちゃんと聞きなさいって習わなかったのか!いいか、これからお前を倒すための口上を言うから、絶対邪魔するなよ」

「はーい」


 渋々ながら頷く茉理。空気を読まない割に律儀なやつだ。まあそこが茉理の良いところなんだけどな。

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