第98話 トレジャーボックスって怖いですか

トレジャーボックスの存在は、この世界の謎の一つとされていた。ある者は、神からの贈り物と言い、ある者は別世界からの迷い物と言った。しかし、その真意を知る者はいない。


長い歴史の中、トレジャーボックスの研究をする魔導学者などは多くいた。中でも、モンスターポータルの周期メカニズムの研究で有名な、メチルアン博士はその生涯の時間の多くを費やし、その研究に取り組んだ。


彼の研究の一つに、トレジャーボックスのアイテムは、箱を開ける時に発現するという仮説、『インパクトバース論』がある。これは、発現したばかりのトレジャーボックスの中は空っぽで、箱を開ける瞬間に、その中のアイテムが作られるといった説であるが、それを魔導学会で発表すると、彼は他の魔導学者から、痛烈な非難を浴びることになる。


その非難を払拭する為に、彼は立証実験をすることにした。その実験とは、実験用に複数の特徴的なパーティーを用意して、同じポイントのトレジャーボックスを何度も開け、その結果を統計するといったもである。その統計結果で、パーティーによって、取得できるアイテムに一定の偏りがあることを証明した。


魔導職の多いパーティーでは魔法強化関係のアイテムへの偏りが見られ、戦士職の多いパーティーでは、近接武器や防具などのアイテムに偏っていた。これにより、メチルアン博士は一つの見解を出す。トレジャーボックスのアイテムは、開けるパーティーの思考を読み取り、ある程度その望みに沿った発現をしていると結論付けたのだ。


「なるほど……インパクトバース論はわかった。そしてパーティーの思考で、発現するアイテムが変わると言うのも理解した。だが……なぜ、開けたトレジャーボックスから『変な格好をしたおっさん』が出てくるのだ……」


そう、ルーディアを出発した俺たちは、最初のトレジャーボックスのポイントに到着していた。そして幸先良く、そのトレジャーボックスが発現しており、それを開けたことまでは良かった……だが、出てきたのはアイテムではなく、黒い網タイツを履いて、うさ耳のヘアバンドを付けた、筋肉質のおっさんだったのである。

「インパクトバース論を信じるなら、俺たちの中に、これを欲しがった奴がいるってことだな」

ロッキンガンが冷静にそう解説する。

「悪いが俺は違うぞ。こんな汚いおっさん見るのも嫌だ」

そうジンタが発言すると、ニジナがジンタの服を引っ張ってこう伝える。

「ちょっと……本人の前で汚いおっさんとか言ったらダメだよ……泣いちゃったじゃないの……」

ニジナにそう言われて、おっさんを見ると、顔を両手で覆ってシクシクと泣いていた。どうやら言葉は通じるようだ。


「まあ、どう考えても、これを誰かが望んでるとは思えないから……インパクトバース論なんてものも眉唾もんだよね」

キネアの言葉にみんな頷く。


とりあえず、このまま次のポイントまで行くことになったのだけど、このうさ耳ヘアバンドのおっさんをどうするか困ってしまった。ジークの捨てていこうって意見に個人的には賛成だが、女性陣たちの可哀想でしょって言葉に逆らえず、連れて行くことになった。


そして次のトレジャーボックスのポイント、発現しているトレジャーボックスを見て、すぐにロッキンガンがアンロックを始める。


この時、背中に悪寒が走り、何かすごく嫌な予感がしたのだが、現実から目をそらすようにその気配を振り払った。だが、現実という大きな存在からは、逃げることはできないことを思い知らされる。


トレジャーボックスから現れたのは、さっきと類似する、うさ耳ヘアバンドに黒いタイツのおっさんであった。


「なぁ!」

俺が絶句していると、冷静にユキが呟く。

「さっきと同じ人が出てきた」

「微妙にカラーリングが違うけどね」

確かにシュラの言う通り、うさ耳ヘアバンドの色が少し違う……黒いタイツも、黒の濃さが違っていて……

「てっ! そんな微妙な色の違いなどどうでもいいわ! おっさんだぞ! 二匹目のおっさんだぞ! どうなってんだよ!」

「うむ……どうやら俺たちの中に、痛烈にこのおっさんを欲している奴がいるらしい」


このおっさんを欲している……その、ロッキンガンの恐怖の言葉が俺の頭で繰り返される。確かに二度も同じおっさんが現れるのはおかしい……インパクトバース論を信じるか信じないかは別として、俺たちの中に、このおっさんを生み出す何かがあるのではないかと疑い始めていた。


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