3.3 「殺人」という概念自体に既に述語を含んでいる

【エンドウ@現実世界:学校】

 ユウコの事件が起こってから1週間が経った。学校内は変わらず騒ぎたっており、ほとぼりはまだ冷めそうにない。2年1組の生徒たちは先週ほど騒がなくなったが、クラスチャットでは犯人探しのスレも立っているようで、ユウコの死を悲しむことよりも探偵ゲームを楽しんでいるようにも見える。不謹慎なことかもしれないが、高校生などそんなものだ。

 今朝の職員会議の話題はやはり事件のことで持ちきりだった。校長によると、ユウコが殺されるのに使われたロープの種類がわかったそうだ。しかしそのロープは市販で大量生産されており、犯人特定には寄与しない可能性が高いとのことで、事実上なにもわからないのと同じだった。

 ただ、ユウコの死亡推定時刻は死後硬直(こんなものがわかるくらいE-school上のアバターは高度にプログラムされているのだ!)から10月11日の0時から1時の間だと推定されたらしい。このことからユウコが無作為に殺されたわけではないことが共通認識となった。いくらネット上の世界でも深夜に学校にいる生徒は普通まずいないはずだからだ。とにかく今後の捜査でもっと色々なことがわかるだろう。学校側はそれを待つしかない。

 今日は3時間目以外は授業が入っており、また確認テストを作成しなければならないのであまり時間がなかった。サンドイッチを片手にパソコンに向かい、昼休みのうちに確認テストの問題の草案を作成した。

 コーヒーが飲みたくなったので昇降口前の自販機に買いに行くと、廊下でトモヤに会った。挨拶すると向こうも会釈をして通り過ぎる。しかしその後でトモヤが振り返り私を呼び止めた。

「あ、先生、ちょっといいですか?」

「ん?どうした?」

「あの……ユウコのことなんですけど……。ユウコって殺されたんですよね?」

「そんなこと誰が言ってたんだ??」

「だって、みんな殺人事件だって言ってるし、ロープで首を絞められてたって……」

 そう思うのが当然だろう。「殺人事件」と学校側で明言した覚えはないが……。

「んー、先生にはよく分からんなー。そのうち警察とかが何か発表するだろう。」

 釈然としな様子のトモヤを置いて、職員室に戻った。コーヒーを買い忘れたが仕方がない。また後で買いに来よう。


 授業をすべて終えて2年1組でホームルームを行う。明日の予定と提出物を確認し、早く帰れよと言ってホームルームを締めようとした。すると、

「先生、ちょっと聞きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか。」

 とマコトが手を挙げて発言した。何だろう。マコトは2年1組の学級委員で、少し真面目すぎる嫌いがある。しかし成績優秀で曲がったことが嫌いな素直な生徒だ。クラスチャットでは「マジレス」が目立ってヒヤヒヤすることもあるが……。

「ユウコのことです。ユウコは夜中に殺されたんですよね?どうしてそんな時間に学校にいたんでしょう?」

「ん?夜中に殺されたのか?そんなこと誰が言ってたんだ?それにまだ殺されたと決まったわけじゃないぞ。事故の可能性も含めて、警察と協力して捜査しているところだ。」

 職員会議で支持された「マニュアル」通りに受け答えをする。

「でも夜中に殺されたのは確かですよ。だってクラスチャットでユウコが殺された夜にユウコ自身がレスポンスしてたんです。ということは少なくともその時間までは生きていたという証拠じゃないですか。」

「まあ確かにな……。でもそれは生きていた時間を絞るだけで死んだ時間は特定できないんじゃないか?明け方に殺されたかもしれないじゃないか。」

「でも……」

「まあとにかくあまり騒ぎ立てるな。警察と学校に任せておきなさい。」

 マコトがこんなに事件に関心があるとは思わなかった。その好奇心は勉学に向けておいてほしい。

「それじゃあ今日のホームルームは終わりにする。また明日。」

 今日は一日長かった。帰ったらビールでも飲んで酔っ払いたい。

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