1.1 現実とは「認識」の総体である
【リョウ@現実世界:自宅】
「マジ!?wwワロタwww」っと……。
リョウは気だるげにパソコンと向き合っている。彼の通うA高校の公式サイトE-schoolでクラスチャットをしていたところだ。このサイトでは生徒・教師が各自アバターを持っており、自由にコミュニケーションが取れる。つまり「ネット上の」学校なのだ。
「VR」などの技術が発達していくにつれ、人間は「物理的な」接触をしたがらないようになった。画面上で会いたい人に会うことができ、行きたいところに行くことができる。要は「物理的な」行動の必要性がなくなったのだ。直接出向いて人に会ったり、直接足を運んでどこかに行くのは、エネルギーの無駄遣いであると人々は考えるようになった。そのため生身の人間との接触は「贅沢品」となり、相当の間柄でなければ直接顔を合わせることもなくなった。リョウの親の世代はこの時代の潮流についていけていないようだが、リョウは元来の粘着質の低さもあり、このような社会にそれほど違和感を覚えることはなかった。
しかし、このような情報化社会の中でも、従来の直接のコミュニケーションを守り抜こうとする「聖域」があった。それは「学校」だ。未だにお国の官僚は頭が硬いらしく、「インターネットでの交流など偽物に過ぎない」と考えているようで、学校では人と人との繋がりを大切にし、その暖かさを伝えていこうとしているようだ。一昔前の学習指導要領では「予測不可能な社会において」「新たな価値を創っていけるように」などと宣っていたが、そもそも文部科学省自体が従来の価値に縛られている有様である。
そのような状況において、リョウの通う高校ではこの「E-school」を導入したのだ。情報化社会への対応の苦肉の策として、インターネット上でも学校に「通う」ことができるようにした。VRの技術を駆使し、見た目は「現実の」学校と何ら変わらない学校を画面上に再現した。これにより、日中直接学校に足を運ばなくても、どこからでもE-schoolにアクセスし、授業に「出席」できるようになった。そのため「現実の」学校では「欠席」しているように見えても、画面上で「出席」しているという奇妙な状況を作り出したが、現状大きな問題は発生していない。
E-schoolは生徒、教師の両方から賞賛された。「クラスチャット」では現実と変わらずおしゃべりができるし、アバターを使って現実世界と同じように学校生活を送ることができる。これは学校では面と向かって話したことがない生徒でも、ネット上なら気軽に話せるだろう、という学校側の配慮のようだ。もっとも面と向かってさえ話さないような奴とわざわざネットで話したくなどないが……。
しかしこういうのは付き合いが大切だ。クラスチャットで「既読無視」ばかりしていればノリが悪い奴だと干されることになるし、逆にレスポンスしてばかりだと「暇人」のレッテルを貼られてしまう。適度な距離感を身につけなければならない。
そんなこんなでE-schoolを開きつつネットサーフィンをしていると、友人のアヤカからDMが届いた。
アヤカ:@リョウ ねねね!!聞いて!!クラスチャットでユウコがレスポンスし
たの!!もうびっくり!
いちいち感嘆詞が多い。そんなにいつも驚いていたら日常が忙しいだろう。でも確かにユウコがクラスチャットで反応したというのは驚きだ。彼女はここ数か月学校に来ておらず、「現実世界」ではいわゆる「不登校」の状態だ。「物理的には」会う手段がないのでこうしたネット上のコンタクトに頼るしかない。最後にユウコと直接会ったのはいつだっただろうか。リョウは考えた。
アヤカ:@リョウ それでさ、わたし思ったんだけど、ユウコにとってはE-school
がもうホントの学校なんだよね。昼は学校に通って夜はネット上の学校に
通うわけだけど、ネットだからって偽物だとは言えないよね〜〜
確かにそうかもしれない。近頃の情報化の進展は目まぐるしいものがあり、ネットがどんどん日常生活に侵食してきている。とはいえ「VR」という言葉から分かるように、まだ「現実世界」こそがホンモノで、「ネット世界」はニセモノの世界だという認識が一般的だろう。でも「現実」って何だろう?ユウコにとってはE-schoolがまぎれもない学校として機能しているし、それをニセモノだと唾棄することはできないように思える。それにあと数十年で、ネット上の世界が「ホンモノ」の世界になる日が来るのかもしれない。
結局、「現実」なんて自分が「現実だ」と決めつけたもののことなんだ、とリョウは思った。パソコンに向かいすぎて目が疲れた。昼も夜も学校ではやってられない。そろそろ寝よう。
※
【クラスチャット@E-school】
リョウ:マジ!?wwワロタww[10/10 22:30 既読22]
<ユウコがログインしました>
ユウコ:それな!笑[10/10 22:43]
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