120、長かった一日もそろそろ灯を落とす

 呼吸に淡くという程度のもので全面的な肯定ではないが、それ故に。


「あぁ、なるほど。貴方の主義でも貴方の考えでも貴方の打算でもなく、そういうことですね」


 神官服の男もこちらの伝えようとしたことを理解したらしい。

 ある意味では、レアンにとっては、自分の言葉を返されたようなものだ。


 理不尽があることを認める立場であっても、目の前の理不尽をそのままにしない、と。博愛主義的に何もかもを救うとかそんなことを押し付けられはしない。


 だが、今の問題は……。まったく、救いがたいことに俺が救われるべき側だということだ。言葉が渋滞しているが、


 要するに、俺がいることで子供が危険になるのも理不尽なら、俺を追い出すことで俺に行き場がなくなる可能性を押し付けるのは俺に対して理不尽だ、というわけだ。


――まぁ、自分で言っていて、情けなくはあるのだが。


 そうなったとて、問題ないとは言わない。

 それで俺個人が追い出されて困るかというと……まぁ、微妙なラインだが死にやしないだろう――と思っている。その判断が正しいかどうかを測ることはできないが実際にそれで、焦点になるのはそこではないのだ。


 子供たちにとって、押し付けてしまうということそのものが問題であるとすればその解決の仕方自体がまずい。

 それは、身近にあった理不尽を祓えなかったということになるからだ。


「つまりは教育ですね」

「どこまで行ってもバランスの問題だよ」


 理不尽というのは、どこにでもあって。自分が対面している限りにおいては、嘆きの対象でしか無い。抗ってもいいが、その前に来るのは面倒とかそういったものを含んだため息だろう。


 ともあれ、手を伸ばすことをあきらめないのと、手を伸ばしても届かないことがあるのを認識するのと、結局はバランスの問題で。


『世界を救おうとしなくてもいいけれど、目の前の困っている人には手を差し伸べられるように』


 有体に言えば、そんな願いだ。


 反面教師として、目の前にいない人間に分不相応に手を伸ばして、自分に手が回らなくなった実例ならここにある。

――重ね重ね情けない話であるが。


「……まぁ、良いでしょう。最悪その時にあなたの首でも差し出せば子供たちの安全は測れるでしょう」


 軽口として口にされた言葉だが、しかし、この男は必要ならそうするだろう。


(その分、任せられるけど)


 判断しにくいことを判断し、躊躇の必要な場面で戸惑いがない。果断と、そう評しておこう。

 周囲の子供たちは、どちらかというと、冗談の類と受け取っているらしく、しかし、そのブラックさに若干ひいているようだ。


 それを冗談でなさそうだ、と判定したのは、オーリとニコ。オーリの表情から何か『ぬるさ』のようなものがすぅっと抜けるような変化があり、ニコに掴まれている袖はそれをひく力がより強くなる。


 ありがたいという感情と、彼らに対しての心配という、それが、ブレンドされたぬくもりに似たものを感じる。


 だが、状況は彼らを頼りにするところではない。

 ここは情けないながらも立たねばならぬところである。


「ではこれから、より子供たちの安全に配慮しつつ存分に役割を果たしていただければと」


「あぁ、安全というのがどれほどの対価の上にあるのかも含めての安全教育をしよう」


「……まぁ、いいですけど」


 そういうことになった。



 その日は俺の疲労と頭に衝撃を受けて気を失っていたということを鑑みて、解散するようにというのが、薬師さんから指示が出た。


 半ば以上は気を遣ってくれていたようで、その様子は他の面子にも伝わっていたようだが、誰もそれに対しての反論を唱えるものはいなかった。


 レアンは街中のどこかに宿を取っているとのことで出ていき、薬師さんはしばらくこちらを診てくれていたが、少し席を外していたニコが戻ってくると、彼女に後を任せて帰って行った。


 そして、孤児院のメンバーだけになった店の中では寝床の整備が進んでいる。使える空間としては、仮眠室と店舗スペース。子供たちは数が多く店舗スペースを割り当てることになった。


 俺は少し良い寝床として用意された仮眠室を割り当てられることになったので、結果。俺とニコと坊が仮眠室。シレノワも含めたそれ以外の皆が店舗スペースと言うことになった。

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