118、そういう男

 神官服は、その呼び名の通り、通常は神官にしか着用が許されないものだ。


 正確には、神官服を神官服たらしめている機構に模倣しえないものがあるというか、着用して悪用しようとすると、加護の喪失なりの神罰が下るらしい。基本的には加護と信仰という関係でしか干渉しない神様の神罰というのは、珍しいが巷間に広まっている説で言うと『加護と信仰』のシステムの基本となるのが、神官だからではないだろうか、ということだ。


 きわどい言い方だが、罰を下さないことによる身元の保証、とでも言えばいいのか。

 回りくどくなったが、事実としては簡単で神官服を着たのその男は神官位を持っており、袖や裾の刺繍を見れば、崇めるものが子供の守護者リトルリトルの双神であることもわかる。


「つまりは、春からはあなた方の……そうですね、少なくとも、手続き的形式的には保護者です。あなた方が受け入れてくれなかったとしても、その部分は変えようがありません」


 微妙な言い回しだ。そうしたくなかったという風にも取れるし、これからその先にも踏み込むと宣言しているようにも取れる。しかし、現時点でのスタンスは明白だ。


「まだ、あなた方の保護者でない私は、それでも要求します。あなた方が危険になる選択をしないでほしい、と。そして、あなた方に続く小さな子たちの家を危険にさらさないでほしい、と」


 男は笑みで言う。実際、派遣神官の孤児院長という立場を考えれば、もっと高圧的で有無を言わさない言い方をしてもいい。というよりも、そうするのが普通であるが、それでも、レアンが柔らかく言うのは、単に仲良くしたいと思っているのか、あるいは、柔らかな言い方のほうがしみ込みやすいと思っているからなのか。


 子供たちが空気に呑まれかけているところで袖ひく力とともに、問いが来た。


「どういう人」


 ニコだ。こちらの耳元に唇を寄せているので、あまり大きな声で話したくないのだろうと思う。

 しかし、その質問の内容は何とも複雑な気がする。

 頭の中で整理する意味で一呼吸置いて、


「変態だな」

「変態」


 反芻するニコを見て、次からは言葉を選ぼうと思いながら。


「一目見てわかるタイプじゃないけど、分かりやすいタイプの変態で。具体的にはかつては俺のことが好きだったらしいが……なんだ。同性愛が異常というんじゃなくて、あいつの場合は、相手が男か女かはそもそも考慮してない」

「?」


「うん、俺の説明の切り口がまずかったな。もっとざっくりとした言葉で言えば。あいつは可哀そうな相手を可哀そうがってから可愛がりたいタイプだ。それも被虐的に」


 付け加えるなら、可愛がって愛して甘やかしたいという感じだろうが、言う必要はない。


「可哀そう?」

「えっと、俺の場合は加護がなかったって点だな」


 ニコには以前に話したこと。子供の守護者の加護がなければ、病気やケガなどの要因で小さいうちに天に召されることがある。


 俺の場合は別のクラスの加護を得ることはできたので、かの神様と相性が悪かったのだろう。

 神殿の説法でもよく聞く言葉だが、神様は人間より優れているように見えても、万能でもなければ全能でもない、と。


 そうでなければ、神様が複数いること自体に意味がなくなるので言わんとすることは分かる。


「まぁ、ざっくり言うと、有能で曲がっていて気持ち悪いが気のいい男だな」

「わからない」


 わからない、か、俺もよくわかっているとは言い難い。


「そこ、私語はかまいませんが余り人の悪口を言わない様。そして、今は、先輩はあまり私の対象とは言い難いので、あまり調子に乗らないでいただきたい」

「……ほう、そりゃめでたいな」

「――ふむ、愛でたいなら愛でてくれても構いませんが」


 ……そういうところだ。



「さて、つまり、私としては『子供たちの安全を担保したい』とそういうことです」

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