080、思うことを思うように
言葉を切ると語るべき語ったと言わんばかりにマルは席についた。彼女の右隣に座るリノは羨ましさと物珍しさの混ざったような目をしながら、その右腕に手を伸ばし二の腕をぐにぐにとやっている。
マッサージのつもりらしい。効果があるのかどうかはわからないが、マルの表情から十分に気持ちよさそうなことは察する事ができるので見守る。
シノリは少し離れた席から嬉しそうで、なんというか、今にも飛びつきそうな表情である。皆の保護者役としては、下の子の成長が嬉しいという感じだろうか。であれば、苦労人基質ながらも立ち位置は見合ったものだと言いたい。
そして、マルの左隣のオーリは微笑ましそうな目で見て、少女の髪をかき混ぜた。腕を揉まれつつ頭を撫でられて夢見心地の表情である。
(まぁ、邪魔するのも悪いか)
「シノリ、次お願いしていい?」
「あ、はい」
ある程度、自分に番が回ってくることを予測していたのか、彼女は立ち上がって口を開く。
「といっても、私はどちらかというと給仕のための人手なので、マルほどの強い衝動とかがあるわけじゃないですが……手応えということで言いますとまぁ、忙しくて大変ですね。寒いですが」
冬なので、と補足するシノリ。料理自体の手応えは彼女のカテゴリではないので、それ以外の事項についての手応えの情報が入る。坊の方をちらりと見て、
「この子の手伝いもあって屋台の場所はいいところを確保できていると思います。一番忙しい時間帯以外に周囲を見回ってみましたが夕方の帰り道になるような場所ですね……まぁ、そういう意味ではこの『夕餉通り』自体が帰り道として作られているわけですが」
頭の中にこの前に見たこの街の地図を思い浮かべる。細かく、どこに何がというわけではないが多少は街の中を歩いたことで脳内地図にいくつかのコメントを付け足せる程度にはなっている。
「職人街と住宅街の間か……」
もう少し思い出すと、場所的には政所の裏手側になる。住宅街に行くために必ずしも通らなければならないというわけではないのだが、あえてここをルートから外す必要もないだろう、という程度の場所。
そして、屋台を出している場所は合流地点というかもう少し多種の人通りがある場所らしいが、
「えと、何かと言うと」
ちらりと、また、坊の方を見た。
「……えぇと、ゼセウスさんには気を使われて優遇されてるんじゃないかなと、そんなふうには感じます」
「待遇が良いって?」
「そうですね。えっと、そんな感じです」
なるほど、と一つうなずく。それについては、こちらも感じていた。彼は地位の割に気安く、こちらに大変気を使ってくれているような気もする。
シノリは口にしなかったが、なんというか『接待』じみているというか。
何らかの意味で、好を通じておきたいだけというのならいいのだが。
坊の方を見てみても彼女は表情に何も浮かべていない。何も読めないが、読めないようにしているのだろうということはわかる。
とはいえ、冷静に考えて、こちらを騙したとして得られるものはない。
少なくとも現時点では。
なら、仲良くなることそのものが目的であると察せられるが……そうあればいいという願望が混じっていることは否定できない。
「良くしてくれているというのは間違いありません。甘えていいのかどうかは判断できませんが……えと、できれば、頼り切りすぎるのも良くないかな、と思います」
「そっか」
シノリの意見は……さて、どうなのだろうか。彼女の感情なのか、それとも、何らかの損得勘定から来たものなのか、坊の前で問うていいものなのかもわからない。だが、
「それは、シノ姉の……考え?」
突っ込んだのはニコだ。その表情はフラットで、口にした疑問は純粋な不明から来たものだろうと思われた。
気にしているのか、あるいは、気を使っているのか。
「えと……うーん」
シノリは、ニコのその言葉に考える仕草で沈黙を挟む。
それは、自分の内面を見るような、静かな沈黙で、口を開いた彼女の言葉は、
「そうですね、私はあまりゼセウスさんに失望させたくないのかもしれません」
という、彼女にしては珍しい、我意の強い意見だった。
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