072、雑談行軍2
「つまり、ギルドの仕事は迷宮の仕事と、それ以外の仕事に大別されていて……でも、迷宮の仕事が多くを占めているということになる」
シレノワは、話しながら歩いてきている分、先ほどよりも少し荒い息で簡潔に告げる。
「補足すると、今言ったのは、冒険者との仕事、という範囲だな。街の商店や素材の換金やらという話になればまた、違った分け方をすることもある」
ギルドは金もうけのための集団ではない。これは根本であるが、だからと言って金を集めないという意味でもない。なぜなら、この社会において、経済力というのは立派な力であり、それは別の力との交換が可能で、そして、ギルドは力を必要としているからだ。
具体的にわかりやすいものを挙げるなら、冒険者を洞窟に行かせる、これ自体が迷宮管理というギルドの大目的を達成する大きな手段の一つだが、ギルドには命令権があるわけではない。代わりに報酬をちらつかせて迷宮に潜ってもらう、あるいは、なけなしの金をかき集めて冒険者にお願いすることになる。
――まぁ、これは言い方の違いでしかないが。
「だから、あの街のギルドの仕事はちょっと暇だという話よ」
「迷宮関連の仕事がないと、確かに、手は浮くだろうな」
シレノワは特に反論することがないのか、浅くこちらを見た後にまた、足元の不安定な地面に視線をやった。
・
少し別の側面の仕事の話を振ってみよう。
「では、ダンジョン師の話だが」
そういうと、ニコとシレノワの視線がこちらに向いただけではなく、クヌートもこちらを見た、興味があるらしい。
「ニコ、前に出られる?」
「いける」
だったら。
「クヌート、ちょっと俺を支えてくれるか?」
「……あぁ、ありがとうございます」
クヌートの顔が笑みに満ちる。察しがいいのはいいことだが、こういう時はもう少し……いや、まぁいいか。聞きたがっていると察したこちらへの感謝の言葉のようだ。
「じゃあ、ニコ、警戒を頼む」
近寄ってきたクヌートと手を打ち合わせ交代して前に出たニコ。地図を読むのは得意じゃない、ということだったが幸い彼女は一度迷宮まで同行しているのでナビゲートには問題ないだろう。
クヌートに肩を借りる……のは少し身長差的にしんどいので腕の当たりを掴みつつ、反対側の刺突剣の杖で何とかする。
ニコに掛かるよりも大きな負担ではあろうがそもそもの体格と性別の違い分なのか、クヌートはさほども苦にせずに前に進む。
そのあたりまでの様子を見ていたシレノワがようやく、あぁ、と言って手を鳴らした。クヌートが好奇心旺盛であることに対しての納得をしてくれたのだろう、たぶん。
「では、カミゾノさん、ダンジョン師の話をするということで?」
「あぁ、頼む。俺もそこまで詳しいわけじゃないからな」
知っているのは、心臓部といえる『扉の部屋』で一番高い権限がダンジョン師あるいは、その上級職に限定されること。
それと、メンテナンス中は出来る限り平静を保ち扉を開けるのは絶対厳禁ということ。
その厳禁という言葉の度合いは最高位で、ギルドが国際的な組織であることも相まって公的な命であっても開けないとか言われたりしていることも。
「……といっても、余り喧伝してはいけないといわれているだけで秘密というわけではないのですが」
と前置きをして、シレノワは口を開く。
「ダンジョン師の仕事は『調律』と呼ばれています」
「調律」
聞いたことのない単語であったが、クヌートはそうではないらしい。
「それは……もしかししたら関係ないかもしれませんが」
言いよどんでいる。珍しい。少し自信がないらしい。
「どうぞ、少年」
「……音楽の?」
クヌートの返事に、ほう、と口を丸くしたシレノワは、
「なんでしょうかね。普通の市井の人間もあまり聞かぬようなことを知っているというのは……孤児、なんですよね」
「……人間は一人でも、何もなくとも学ぶことはできますので」
その答えは硬く、言葉を受け止めたシレノワも一瞬言葉に詰まった。
一度、二度、と頷いて。それから首を左右に振った。
「えぇ、そうですね。まったくその通りです。孤児だから、と侮るようなことを言った私が悪い」
ふ、と息を一度短く強く吐いて。
「では、話をもとに戻しますがよろしいですか?」
「あ、あぁ、お願いする」
「えぇ、こちらとしても知らないことを知れるのはうれしい」
俺とクヌートの返事を受けると、彼女は指を立てた。
「先ほど、そちらの男の子が言った調律という言葉については、原義的には律を調えるということです。音楽での律とはつまり……音階や音程ですね」
高いとか低いとか。そして、どれくらい高いとか、どれくらい低いとか、音についてのパラメータの話。さて、それが、ダンジョンの話にどうつながるのか。
「実はこれが部屋の設計が独特であることにもつながってくるのです」
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