034、肉切場の算盤弾き。
「今回の肉?」
商人の話しかけてきた内容について、理解が届かない様子のマルは首をかしげる。
その手にはニコによりデシードルのおかわりが持たされていて手持ち無沙汰は解消されている。
そんな彼女が次に視線をやったのは、解体所の設備にかけられた枝肉だ。
すぐに使うわけではないらしく、一定の貯蔵時間が必要だ、とさっき言っていた。
「狩猟肉の加工だけではなく、当然、普通の畜肉の調理もできるでしょう。そうであれば、明日以降の数日分は普通の肉でもいいかと思います」
こちらをちらりと見る、ゼセウス。
つまり、ダンジョン周りの情報系が整理されていないのに、ダンジョン肉を出すのはやめておけ、というような意味だろう。まっとうな意見だ。
この時期に、あえて、入手できないはずのダンジョン肉をというのも、希少性という意味では選択肢としてはあり得るが、長期的に見ればよくはないだろう。
ともかく、肉。
「今日、あたしが解体した肉だぞ?」
「えぇ、そこから利益を得ることを考えているかどうかを知りたいのです」
「……利益?」
マルは不思議な顔をする。彼女としては金をとれることをした、という自覚がないのだろう。
確かに、牛を連れてきたのは農夫で、マルの作業はこの解体所での解体だけだ。
しかも、それは名目上、ニコとオーリに頼まれてやっただけ。
神殿での乱痴気騒ぎを見に来てくれた代わりの『お手伝い』だ。
「ですが、向こうがそう取ってくれるかどうか、それ以外の人がどう思うかはまた別の話です」
「んう?」
マルは、判断を途中で詰まらせたのか、ニコのほうを仰ぐ。
「ん、無料でやると、やってもらったのとやってもらってないので不均衡が生じる。無料だとたかられる、そんなところ。あとは、マルに作業をしてもらった農夫のほうがお礼をしたい、らしい」
ニコがゼセウスの言葉を適当に通訳する。
むむ、とニコはうなる。そこに言葉を足したのはゼセウスだ。
「あなたの仕事はきっちりとしていた分……ちょっとした問題が出ていまして」
その問題とはこの辺りの土地の牛の扱いにも関連している。
この辺りの牛は農耕に使う役畜だ。
それをこんなに若く潰すのには一応理由がある。
この土地の貴族が決めた農地の広さに対する税なのだ。簡単に言えば、若い仔牛を領主から買わなければならないという税である。二年に一度、何世帯につき一匹、農作業に使う間は共有財産。
となれば、隔年で潰すべき牛が出てくるという訳だ。
飼い続けるという選択肢もないではないのだろうが、数年ごとに新しいものが来るので食糧の無駄にもなる。だから、市場的には二年目の牛が流れてくることが多くなる。
これについてはもっと大きな問題につながる可能性があるが、とりあえずは、こちらの目の前に話に戻すと。数世帯の共同購入で売った牛の金は持ち回りの家が懐に入れるのが通例らしい。
だが、ゼセウスは今年、五匹だけがたまたま高くというのは、農村社会に戻ったときにあまりよくない不均衡を生むと考えているらしい。これに関しては正直考えすぎかなとも思うのだが、解決できる問題なら解決しておきたい。
ちなみに、この制度下では一つの家が牛の解体を行うのは10年に一度。そのため技術が洗練されず、伝達も不十分で品位が向上しなかったという面もあるようだ。
「とりあえずは、マルディグラ君、君の技術により質が上がったのが問題なわけだ」
「具体的に、商人さんに関連する部分で言うとどうなったか知りたいぞ」
「……ふむ。あそこに、枝肉として五匹分ありますね?」
「おう、自分で解体したからそれは間違いないぞ」
「普段なら一匹、枝肉で300キロのキロ当たり銅貨3枚程度です」
一頭潰して、銀貨9枚、それが高いのか安いのかはわからないが、ゼセウスの言葉を聞いた感じだと安いのだろう。さらに腕によってはキロあたり銅貨2枚になることもあるようだ。
先ほど、そんな悲鳴を上げていた人がいたような……。
「そして、あなたの処理の場合は、買取がキロ当たり銅貨6枚になりますね」
「……それ店頭に並ぶときにはどんな値段になってるのか気になるぞ」
少なくとも一般家庭向きの品物ではない気がする。
「あなたが処理するだけで買い取り額が二倍になるわけです」
ゼセウスは何かを整理するように紙に書きつける。『普段』としたほうには銀貨9枚+内臓10キロ+血液ソーセージ10キロと書かれている。
つまり、それが普段の農夫の解体により得るものなのだろう。
ちなみに、新しい牛の仔は銀貨15枚で買うのだそうだ。税なのでマイナスになるのはわかっていても買わざるを得ないらしい。
(……あれ?)
何かが引っかかったが目の前では議論が進行している。そちらについていこう。
「今回の場合は、こうなりますね」
『今回』と書かれた方には銀貨18枚+血液ソーセージと書かれているが、ソーセージの量は書かれていない。まだ割当を決めていないからだろう。ちなみに、内臓は殆どがソーセージの具なった。
「内臓が店頭価格キロ大銅貨2枚、ソーセージがキロ大銅貨3枚として、普段の分を換算すると……」
言って、普段の方からイコールで結んで、銀貨9枚+2枚+3枚と書き、14枚と書く。
「農夫の方々の要望としては、銀貨15枚とソーセージをいくらかとなっております」
「……んー」
聞いている限りではかなりいい条件に聞こえた。ゼセウスは内臓とソーセージを店頭価格で示したが、実際の農夫は売る側として値段を思っただろう。多分だが、どちらもキロ大銅貨1枚程度だろう。
であれば、普段の合計額は11枚となる。
ゼセウスの予想では銀貨1枚乗せただけだが、実際には4枚ほど乗せている心持だろう。
それはさておき、マルの働きに対して銀貨3枚分のはたらきを思ってくれたということだ。先ほどの煽りの熱が冷めてい無い分を差し引いても結構な高評価だと、俺は思う。
「一応宣言しておきますと、我々――横流しをされるくらいなら、一頭当たり18枚銀貨を出す、というそれだけです。ですが、それ以外の生産物についても出来る限りは引き取らせていただきます」
「……」
なるほど。俺はそんなことを宣言する意図を甘い意味だと解釈した。
そして、その判断のままこの場をマルとオーリに預けることにした。
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