未来への懸け橋-6


  念入りに準備と確認を行い、とうとう魔導防護壁の最終実験。

 天災を引き起こす神の如き力を耐え凌ぐ耐久実験、これをクリアすれば魔導防護壁は完成と言える。未だかつてない大掛かりな開発も終わりに向かおうとしている。


『準備ができた。そちらのタイミングで始めてもらって構わない』

  指揮を執るのは得意ではないが、魔導防護壁に関してはすっかり俺が主導で事が進むこととなってしまった。他者との対話を散々避けて生きてきた人間だが嫌なものを拒む余裕などもうない。

 耐久実験の関門、攻撃魔法を担当するヘスティアに通話で指示を出す。

『それじゃあ、本気でいくわよ』

  雲の近くで待機していた彼女は全身を赤々と燃やしたちまちに魔力を集約させた。

 炎を司る神が手を一振り煽るだけで日常ではまず見る事のない悍ましいほどの熱を帯びた火球がいくつも形成される。滞空する火球たちが一瞬で空を赤く染め、災厄の訪れを予感させた。

  あの魔力の総量を耐え凌ぐ強度が魔導防護壁には備わっている、理論上は問題ない。万が一を考慮し神器の使い手と高位の魔法使い達も落下軌道付近で待機している。

 エルフ達の協力で攻撃性の高い魔法で耐久性や強度の実験は行ってきたが、有翼人の魔法で試すのは初めてだ。実戦を想定した広範囲での障壁展開。有翼人一人の攻撃を完全に凌げなくては魔導防護壁の完成とは言えない。

  開発に携わった者全員が固唾を飲んで見守っている。

 何かを開発する時は試作試行を数えきれない程繰り返し、失敗を重ねていく。

 しかし今回は致命的な失敗は許されない。やり直している時間の猶予はない。


『魔導防護壁展開!』

  俺の合図で魔力を帯びた半透明な障壁が一斉に空中で広がる。

 障壁が生じたのを確認すると業火に燃える無数の球が一斉に放たれた。

 隕石にも思える火炎の塊は真っすぐに地上へと降り注ぐ。

『魔導防護壁への衝突まで…10、9――』

  管制官である少女のカウントダウンに実験を見守る全ての者が呼吸を忘れる。

  この世の終わりでも見ているような恐怖が眼前に訪れようとしている。

 自らの開発が失敗していたら、皆を道連れにしてしまうのだろうか。代償の大きさに今更震えが襲う。だが、これを防げないようであれば防護壁の意味がない。意味のない物を作り出したつもりは毛頭ない。

『――…5、4…――』

  まるで関心を持っていなかった研究が随分と大事になったものだ。技術や知識は自分の身を護る為の手段でしかなかった。それがいつしか他者を助けたいと願うまでになった。今では多くの期待と命が掛かっている。必ず成功させなくてはならない。かつてないプレッシャーが俺から冷静さを奪っていく。

『――2、1…!』

  俺達の頭上で魔導防護壁と火球が衝突する。

 空高くに防護壁を展開しているというのに火球の威力が凄まじく、轟音が振動となり地上まで揺らす。

  あまりの衝撃に直視できず目を逸らす者も居た。俺はひと時も見逃すものかと必死に画面越しの光景に目を凝らした。防護壁に罅は入らないか、火球が突き抜けたりはしないか。汗ばむ手に力が入る。


  やがて行き場を失くし力尽きた火球が次第に光の粒子となり消失していく――生み出された全ての火球が自然の魔力へと還った、魔導防護壁は耐え切った…! 

  魔導防護壁の支点機を各地に配備することで障壁の規模を広げ、世界全土の広範囲を護ることを可能にしている。

 現在、俺達が居る世界の中心地点、星の大穴上空を起点に世界の四隅に支点機を載せた飛空艇を配置した。

 展開した防護壁はヘスティアの魔法攻撃を凌いだ後もしっかりと護りを固めている。

  各支点でチェックを行っていた者達より報告が続々と上がる。

 どの報告からも不良や破損の内容は届いてこない。


「…どこも問題はなさそうですね」

  全ての報告と経過を把握しきると美奈子が俺の様子を伺っていた。

 見落としがないか入念に確認を行い、ようやく画面から視線を外すとその場に居合わせた者全員が美奈子と同じようにこちらを見ていることに気がついた。皆が俺の言葉を待っているのか。大勢に支えられてここまで来た、改めて実感してしまう。

 力を合わせる可能性の大きさを。ずっと遠ざけていた繋がりの頼もしさに今は感謝しかない。

「――魔導防護壁、完成だ」

  俺のその一言を聞くと魔導防護壁の主軸機を積んだ飛空艇中からも各支点の通話からも歓喜で盛り上がる声が轟いた。ひたすらに開発を続けていたが顔を上げればこんなに多くの人が携わっていたのだな。


  ずっと一人で生きていくのだと思っていた。

 こんな大勢の中心に自分が居るなど違和感しかない。

 他者との協力を拒絶していた自分が誰かと力を合わせているなど嘘みたいだ。

 昔の俺がこんな光景を見たら滑稽だと笑うだろう。

「…信じられないな」

  無意識に零してしまった言葉は歓喜の波に攫われる。

 溢れ出しそうな感情を押し戻そうと一度は上げた顔が俯いてしまう。

 一刻も早く平静さを取り戻そうとするが上手くいかない。

 目尻を押さえるように片手で熱くなる両目を覆い隠す。

  情けなく震える背中に僅かな手の温もりを感じる。

 幾度この温もりに救われただろうか、忘れなどしない。

『頑張ったね』

  ついに幻聴だろうか。連日の無理が祟ってあの世から迎えがきたか。

 けれど、優しい響きは崩れ落ちそうだった身体に力を与えてくれた。

  死は怖くない。だけどまだそちらには逝けない。

 今はあくまで実験が成功したに過ぎない。

 皆を護りきり、生き残る明日へ送り届ける責任がある。

 大罪人の自分に涙など許されない、まだ前を見なくては。

 ―――温かな手に押されもう一度、俺は顔を上げた。

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