未来への懸け橋-5


  ひとつの組織を通じて四大国が協力体制になるなんて、歴史上あっただろうか。

 同じ目的の為に文字通り世界規模で動いている。未だに信じられない。

 ルイフォーリアムとリーシェイは交易をしているものの遺恨が残っている。

 現代では軍人養成学園同士の交流もあり若い世代は過去に縛られていないようだが、かつては戦争をしていた国同士。表立って国単位で協力している様子は見られない。過去に囚われずに手を取り合っている、美しくも異様な光景だった。

  異様さを増す理由はもう一つある。種族の隔たりを超えた協力も大きな要因だ。

 人間から隠れるように暮らしていた種族のエルフ達とも行動を共にするなんてまさに夢のようだ。エルフという存在すら知らない人間が多くなった現代に種族も国も混ざり合った人種が一堂に会するなんて。ヘスティアが現れるまでは想像もできやしなかった。

  対立を幾度も繰り返した人間とエルフの二つの種族。人間は都合良くエルフを利用し追いやった。エルフは人間を強く敵視しているものだと認識していたのに。

 頑ななエルフ達の心を開いたのは今や我々の中心に居るあの子供達だという。

 若い純粋な心は種族の違いや過去の因縁など簡単に超えてしまうものなのか。


  作り話でも見せられているような気さえしてくるけれど全てが現実だ。

 そしてその現実を私達は正しく収め、広く伝える。それが私達蒲白ほびゃく隊の今回の任務だ。


  蒲白隊は飛行鎧を使った特殊空撮を主に任務をしている。

 警察課に属してはいるものの国防軍の中では浮いた位置で地味であった。

 同僚から撮影隊なんて揶揄されることに始めは良い気がしなかった、民の安全を守る警察課である自分を誇りに思っていたからだ。それなのにW3Aを使った空撮を担当する隊なんて、そんなもの飛行課に任せればいいものを。何故、警察課である自分が担当しなくてはならないのか。当初は左遷されたと思いやる気が出なかった。

 出世したいと考えていたわけではないが、私は現場で民を守り犯罪を取り締まる仕事にやりがいを感じていたのだ。

  けれど、今では蒲白隊に居られて良かったと心から思っている。

 警察課としての権限は保持したままであるし、祭事での特別撮影や危険が伴う場所への派遣など飽きは来ずやりがいもあった。

 事実を明確に残すべく、自らの手で映像として正しく記録するという役目も大切に思えている。何よりW3Aに乗る機会が増え、自分の飛行技術を磨くことに楽しさを感じていた。結局のところ私も飛行鎧で飛行する快感に魅せられたうちの一人に過ぎなかった。



「いよいよ完成ですね」

  私達の隊長、蒲白ほびゃく公菊きみあきは広範囲の魔法攻撃から耐え凌ぐべく開発された魔導防護壁の装置を冷静に眺めている。

 彼の眼には喜びや感動の色はなく、私が声を掛けようと視線を動かさない。ただ刻まれていく現実を淡々と監視しているみたいだった。

 いつもならお道化た笑みの一つ見せるというのに、何か考え込んでいるのだろうか。

  視線の先では魔導防護壁の最終実験を行うべく調整をする御影博士を中心とした白衣の科学者達と職人気質の技師達、魔法の扱いに長けたエルフ達が熱心に話し合う姿は新しい未来の形かもしれない。

  あらゆる知識と技術を凝縮した発明がとうとう形となって生まれようとしている。魔導防護壁、現代科学における叡智の結晶だ。

 魔力を秘めた光の障壁が災害の如き魔法攻撃から多くの民を守ってくれる。

  映像越しとはいえ先日の有翼人の魔法攻撃はこの世の終わりかと錯覚するほど恐怖を与えた。あのような人智を越えた天災に私達は襲われようとしている。成す術もなく終末を迎えるだけに思えた。

  しかし、ヒトは天災に抗おうとしている。これは間違いなく人類の大きな分岐点だ。その先に待つのは人類の絶滅か生存か。ちっぽけな人間の私には想像もつかない。


「人が神と渡り合う、か。神が人を疎ましく思う気持ちも分からなくないがね」

  そう独り言のように口を開いた蒲白隊長は自身の顎を指の腹で撫でていた。

 どうやらまだ思考を巡らせているようだった。

「…と言いますと?」

「強い力はあるだけで脅威だ。他者を恐れ萎縮させる。感情に身を任せやすい我々は衝動で力を振るう。我々は強過ぎる力を持つべきではない。このまま科学が進歩すれば我々も神の領域に至るだろうからね。しかし神は世界を変えてまで我々を滅して何を望んでいるのだろうな」

「清浄な世界、ではないのですか」

  数少ない有翼人の発言やヘスティアの話を聞く限り私達地上人は世界を蝕む害だ。その害を取り除くべく制裁を行うならば神の目的は清浄な世界を守ることだと考えられる。

「道理はその通りだろう。ならば初めから制裁を行わずに済むよう統制しておけばいいとは思わないかい。生態系の管理が甘い、知能の高い生命体など残さなければいい。それこそ世界を破壊するような制裁なんて大がかりな処理は非合理的だね。何故中途半端に人類を残して放置し遠い空で傍観だけしているのか、理解し難いね」

「人に期待しているから…とかですかね」

  ずっと気難しい表情だった蒲白隊長は私の発言で吹き出すように笑った。

 この人は時折真面目な顔をするが大抵は軍人らしからぬニヤリとした笑みばかり浮かべている。一応真剣に考えた上での答えだったのに損した気分だ。

「なるほど、ロマンある答えだ」

「…馬鹿にしてますよね」

「いや、俺は好きだよ。希望があって」

「いいですよ、無理に褒めなくて」

  彼の求める回答は何だったのか見当もつかない。

 隊長というだけあって面倒見は良く責任感もあるが話を茶化すことが多いので掴めない人だ。


「世界を守る為と主張しながら矛盾する点が多い、まるで感情だけで動く子供のようだ。神様も我々と大差ないなと思っただけさ。まあ、神様の考えることなんて凡人風情の俺には到底分かりようがなかったね」

  散々小難しい話をしたわりに誤魔化すように肩を竦める隊長。

 私からすれば神様も蒲白隊長も何を考えているのか分からない。

  人を超越した存在であろうと行動に揺るがぬ一貫性などない。

 規則的な言動をしない相手を理解できないことは難儀ではあるが、だからこそ和解への糸口があるようにも思える。

 結局のところ人も神様も他者を真に理解することは難しい。

 これは自分以外の生命体と生きる以上、永遠に向き合い続ける難題だろう。


「楓さん」

「リリア、どうしたの?」

「あの、訓練が中々始まらなくて…」

  小走りで駆け寄ってきたエルフの少女リリアは遠慮がちに言葉を濁した。

 察するに助けを求めているのだろう。

  たしか現時間での飛行訓練と言えば駿河君が指導、氷壬ひみ君が監視兼撮影を担当していたはず。リリアは魔法で飛行を妨害し障害の中飛ぶ訓練の環境作りを手伝ってくれていると聞いた。

 その彼女が私に助けを求めてくるということは軍人側が迷惑を引き起こしたに違いない。顔触れを思い返せば容易に事態が想像できてしまった。

 まったく…私は訓練監督ではなく撮影監視が任務なのだけど…。

「はあ…ごめんなさいね。今行くわ」

  ついため息が零れてしまうとリリアは困ったように笑った。

 こんな子供にまで気を遣わせて…いや、リリアは子供ではないのだろうか。

  エルフの実年齢は外見では判断できない。つい彼女の小柄で愛らしい外見から子供相手のように接してしまっているが本当は大人の女性かもしれない。

 彼女が気を悪くしている様子もないが失礼になっていたら申し訳ないので一度しっかり確認しておくべきだろうか。

 出会ってから浅い日数ではあるがリリアは軍人の中だと私に気を許してくれているようだし、落ち着ける時がきたら他愛ない話ができればいいと思う。



  ミディエーターユニオンの基地に派遣されてこの目で初めてエルフを見たが、あまり人間と大差ないように感じた。

 エルフ達は総じて柔らかな髪質で細い体つきなので儚い印象こそあれど、言葉は通じるし共に暮らそうと違和感などないように思う。

 大きな違いのひとつは魔力の有無だが、人間である私には魔力を察知できない以上、感覚としては同じ人だ。過去に犯した人間の罪が二つの人種の隔たりの決定打になっているとはいえ、エルフから見れば脆い人間は同じになどされたくない生き物なのだろう。

 違いのもうひとつが寿命の長さだ。ゆうに500年以上の時を若い肉体で生きる彼らと私達は同じ時を生きられない。もしかしたら時間は私が思うよりずっと残酷なのかもしれない。


  リリアと共に施設の外へ出れば騒がしい集団はすぐに見つけられた。

 飛行鎧を装着し訓練をしている筈の彼らには一切の緊張感がない。

「おい氷壬!もう一回勝負だ!」

「氷壬さん、勝ち逃げはズルい!」

「そうだとも氷壬君、今度こそ俺が勝つよ!」

「いやだよ…俺は君達と違って戦闘は得意じゃない。三人は特訓に移りな」

「何を言っているんだ氷壬君!俺達は至って真剣だよ!」

「そうだそうだ!」

  まるで授業の休憩時間にはしゃぐ子供みたいだ。

 普段ならば関わるのが面倒なので見て見ぬふりをするところだがそうもいかない。

 騒ぎの発端であろう男に仕方なく割り込む。

「駿河君、君が彼らに飛行技術と戦闘の指導をするんじゃなかったかしら?」

「おお、萩先輩!いやね、特訓の前に実演といこうかと思ってね!久々に氷壬君と飛びたくてさ!本っ当に氷壬君は速いな!」

  咎めに入った私など意に介せず幼児みたいに瞳を輝かせて高らかに話す駿河君。

 相変わらずクールな見た目と独特な口調が合わなくて違和感を覚える。

 公の場で風祭隊長がいかに彼を喋らせずに工夫しているかの苦労を思うとクラっとした。


  飛行鎧の飛行技術ならば世界一の腕を持つと言っても過言ではない、駿河するが涼一りょういちが神器の使い手である少年達に飛行鎧での精度の高い飛行と同時に飛行戦闘を訓練する段取りになっていたはずだ。

 それなのにどうやら飛行競争になっており、まんまと撮影担当の氷壬君が巻き込まれている。やはり技術は一流と言えど駿河君は指導に向いていない。

 総司令官が自隊のエースを派遣してくれたのは有難いやら厄介やら…。

「…俺は君達を撮影記録するのが任務であって…」

「そうか!ならば撮影しながら飛んでくれたまえ!一石二鳥だ!撮影ならば俺達から離れるわけにはいくまい」

「たしかにそうだけど…俺は単独で飛行するから放っておいてほしい…」

  我ら蒲白隊のエース飛行士が国防軍一の飛行士に肩を掴まれ絡まれている。

 氷壬君に群がる三人は彼より年下だというのに若い勢いに圧されげんなりとしている。

「じゃあ氷壬さんが本気を出す必要があるほど俺達が速く飛べばいいんだな!よし、始めよう!」

「次は俺がぶっちぎりだ!」

「いいね!燃えてきたな!」

  あの駿河君と波長が合うなんて…珍しい。いや、駿河君の精神が子供のままなのだろうか。元気な三人は揃って意気揚々と離陸地点へ向かって行くのでリリアも慌ててそちらへ付いて行った。


「人気者は辛いわね」

「萩さん…代わってくださいよ」

「残念だけど、私じゃあなたの代わりは務まらない」

  国防軍内でW3Aの飛行技術のトップは駿河涼一であることは誰もが認めている。彼の飛行は飛行技術もさることながら空中での戦闘も得意とし、何よりも飛行姿は華やかで人を惹きつける魅力がある。

 けれど目立たないが純粋な最高速度トップスピードや小回りの利いた飛行技術ならば氷壬君が少し上手うわてだ。いわば影の実力者。

 だからこそ隊長も飛行課である彼を自隊に引き抜いたに違いない。

  駿河君が氷壬君を気に入っているのは知ってはいたが、新たに絡んでくる少年が二人増えている。タルジュとフェイと言ったか、あんな子供に世界の命運を託すなんて未だに気が引ける。

 神器の使い手だからとその理由一つで最前線に置き、彼らを主体に危機と立ち向かうなんて。大人達がこぞって子供を犠牲にし、盾にしているみたいで良い気はしない。

 しかし私達にない、神に対抗し得る力を彼らが持っているのは事実。頼もしい若者が出現することは喜ばしくもあり、軍人としての存在意義を思うと悔しくも寂しくもある。


  駿河君が無茶な注文をつけているのだろう、リリアが目に見えて驚き困っている様子が遠くからでも分かった。それに対してタルジュもフェイもなんだか燃えている、飛ぶ者達は楽しんでいるようだ。強引さに振り回される形になってはいるが、何だかんだリリアも笑みを零していた。

  もしかしたら数日後には人類は滅んでいる可能性だってあるというのに。

 彼らは危機などまるで感じていないように見えてしまう。

 明日も明後日もこれからも、ああして笑い合って過ごしているようにすら思えるのに。これでいいのかと自分が問いかけてくてくる。

  束の間の平和な光景が私を不安にさせた。

 皆が遊び気分で居るわけではない。分かっているのに、和やかな空気に身を置くと怖くなる。


  制裁の日、現地の状況把握の為に蒲白隊はヘスティアを中心に撮影するべく飛ぶ。

 先の第二次世界大戦も防衛戦の時も私は戦闘員として飛んだ。

 目まぐるしく変わる戦況、容赦なく向けられる敵意が牙を剥き、身が竦むような殺意がすぐ傍にある。戦場は狂気に満ちている。その中を生き抜いてきたとはいえ、やはり恐怖がなくなることはない。

  戦争にはしない。地上に味方するヘスティアは言うけれど、私達は"もしも"を考えなくてはならない。護るだけとはいえ人類は人智を超えた力に抗わなくては未来がない。

 此度は戦闘員ではなく空撮に徹することが言い渡されてはいるものの襲い来る危険を常に掻い潜る必要がある。神と人との和平の瞬間を収めるだけになるのが理想ではあるが、戦いになろうとも撮影は続けなくてはならない。

 人の領域を凌駕した力が蔓延る場で私は己を律し任務を遂行できるだろうか。

  もちろん任務には全力で当たるし、世界の平和を願ってはいる。

 だけど些細なことで自信が揺らぐ。ヘスティアは失敗しないだろうか、魔導防護壁は本当に攻撃を耐え凌げるのか、自分は務めを果たせるのか、無事に人類は未来を生きていられるのか。恐怖がピタリと張り付いてすぐに顔を覗かせる。


「…大丈夫よね」

「俺達には世界や国をどうこうする力なんてない。ただ、自分にできることをやるだけです」

「…そうね」

  氷壬君はフルフェイスを装着し撮影の準備をしていた。

 ぼそぼそと喋り表情に覇気もないので無気力に見えるが確実に任務をこなす仕事人だ。彼のファインダーは既に空へ飛び立とうとしている若き勇者達を捉えている。

「考えるだけ無駄ですよ。できないことに思考を割くより、できることに着手するほうが有益です」

  そう言い残すと氷壬君は空へ真っ直ぐに飛び上がった。無駄のない飛行だ、機械みたいに最短距離を導き出し飛び交う三人をしっかり追尾している。

  よく割り切れるものだ。それとも彼なりに私を励まそうとしてくれたのか。

 慣れ合ったり気遣いをするタイプでもないのに珍しい。それだけ私が情けなく見えたか。

 これでも私は氷壬君よりも先輩だ。駿河君ほどとまではいかなくとも堂々と行動しなくちゃな。


  世界は分からないことばかりだ。確定された未来も絶対の保障もない。

 しかし望む明日を手にするには努力を続けるしかない。

 例え理想に届かなくとも、動かなければ理想を叶えることはありはしないから。

 ならば思考に囚われ尻込みしている場合ではない、目の前のことに全力を尽くそう。

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