寄り添う風ー3

 

  善は急げと言わんばかりに俺達は早速行動に移す。

 レツの言う術とやらは富裕層地区にはないそうだ。

「じゃあW3A借りて行こうぜ。そのほうが早く移動できるし、空気も直に吸うよりはマシになるはずだ」

「…俺はその乗り物を使ったことがない」

「嘘だろ!?カルツソッドにもあるだろ」

「たしかにあるが、機体数の少ないそれは戦闘能力の低い軍人に割り振られた。俺達人造兵器には不要とされたからな」

  マントに隠れて見えないが、レツの肉体の一部も機械で作られているのだろう。

 彼が動く度に聞こえる金属音がその証拠だ。

「そっか…じゃあこの機会に乗ろうぜ。御影博士の大発明品だぞ」


  御影博士について気になっていた俺は終戦後、アルセアへ帰国するなり家に軟禁させられたが、その間に御影博士について調べた。

  彼の代表的な開発は武器格納具である"パレット"だった。

 手袋の形に近く、甲の部分には武器を収容する特殊な小型の結晶が埋め込まれている。使用者の掌を感知すると結晶から武器が構築され出現し、武器で結晶に触れると武器を即座に分解し、たちまちに収納される。

 パレットから武器の出し入れを瞬時に可能とする、特殊素材で作られる専用武器のレシピを考案したのも彼だ。現在では軍人やアルフィード学生なら持たぬ人がいないほどの代物だ。

 さらに驚くべきはパレットの開発を彼が若干11歳の時に成し遂げたことだ。

  御影博士の開発は殆ど世間公表はされていなかったが、父親の権限をちょっと拝借し、より調べると今の国防軍内の膨大なデータ管理システムやW3Aの開発も彼が関わっていた。

 技術大国アルセアと世界で言われているが、御影博士なくして今のアルセアはなかっただろう。


「博士の…」

  プロテクトスーツを着たレツはW3Aを眺めるとそっと手をかけた。

 やはりレツにとって御影博士は敬意を向ける存在なのだ。

  博士はアインやドライからも信頼されていた。実験生活を強いられていた彼らにとって少なからず博士は支えだったように思える。レツは博士へ特別感謝しているようだ。


  正直に言えばレツ単独での飛行は無理だろうから俺が手を引くなりしてサポートしながら移動するつもりだった。それでも歩くことに比べれば段違いで早く移動できる。

 だが、そんな俺の予想に反して簡易的な説明と少しの練習でレツはあっという間にW3Aの飛行術をものにしていた。

 もともと身体能力が高い人だ。コツさえ掴めば、並の人より早く習得するとは思っていたが…先生泣かせもいいとこである。


「はあー…これだから天才ってのは」

「何がだ?」

「いや、レツはすごいなって」

「俺は自分をすごいなどと思ったことはない」

  何故だか俺の周囲の天才達は皆自身の能力を驕らない者が多い。

 慢心しないというか満足していないというか。

 もうちょっと己のすごさを自負してもいいと思うのだけど。

 だからこそ天才足り得るのかもしれないが。

「その様子なら俺の補助無しで飛べそうだな。行こうか」

「ああ。こっちだ」


  上空から改めて見るカルツソッドは視界が悪いのにそれでも分かる汚れた大地だった。草木ひとつ無い荒んだ風景は同じ世には思えなかった。

 けどこれは現実であり、どの国でも同じ末路を辿る可能性を持っている。

 最新技術を有するアルセアだって使い方を間違えればすぐさま緑を失い、崩壊していくだろう。

  何事も壊すのは簡単だ。大切に保ち、守り続けることの苦労は常に抱えて生きていかなければならない。



  危なげない飛行で進むレツに付いて行くと富裕層地区からは真逆に位置する洞窟の前で着地した。こんな大陸の隅のひっそりとした場所にも坑道があるのか。

 本当にカルツソッド全土は鉱石に恵まれていたんだな。

「この奥だ」

  真っ暗な洞窟を進むにあたりライトを取り出し、足元を照らし出しながら歩いていく。時折パラパラと地の割れる音がする。

「これ、いつ崩れてもおかしくないんじゃないか」

「そうだろうな」

  俺は小石が落ちる音だけで肝が冷っとするのだが、レツは平静を崩さない。

 一度死を覚悟できると少しのことでは動じなくなるのだろうか。

 戦争中はいつ死のうと不思議ではないと思う体験を多くしたが、やはり怖いものは怖い。


「帰りたくなったか?」

「少しね」

  ここまで来て引き返すくらいなら初めから来やしない。

 それでも恐怖心は消えないので強がってみせる。

「無理をする必要はない。カルツソッドは将吾とは無縁の地だろう」

「たしかにな。でも目の前で苦しんでる人を見たら、例え縁の無い人だろうと助けようとするだろ」

「それは自分の可能な範囲でだ。大陸を救おうなど可能な範囲を大幅に超えている」

  レツは俺を馬鹿にしている訳ではなく、ただ冷静に現実的な意見を述べる。

 決して冷酷なのではない。割り切らないと生きていけない環境がそうさせた。

 俺には出来ないであろう切り捨てを彼は強いられるかのように選択し続けた。

  彼の生き方を非難する人もいるだろう。それでも俺はレツに敬意を表したい。

 だから冷淡に聞こえる物言いをされても嫌な思いはしない。  


「…だな。それでも俺は気になったらじっと出来ないたちなんだよ」

「さぞ損することが多いだろうな」

  てっきりあまり喋らない人なのかと思ったが、結構ズバズバ意見する。

 さすが飛山の兄貴というか、容赦ない指摘に苦笑いが零れてしまう。

「そういうところは嫌いではない」

  そっと付け足された言葉に顔が綻んでしまう。

 やっぱりレツは良い奴だ、そう思ってしまう俺は単純だろう。

 世間から見た彼は大罪人だ。だけど俺は彼の幸せを願いたくなってしまう。 



  歩き続けると俺達の持つライトとは別の光が奥から漏れてくる。

 光の淡い緑色は人工の輝きには見えなかった。

  更に進んで行くとふわりと光の球体が浮いていた。

 これは精霊?…けど人間の俺にも見えるなんて。人間にも精霊が見えるってことは魔力マナの濃い場所か、はたまた魔力マナの強い何かがあることになる。

 するとレツはW3Aのフルフェイスを外し出した。

「お、おい」

「ここの空気は清浄になっている。外しても平気だ」

  言われるがままに俺もフルフェイスを外してみる。

 たしかに息苦しくなく、ライト無しでも視界が良好だった。

 薄暗い洞窟を進むだけで空気や環境の変化に気づけなかった。

  奥にある魔力マナの強い何かが汚染された空気を浄化しているのか。 

 レツは俺がフルフェイスを外したのを確認すると再び歩き出す。


  目の前の曲線の道を抜けた先はより強い光が空間を照らしていた。

 中央の樹の頂きには光源である水晶が緑に輝いている。樹にしては低く3メートル程の高さだ。

 水晶から力を得て懸命に輝く樹の周囲を多くの精霊が寄り添うように宙を漂っている。周囲の自然環境を変える程の膨大な魔力マナの正体はこれか。

  小さな樹の下には長髪の男性が佇んで居た。見覚えのある後ろ姿は俺達の気配を察すると振り返り、眉間に皺をよせて不快を露わにしている。


「…人間を連れてくるとはどういつもりだ」

「お前に用事だ。アイン」

  鋭い眼光が貫きそうな勢いで俺達を睨む。

 アイン。戦争時には炎の魔法を使って戦い、シーツールの村を焼失させたエルフ。

 カルツソッドに忠誠を誓っている軍人ではなく、あくまで人造兵器として戦わされていたようだったが非常に攻撃的な性格をしていた。

 まさかカルツソッドにまだ残っていたとは。てっきり恨んでいるこの国からとっくに去っていると思ったけれど。

「こんな魔力マナの濃い場所がカルツソッドにもあったんだな」

  そう、ここの魔力マナの濃度や神秘的な空気はティオールの里の祠に似ている。あれはティオールの美しい自然があってこそだと思っていた。

  魔力マナ溢れる樹の下には少しだが芝生が広がっている。

 自然が無いに等しいカルツソッドの大陸にも緑が残っていたことが奇跡みたいだ。


「利用する気か」

「え?」

「カルツソッドに僅かに残された魔力マナすらもお前ら人間は搾取するのか!」

「違う違う!」

  俺は純粋に感想を言っただけのつもりだったが、より一層アインの敵意を増幅させてしまった。少しでも彼の気分を害す行動を起こせばすぐさま攻撃されそうだ。

 まずは誤解を解く必要があるな。

「俺はカルツソッドの崩壊を食い止めたいんだ。アインは何かいい術を知らないか?」

「自分達の領土となったからか。浅はかな発想だな」

「そうじゃないって!アルセアはカルツソッドを支配しようとか奪おうとか考えていない」

  そもそも国一つを一学生である俺がどうこうできる問題ではない。と、そう説明したところでアインは納得しないだろうが。


「俺は故郷を失ってほしくないだけだ」

「お前はカルツソッド人なのか」

「違う。けど、カルツソッドが故郷の仲間がいる。そいつらの帰る場所を守りたいだけだ」

「…他人の為に動くのか?悪いが俺は情じゃ動かない」

  アインからの信用を得るのは難しそうだ。

 エルフの彼はカルツソッドの研究者達から散々な目に遭わされたんだ。

 人間への不信度が高いのは頷けるが、同じ人間である御影博士には敵意なんて向けていなさそうだったけどな。御影博士はそれだけ信頼に足る人物だったのだろう。


「アインはここで何をしているんだ?」

  カルツソッドは敗戦を機に軍は解体、研究員や戦争命令を下したトップ達はアルセア軍に捕らえられている。レツやアインも本来ならばアルセアで捕らわれるべき人物かもしれないが、個人特定されていない二人は指名手配にも上がっていない。

  現在のアルセアはカルツソッドとの戦争に国防軍最高司令官の失踪、有翼人の襲撃と立て続けに混乱が舞い込み全てを処理しきれていない。

 一方的に戦争の悪を祭り上げ、事態を丸く収めようとしたところに有翼人の問題が浮上し、圧倒的なカリスマで派閥をまとめ上げていた頭を失った軍は軍内ですら対立が起こり大変だと俺の優秀な家族達は言っていた。

 とてもじゃないが俺は将来その中に入りたいとは思わなかった。

  彼らと同じく人造兵器へと改造されたフィーアはアルセアに居る。

 戦争時に命を奪う行為まではしておらず、子供ということもあり軍の監視下に置かれ自由を制限されてはいるがカルツソッドに居た時のように何かを強要されり命令されたりはしていない。

 アインは実質自由な筈だ、カルツソッドに留まる理由はないだろう。


「お前に教える義理は無い」

「守っているんだろ。この場所を」

  アインの答えにレツが被せた。

 レツの言葉にアインの眉間の皺が深くなった。その態度は肯定に等しい。

「この大陸の先住民はエルフだ。だが人間達が移り住み、工業が発展するとたちまち自然は奪われていった。そんな現状に多くのエルフ達は大陸を離れて行った。しかしお前はカルツソッドに残っていたと聞く。理由は想像に難くないだろう」

  精霊達がアインに味方するかのように集まっていた。

 そうか、彼にも守りたいものがあったんだ。

 アインの表情から怒りが薄れ、暗い影が落ちる。


「…ここは大切な場所だ。共に生きていたエルフ達はそう教わり守り続けた。だが、利益の為に自然を搾取する人間共の醜さ、挙句俺達を戦に利用しようと動きだしたことで皆カルツソッドを離れて行った。…結局逃げた先まで追いかけられ魔導砲の養分にされたがな」

  先住民のエルフ達からすればカルツソッドは既に人間の手によって奪われた故郷だった。そんな人間が今更カルツソッドを守りたいなど烏滸がましく見えて当然だ。

 アインの悲痛が滲む怒りに俺は何も返せなかった。


「この水晶が知られれば確実に奴らの餌食になると思い、俺は一人でも戦いを挑んだ。結局奴らに捕まり道具にされたがな。俺が捕まった頃にはカルツソッドは既に空気まで汚れ視界も悪かった。幸い人間は魔力マナを感知できない。この悪環境の中をゴミ共が外を出歩くこともない。だからこそ、この場所は気づかれず生き残ったとも言えるがな」

  樹をそっと撫でるアインはとても穏やかな顔をしていた。

  俺はアインの一面しか知らなかった。攻撃的なアインは元来の彼ではなかったのかもしれない。環境が、人間が、彼を変えてしまったのかと胸が詰まる思いだった。

  人間で無力な自分は彼に何もしてやれないだろう。

 でも、ここで歩みを止めては駄目だ。同情するのも、遠ざけるのも違う。

 犯した過ちはどんなことをしても変えられない。変えられるのは"これから"だけだ。


「人間は欲深い生き物だ。自然を愛し、規律を重んじるエルフには罪深く愚かに見えるよな。でも人間はアインの知るような奴ばかりじゃない。それはアインも気づいているんじゃないか?」

  俺の言葉にアインは返事をしてはくれなかった。

 無理のない事だ。彼の受けた傷は簡単に癒えたりはしない。

 敵対した相手となど口もききたくないかもしれない。

 けれど、彼は正直に打ち明けてくれた。ならば俺も彼には正直でありたい。

「すぐに俺を信じろなんて都合の良い事は言わない。…ただ、カルツソッドの助かる術はないのか。それだけでも教えてくれないか」

「…悪いがもう手遅れだ。この水晶が辛うじて命を繋いではいるが魔力マナも無限ではない。水晶だけの魔力マナでは限界だ。自然から生まれる魔力マナがない現状では必ず大地は朽ちて崩壊する」

  一瞬でカルツソッドに自然が戻るか、または大陸を支える程の膨大な魔力マナがあれば。カルツソッドの崩壊は止まり、蘇るのかもしれない。

 けれど、その二つは夢のような現象でとても実現不可能だ。


  突き付けられた現実に悔しさが募る。

 人間一人の力なんてちっぽけだ。分かり切っている事実なのに。

 欲深い人間というのは現実を受け入れ切れない。

 諦めたくない、まだ奇跡が起きると願ってしまう。

「地上に有翼人が降臨なされているんだろう。神の手に葬り去られるか、時が過ぎ去り朽ちるか。カルツソッドの滅びる未来はそのどちらかだ」

  疲れ切った表情を浮かべたアインから俺達への敵意が薄れていた。

 この樹を守る事だけが彼を動かしている。その役目も、もう終える。…いや、終えようとしているように見えた。


「気づいていないだけで、他にも手があるかもしれないだろ?」

「諦めろ。物事は全てが思い通りにはならない。思い通りになると考えるのは人間の思い上がりだ」

「それでも、諦めたら何も変わりはしないだろ」

「…くだらないな。そうやって、悪足掻きを続けていればいい」

  アインは俺達に背を向けると寄り添うように樹に身体を預けた。

 もしかしたら彼はここで最期を迎えるつもりなのか。

  悲しい結末を受け入れないでほしい。最期を迎える覚悟など持ってほしくない。

 そう現実に反発してしまうのは、俺が子供なだけなのだろうか。

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