光の先駆者達ー8


  無事、リーベ女王の戴冠式が終わり、城が静まり返った頃。

 いよいよ俺達の再戦の時間となる。これがラストチャンスだ。

  今回の試合は見守らず休んでいいと体調を気遣われたリーベ女王も「女王としてきちんと見届けます」と毅然に答え、先日と同じ面々が地下決闘場に再び集まった。


「また同じ結果になるだけでしょう」

 ギレットさんは早く済ませてしまおうとすぐ位置に着いた。

「油断しないほうがいいぞー、彼らちゃんと特訓したんだからな」

「特訓と言ってもたかだか数日です。そんな簡単に実力の差は埋まりません」

  サマルタさんは戦闘に備え身体を軽く動かしながら忠告するが、ギレットさんはあまり気に留めていない。けれどギレットさんは決して油断はしていないだろう。

「アレイスが面倒見てやったんだ、分からんぞ」

「な!?アレイスさんは挑戦する側に塩を送ったんですか!?」

  ライオネル団長の力の抜けた投げかけをを半ば流して聞いていたギレットさんが大きな反応を見せた。そんな様子にアレイスさんは乾いた笑いを浮かべた。

「ま、有望な若者は潰すんじゃなくて育てなきゃね」

「何も他所者まで育てなくたっていいでしょう…」

  アレイスさんの言葉にギレットさんは呆れかえり、サマルタさんは笑っていた。

 試合前に気負わずリラックスしている姿が少し羨ましかった。

 俺達は絶対に勝つと闘志を静かに燃やし臨戦態勢に入った。



「それでは始めましょうか――――試合、始め!」

  試合の立会人であるオーディム副団長の開始合図と同時に俺達三人は飛び出す。

 予め狙いは一人に決めている。

「おらあっ!」

 勢いの乗ったタルジュの先制攻撃がギレットさんを襲う。

「甘い!」

  ギレットさんは上手くタルジュの攻撃を受けきる。

 そこを崩そうと横からクラウディアが突きの連撃を決める。

 続けざまの攻撃にギレットさんは顔を顰めた。

 彼女の妨害をしようとやって来たサマルタさんを俺が迎え撃つ。


「へえ!ちゃんと形になってきたね」  

  俺の剣撃を受けたサマルタさんはにやりと笑った。 

 クラウディアはそのままアレイスさんへと向かっていく。

 入れ替わるようにタルジュは再びギレットさんへと攻撃を仕掛ける。

  サマルタさんの相手をしながらタルジュとギレットさんの様子を視野に入れる。

 タルジュの攻撃が途切れ、ギレットさんが反撃に転じる瞬間―――ここだ!

 鍔迫り合いをしていたサマルタさんを弾き飛ばし、ギレットさんへ攻撃する。

 俺が割り込んでくるとは予想していなかったのかギレットさんは動揺し反応が鈍った。

  一気に攻め込む!

 自分の持てる最大の力を込めてギレットさんへ連撃を撃ち込んでいく。


  俺達のとった作戦は短期決戦。試合が長引けばこちらが不利だ。

 だが速さを重視すれば、連携が噛み合わなくなった途端、反撃で一気に畳みかけられる可能性が高い。特訓したとはいえ、聖騎士に比べれば俺達の連携の精度は劣る。すぐに粗が見つかってしまうだろう。

  しかし、その粗を突かれるよりも前に試合を決着に持っていければ、勝機はあるかもしれない。賭けの要素もあるが、俺達は賭けることに決めた。

 

  最後の一撃が決まれば勝てる。そう思ったが、やはり立ちはだかれる。

 クラウディアの攻撃を躱したアレイスさんが俺の一撃を受け止めた。

「いい動きだ…だけど、今は敵だ。全力で阻止する!」

  アレイスさんの容赦ない攻撃が繰り出される。

 目で追うのが難しい速さの細剣攻撃は飛び交う銃撃戦の中にでも放り出された感覚になる。

  今タルジュはサマルタさんの相手をしている。

 ギレットさんへの追撃はクラウディアに任せるしかない。

 それを理解している彼女は既にギレットさんへと距離を詰めていた。



    *



  私達がギレットさんへ狙いを定めたことを察したアレイスさんはすかさずフォローへと走った。私がアレイスさんをしっかり抑え込めていたら、佳祐は試合を決めきれていたのに。

  今は悔やんでいる暇はない。すぐさまギレットさんへと相手を切り替える。

 佳祐の攻撃で態勢を崩していたギレットさんは私に気づくと身構えた。

  不意打ちは無理ですね。それでもゆとりを与えない為に攻撃を仕掛けていく。

「諦めろ。お前達の動きにはもう慣れてきた。時期に決着がつく」

  私の攻撃を全て器用に捌いていく。若くして隊長を務めるだけある。一度押されようと立て直しが早い。

「決して諦めません!私達は諦めるわけにはいきませんから!」

「余所者の考えに感化されたのか知らないが、見苦しさは聖騎士にそぐわない」

「私にとって最も大切なのは聖騎士たることではありません」

  身分や位は誇りとなり自信にも繋がる大切なものだ。尊重することは悪ではない。けれど、それに縛られていてはならない。


「どんなにみっともなかろうと、揺るがない信念を持ち前進し続ける努力を怠らない戦士であること。それが私の志す私の在り方です!」

「お前の選ぶ道は他者に蔑まれる生き方だ。見習いである今ならまだ戻れる」

「もう迷いません。リーベ女王の意志を貫けるよう、彼女に降り掛かる災難は私が打ち砕く。私が女王の剣となります!」

「…そうか」

  私が断言すると何故かギレットさんは少し笑っていた。

 もしかして…私は試されていた?


  一度間合いをとるとギレットさんは背筋を伸ばし、堂々と構えた。

 彼が誇りとする聖騎士としての立ち振る舞いだ。

 ルイフォーリアムが長年かけて積み上げてきた気高く強い、国を守護する騎士の姿。

「ならばここでお前の信念とやらを示してみせろ!」

  大きく息を吐き、私も神経を研ぎ澄ませる。

 互いに集中し、緊迫した空気が流れた。どちらかが動き出した時、勝負は決まる。


  アレイスさんから教わった細剣術は主流の剣術と少し違うものが混じっている。

 ひとつひとつの動きが直線的で格式のような型が一般的なのに対し、彼は独自の曲線のような動きを取り入れている。

  師曰く、滑らかな動きのほうが仲間との連携にも相手の動きにも柔軟に対応でき、速く動けるという。言い分は理解できる。だが、それを己の感覚のみで編み出すのだから彼はまさに天才だ。

 素晴らしいと讃えれば、「単に先生の教え方が自分には合わないなーと思っただけなんだけどね」とおどけて笑う。

 前例のない剣術は彼をルイフォーリアム聖騎士の頂点へと押し上げた。

  私も彼の戦い方を倣えば強くなれると確信した。

 女性である自分は、戦いにおいて純粋な力勝負になればどうしても限界が生じる。けれどこの細剣術ならば女性でも十分に扱え、力自慢にも太刀打ちが可能だ。

 細剣の利点である速さと正確さ。それにステップを踏むかのような身のこなしが足されたのがアレイスさんの戦い方だ。

  私は細剣術が馴染むとさらに小回りを重点的に足す戦術を磨いていった。

 機敏な動きで翻弄し、速さで相手を上回る。それが私の見つけた戦闘スタイルだった。


  先制攻撃を仕掛けたのは私だった。

 風に舞う一枚の葉のように動きながら攻撃を繰り出し続け、身体を捩じるように動かしてギレットさんの攻撃を躱していく。この戦い方は動きが多い分、体力の消耗が激しい。長期戦には決して向かない。

 アレイスさんのような心地の良いリズム感のある動きとは違う、不規則な私の動きは不快な筈だ。畳みかけるならこれが最後のチャンス。ギレットさんが少しバランスを崩した瞬間を見落とさない。


「はああああああああっ!」

  自分の持てる最大速度の突きの連撃で一気に追撃する。形振り構わず今までの全てを出し切る。

  糸がぷつんと千切れたように私の身体は止まってしまう。今、誰かから攻撃を受ければ対処できない。激しく、速い試合展開で呼吸が乱れ、息をするのも苦しい。

  静まり返った場に呼吸する音だけが聞こえる。私の細剣がギレットさんの眼前を捉えていた。



「勝負あり!」

  オーディムさんの凛とした声が響くと力が抜けていく。

  ―――どちらの勝ち…?

 周囲を見回すとタルジュはサマルタさんと膠着状態になっており「これは一本取られたね」とサマルタさんが肩を竦めていた。

 佳祐とアレイスさんは剣先を互いに向け合い止まっていた。アレイスさんは呼吸が乱れることなく涼しい笑顔を浮かべている。

「もう立派な騎士だな」

「いえ、まだまだ研鑽が足りません」

「そうか、良い心掛けだ」 

  ギレットさんが安らかに微笑む顔を初めて見た。私が思っている以上に、実の彼は表情豊かな人なのかもしれない。


「それにしてもたった数日で随分動きが良くなったな。どんな魔法を使ったんだ?」

 サマルタさんが感心したようにアレイスさんに訊ねた。

「魔法なんて使ってないよ。俺はヒントを教えただけで、技術指導はしていない」

  アレイスさんは私達に助言はしたが、各々の剣技については一切触れてはこなかった。指示と呼べるのは最初のものだけだろう。

『佳祐君を主体にして、彼を生かすよう動くんだ』という一言だけだった。

 たったそれだけで私達の連携に滑らかさが生まれたのだから驚いた。

『君達は基本優しい。だから苦手な人を得意な人がフォローする方法ばかりに目が行きがちだよね。でも視点を変えてみな。無理に型に収まる必要はないんだ。得意な人を中心にして、苦手な人が支えればいい。支えるのが上手くなくたっていい。フォローする側もやりやすい方法で立ち回ればいいんだ。正解はひとつではない。自分達の良さを生かす方法を考えてごらん』


  そんなふうにアレイスさんは言ったが、彼は見抜いていたのかもしれない。

 私もタルジュも"佳祐の動き"は理解でき、ある程度想像がつくということを。

 それは私達二人が共に彼の実力に敬意を評しているからこそである。

 …恥ずかしくてその場で口にはできなかったけれど。

「作戦を立てたのも、ここまでの形に仕上げたのも彼らだよ。俺は特別なことはしていない。紛れもない、彼らの勝利だ」

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