影の英雄ー1


  ヘスティア達が竜の谷へ向かうべくリーシェイ国へ降り立った際、俺も自らの目的を果たそうと同刻に帝都ライツェンに居た。

 以前から親交のあったリーシェイ国の皇族で歳が近い若者達に協力を依頼できないか交渉を行う為だった。先のヘスティアの演説を見ていた彼らは、俺が直接事情を説明すると納得し協力に関しても頷いてくれた。

 アルセア国防軍最高司令官の息子でなくなった俺でも彼らは温かく迎え入れてくれ感謝しかない。


  だが、国単位の協力となると話は困難を極めた。

 民を従える皇族であるが、若い彼らは軍勢や領土の長を務めようとも上に物申す権力は持ち合わせていない。

 一夫多妻制のリーシェイ国において皇帝には多くの妻が居り、また子供達が居る。

 偏に皇族と言えど一つの村ができるほど人数がいる。

 力が物の言うリーシェイでは皇族の中にも権威の差があり、上官に強くは異論を唱えられない。唱えるならば力で屈せるだけの実力を要する。やはり中枢となる人物を味方につけなくては大々的な協力は期待できないか。


  しかし中枢の人間は現皇帝、晧燕コウエンの高圧的に人を従える思想を濃く受け継いでいる。他国と手を取り合い、世界を守ろうなんて仲良しな行いはしたくないはずだ。

  若い皇族の中には無法地帯に近くなっているリーシェイを改善するにはそのような政治体制を直さなくてはならない。そう考え、国の将来を憂う者もいる。そんな彼らこそ俺に協力的な姿勢を取ってくれる者達だ。

 次はいかに相対する思想の者達からも協力を得るかだ。



  ひとまず他国での協力者を募ろうとリーシェイを後にしようとした時だった。

 緑星リュイシンから連絡が入った。千沙達と会い、事情を聞いた彼は自分も協力したいと申し出てくれたのだ。そして一人、中枢と直接場を取り持たせることができる当てがあると言った。 


「何で私がこんなこと」

「これで貸し借りなし。なんだろ?」

  鈴明リンメイは気に食わないのかそっぽを向いてしまう。

 それにしても思いもよらない所から手が差し伸べられたものだ。皇族であり、元老達と繋がりのあるリンメイが面通しに協力してくれるとは。

 リュイシンが上手く言い包めてくれたのだろうが、縁とは予想外の所で繋がるものだ。

  皇族の中では末端に属する彼女は自分のそんな立場を憎んでいる。

 軍内はもちろん、皇族内でも権威争いが激しいと聞く。幼少の頃から嫌な思いを散々してきたのだろう。だから権威ある元老達や上位の皇族に取り入り、自分を守った。

  リュイシンが体育祭での一件を上手く利用しリンメイを使ってくれた。

 アルセアには借りがあるだろう、と。これも千沙のおかげだな。

  リンメイは千沙を嫌いだと称すが、どうやら憎しみと共に苦手意識もあるみたいだ。千沙の真っすぐさがリンメイには堪えるのだろう。

  俺のこともあまり好きではないようだ。何度かパーティーで顔を合わせたことがあったが、その時は随分と猫を被っていたのに。やはりあれは俺が"アルセア国防軍最高司令官の息子"だったからだ。もう俺に利用価値はないと思っているに違いない。


「どうしてこんな無駄なことするのよ」 

「無駄?」

「叔父様達の説得なんて不可能よ。あの人たちは欲でしか動かないわよ」

「やってみなきゃ分からないさ。それに、不可能を可能にするほうが燃えてくる」

「…アルセアは変人ばかりね」


  リーシェイ国の皇居に訪れるのは初めてではないが、大広間や謁見の間など入口の巨大な門から直進すれば辿り着くような中央の場しか足を踏み入れたことはない。

 皇族達の居住区の更に隅、外れにある一般人は決して立ち入ることのない薄暗い離れ家。そこには現役を退いた元老達が毎夜酒や賭け事を楽しむ場がある。

 リンメイは元老達に取り入り、若さと美貌で可愛がってもらっているそうだ。

  彼女に通してもらって部屋に入れば、既に室内は酒や香水、煙草など臭いの強いものが入り混じった異様な空気が充満していた。豪華な食事や妖艶な遊女が溢れ返り、床を探すほうが困難なほど人と物が密集している。

 元老達の半分は頬を赤く蒸気させ、出来上がっている者もいる。陽が沈み切って間もないというのに、既に酒宴の終盤みたいだ。

 

「ご無沙汰しております、テイさん」

「小童、久しいのう。亡命か?」

  入口付近に見知った顔を見つけ挨拶をすれば酒を瓶ごと口に付けながら返事がきた。彼もまた武将として一時代を築いた男だが、コウエンが皇帝になってからは酒を嗜む老後を楽しんでいる。何度か顔を合わせただけだが、記憶の片隅にでも俺は残っていたようだ。

「違いますよ。俺は今アルセアだけじゃなくて世界平和を目指してるんです」

「ほほっ。そりゃまた規模がデカくなったのう。祖国で犯罪者が世界を救うとな。大層な英雄じゃな」

  茶化してはいるが目は俺を見定めている。冗談や遊びで来ているのか、はたまた考えや取引材料をきちんと携えてきたのか。ただ娯楽に勤しんでいる老人ではない。勘や品定めの目は現役から衰えてはいない。


「勝算はあるのか?ワシより欲の塊じゃぞ」

  輪に加わらず一人で酒を嗜むテイさんは伸びた顎髭を撫でながら奥で下品な笑い声を上げる集団に視線を送った。

 金、遊、女、食。

 治め従えるものがなくなった彼らは実に欲望に忠実だ。

 それでも過去の栄光で発言力は若い皇族よりもある。ならば俺は欲を刺激してやるだけだ。

「ええ、なければ来ませんよ」

「お手並み拝見じゃな。美味い酒が飲めるショーにしてくれよ」

「はは、善処しますよ」

 あくまで自分は傍観を決めるようだ。昔からこういう人だ。助けなど期待していない。


  元老達の中でも権威のある者は奥に居座る。最奥へ向かうと、彼らは俺の姿を見るなり笑い声を抑えた。

「お前か、用があるとかいう奴は」

  話はリンメイから通っているのだろう。大きな身体を持て余すように背もたれに寄りかかり、肩肘をついて俺を興味なさそうに見る。

 可愛がっている女の頼みを仕方なく聞いてやると言わんばかりだ。

「くだらん話なら即刻帰すぞ。時間の無駄だ」

「では面白い話をしましょう。もう一度、国を動かしたくはありませんか?」

  目の前の男はリーシェイ国前皇帝、周鶯シュウオウ

 40という若さで皇帝の座から引きずり降ろされた男。

 まだまだこれからというタイミングに玉座を降ろされ志は半ばだった。

 現皇帝に君主が変わって20年は経つが、彼の野望は心に燻っているはずだ。

「戯言を聞かせる為にわざわざ来たのか?」

「いえ、とんでもない。俺は真剣に胸が高鳴る話を持ちかけに来ました」

「ふん、まあよい。続けろ」

  遊女に注がれた酒を飲みながら耳だけをこちらに向けている。

 さて、まずは無関心さをなくしてもらおうか。


「有翼人はご存知ですよね」

「随分と手の込んだ見世物をしたな」

「あれは作り物の映像ではありませんよ。俺は直で見ましたしね」

「アルセアは奇妙な玩具ばかりに頼る。あの翼の生えた人形もお前達の兵器の一種だろう」

  先進技術国であるアルセアをリーシェイ国、特に年配層はあまり快く思っていない。個の力こそ全てだという文化が根付いている風習から機械に頼る者は軟弱者だという思想がある。

 現皇帝に代わってからはリーシェイも機械や電子工学などを取り入れるようになったが、シュウオウは真っ向からそれに対立した。だからこそ皇帝の座を力だけではなく知略でも奪われる形になったわけだが。

 W3Aをはじめとした発明品は全て弱者が強者に対抗するべく作られた玩具だと考えている。極めて幼稚な発想だ。


「残念ながら有翼人はアルセアの兵器でもなければ、どの国の所有物でもありません。彼女達は空に住む、我々と異なる人種ですよ。それも驚異的な力を持ったね」

「で、その有翼人とやらが地上を侵略にでもきたのか」

「侵略ではありません、破壊ですよ。奪うのではなく地上の人類もろとも真っ新に消すべく攻撃してくる。彼らの言葉を借りるなら大地を食い物にする地上人への裁き。近い未来に必ず史上最大の戦争が起きます」

「長い歴史で地上で何度も戦争はあった。だが有翼人とやらが現れたことはない。あんな架空の生き物が存在し、地上を襲う確証はあるのか」

「有翼人は地上に裁きを下しにきます。俺は有翼人の一人を引き入れていますからね、情報は確実ですよ。いいんですか、そんな裕著に構えていて。戦争は変革の好機ですが」

「お前の絵空事が事実だとしても、わざわざ俺が出る幕ではない」

  シュウオウは杯に入っていた酒を一気に飲み干す。

 強がりだ、酒に逃げているのが良い証拠だ。


「本当にもう表舞台には出てこないんですね?」

「出たとこで何になる。俺の時代は終わったんだ」

「そうですか。あなたはそうやって毎日慰めてもらいながら惨めに一生を終えるのですね」

  俺の挑発に怒りを露わにしたシュウオウは周囲の食事や遊女に構うことなく、なぎ倒しながら俺の胸倉を乱暴に掴み上げた。

「…お前のような棒きれみたいな若造、すぐに捻り潰せるぞ」

  気迫のある顔つきで睨んでくる。かつて怪物とまで言わしめた皇帝は今では粗暴な獣なだけだ。同じ目線に立ってやる必要はない。

 ぬるま湯で怠惰しきった獣を野に放ち、王を引きずり出す駒になってくれれば充分だ。


「よくお考えになってみてください、これはあなたの力をリーシェイだけでなく世界に誇示する最大の好機です」

  これは協力を得るための説得や交渉ではない、単なる焚きつけだ。

 協力関係を結べなくともこの男が動き出せば俺の目的は達成したことになる。

「大規模な戦争となれば活躍する者は皇帝だけとは限らない。戦果をあげた者が強者と成り得る。時に英雄に。時に玉座の席も変わる。力を示した者により国勢が大きく変動する、リーシェイはそのような国ではありませんでしたか」

  俺の言葉に力任せに胸倉を掴む手が緩む。

 その隙に剛腕な手から離れ、乱れた服を直す。

「あなたほどの力があれば必ずや再び戦場で力を発揮できると思いましたが、興味がないというなら仕方ありません。やはり得になる話は未来を担う若い者に交渉致しましょう。お楽しみを邪魔してすみませんでした」

  頭を下げ、シュウオウには見向きもせずに背を向ける。

 充分刺激した。最悪シュウオウが動かずとも、この現場に居合わせた元老の誰かが俺にコンタクトを取ってくるだろう。

  彼らは皆、力に弱い。強い力を前にすれば屈する。

 また、強い力を欲し、手に出来る誘惑があれば耳を傾けずにはいられない。

 力を振りかざず快感を忘れられない。何より力で得た栄誉はよい肴になる。


「ま、待て」

  シュウオウの震えを抑えた声に思わず笑いが零れるのを堪える。

 まだ振り返りはしない。彼がどう言葉を続けるかと意地悪をする。

「お前の言う得になる話を聞かせろ」

  釣れた。

 日々快楽に溺れながらも、やはり大勢を従えた悦びを忘れられやしなかった。

 頂上の景色はさぞ最高なものだったのか。

「俺の話を信じる気になってくれましたか?」

「信じるか信じないかは話を聞いてからだ」

「それでは困ります。これは信頼関係が成り立ってこそ成功する話なのですから」


  興味を持ってしまったが最後。

 自分よりも軟弱な相手であろうと餌を目の前でちらつかせられれば強く出れない。

 欲に支配された獣とはそういうものだ。

  こんな若輩に、それも他国の者相手に対等以下の態度で接するなど屈辱であろう。だが、そちらが優位に立たれては困る。

 俺は協力を得たい側ではあるが、財力も地位も権力もない俺が下手につけば相手の言いなりになりかねない。意見できない立場になってしまえば意味がなくなる。

 今後スムーズに立ち回るにはどの国とも対等以上の関係性を築かなくては結びつける役割は果たせない。

「……信じよう。さあ、話を聞かせてくれ」

  再び席に着いたシュウオウは俺に対して軽く頭を下げ、着席を促した。

 第一段階はクリアだな。そう思い、席に着こうとした矢先だった。


「随分と愉快な話をしているな」


  部屋の入口に立った大柄な男は口をニィと横に開いていた。

 男が立っているだけで身体が委縮してしまうくらい圧が強い。

 これが力の頂点に立つ皇帝の風格か。

 予想外の訪問者にその場に居た者達が一斉に首を垂れた。

  これと対等以上の関係、ね。

 立ちはだかる困難に気分が高揚している自分が居て、気が付けば口角が上がっていた。

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