天雷の咆哮ー8

  凝り固まった考えを持つ爺ちゃんの気持ちなど俺は一度も理解できなかった。

 次期竜神候補として本格的な修行に入る時、正式な師として相対する頃には俺は反発しきっていたし、爺ちゃんも頑なに伝統や態度を変えたりはしなかった。

  だけど、一度だって俺を見放したりはしなかった。

 いつも言うことを聞かず、喧嘩腰で将来が望み薄な俺など簡単に投げ出してしまえばよかったのに。やっぱり爺ちゃんの気持ちは分からない。

「それにな、フェイ。お前がつけておる耳飾りは魔石で出来ておる。常にお前は魔力マナの加護を受けておった」

「そうなのか!?」

  これは小さい頃、母親からお守りだと言って譲り受けたものだ。魔石だとはまったく気づかなかった。


「想いは…力になる、か」 

 ようやく身体を起こした爺ちゃんは俺達ではなく、崖上にある祠を見つめた。

「見ていたのだろう、リオス」

 聞き覚えのない名を呼ぶと爺ちゃんの目の前に長髪の女性が突然現れた。

『はい。見ていましたよ』

  穏やかな声音で答える女性の実体はなく、足は地に着かず浮いていた。

 この人、まさか幽霊か。

「お前さんが待ち望んでいた意思を継ぐ者、そして翼を持つ者が訪れた」

『そのようですね…初めまして、私の名はリオス。この地の祠で皆さんが訪れるのを待っていました』

  爺ちゃんの言葉にこくりと頷くとリオスは俺達を見回してお辞儀をした。 

 そして今度は俺の前に寄ってくる。

 太陽みたいな真っすぐとした瞳は温かくキラキラして見えた。

『諦めず、何度でも立ち上がる強さ。それが有翼人にはない皆さんの強さ。そしてフェイ。あなたが最も誇れる力』

 するとリオスは両の手に光を集め個体を出現させた。

『フェイ、君に私の力を託すね』

  目の前に現れた大きな黄金色の水晶は宙を浮いている。

 水晶は内に光を秘めつつも強い魔力マナを感じる、魔石の類だろうか。

「これを俺に?どうして?」

 俺はリオスとは初対面だし、こんな強い力を貰う理由はない。

『私は君を気に入った。だから私の力は君が目指す未来の為に使ってほしい』

「いいのか?俺はまだ強くない」

『君の強い想いに私は賭けたい。君だから託すの』

 リオスの大きな瞳は揺るがず、力強く俺を見据える。

「…分かった。リオスが俺を気に入ってくれたなら俺は俺らしくいればいいってことだな」

『うん、それでいい。フェイ、君の想いをこれからも貫いて』


 リオスは嬉しそうに微笑むと背に翼が生えた女の人へと向かった。

『あなたが調停者ね』

「調停者?」

『神器を創り出す平和の架け橋に選ばれた有翼人のこと。どうか私達の愛する家族の未来をお願いします』

「はい、わかりました」

  すると女の人は俺に歩み寄り、目の前で膝をついて頭を下げた。

 千沙達と一緒に居たのだから皆の友達かと思っていたのに、急に畏まった態度を取られると困ってしまう。

「挨拶が遅れたわね。私の名前はヘスティア、有翼人よ。私は地上に生きる人間やエルフ達、天空で生きる有翼人。全ての種族が共に生きていける世界を目指して動いているの。その為にフェイ、あなたの力を貸してはもらえないかしら」

  俺自身の力というよりもたった今リオスから託された力のことだろう。

 正直世界なんて大きい規模の話をされても全くピンとこない。

 そんな大業に俺の力は必要になるのか。

 今俺が手にした水晶はそれほどの力を秘めているのか。


「力が必要になるってことは戦うのか?」

「できれば互いに争わないで平和を成し遂げたい。残念だけど有翼人達は地上に攻め入る意思が強い。私の行いが上手くいかなければあなたを争いに巻き込んでしまうかもしれない。けれど、これだけは約束できる。もし戦いになろうともそれはこちらから攻め入る場合ではない。あくまで武器を手に取るのは守る場合だけ。あなたにお願いしたいのは地上を守る手助け。有翼人の力はとても強大で容易に立ち向かえるものではない。だから祠に眠る水晶の力を手に出来た者にこうして協力を頼んでいるの」

  有翼人の力がどれだけすごいのか俺にはよく分からない。

 けれど有翼人が俺らの住む地上に攻め込んでくる可能性があるのは分かった。

 ヘスティアが嘘を言っているようにも見えない。なら迷うことなんてない。

「ようは俺達の住む場所に危害を加えてくる奴らが居たら守ればいいってことだよな。いいよ、俺でよければ手伝う!」

 当たり前のことを受け入れただけのつもりなのにヘスティアはとても嬉しそうな安心した顔をした。

「ありがとう、フェイ。少しだけあなたの水晶を借りてもいいかしら」


  ヘスティアに水晶を手渡すと彼女は水晶を頭上へ浮かべ、水晶の周りで舞のように両手を動かしている。すると水晶の輝きが増し、やがて黄金の光が細長く形を変えていく。

  光から解き放たれて姿を現したのは、どんな暗闇も切り裂きそうな程に眩い矛だった。刃と柄の繋目には小さく丸い形に変わった水晶が埋め込まれていた。

  矛は俺の前までそっと飛んで来て浮いている。

 手に取ると驚くほど軽く、まるでずっと愛用してきた武器のように馴染んだ。

「それがあなたの神器。雷の魔力マナを秘めた矛よ」

「俺の神器、か…ありがとう、大切にする」

  強大な力を俺に見合った武器へとヘスティアが創り上げてくれたのか。

 これだけでも十分有翼人はすごいと思える。

  ヒトよりも力があるってことは有翼人も竜みたいなもんか?

 でも、竜とは違い話し合える。無暗に恐れるべき人ではない。

 

  深く考えずにヘスティアに協力することを決めたが、それは谷を離れることになるのか。そんなこと、あの頑固ジジイが許す筈がない。そう思っていたのに。

「行けばいい。それが今のお前の務めであろう」

  拍子抜けするくらいあっさりと許可が出た。

 爺ちゃんはリオスと知り合いみたいだったし、もしかしたらこうなることを予見していたのかもしれない。

「ヘスティアの手伝いが終わったら戻ってくるよ」

「…戻ってきてくれるの?」

  レイランは目を真ん丸くさせて気の抜けた声を出した。

 そんな驚くことでもないだろう。

「当たり前だろ」

「だってあなたは、その…谷を嫌っているのものだとばかり」

「たしかに仕来りがあって窮屈な谷だとは思ってるけど、でも俺の故郷はこの谷だし、俺は故郷が好きだ。だから皆にも仕来りのせいで辛気臭い顔してほしくないんだよ。受け継いでいくならもっと明るく前向きになれるようにしたい。縛られて生きるんじゃなくて、望んで継承してるって誇らしく言えるほうがいいだろ?」

「…ずっと分からず屋の子供だと思っていたのにな」

「俺も成長してるってこと!頑固な所は誰かに似たんだよ」

  皮肉を込めて笑ったら、爺ちゃんも珍しく微笑み、レイランも嬉しそうに笑った。何だ、二人共いつも仏頂面なのに。色んな表情ができるじゃないか。

  やっぱり谷の皆にも自由に笑って生きてもらいたい。

 シエンみたいにとは言わないけど、皆に自分の気持ちをもっと素直に表現できる場所に故郷はなってほしい。



  谷の修練場に籠っていた俺がヘスティアが地上に降り立った意味をしっかり理解したのは、谷を離れ千沙達と行動を共にするようになってからだった。

 地上に生きている人達全員を消してしまおうなんて、そんな恐ろしいことを考える神様がいるなんて想像もできないだろ。

 やっぱり世界にはまだまだ俺の知らない考えを持つヒトが沢山居る。

  とんでもなく大変な事に協力する形になったけど後悔はない。

 自分達の生きる世界を守る為に動くことに断る理由なんてない。

 俺は俺の考えで生きる道を選ぶ。選んだ道が未来へ繋がる。それだけだ。


  「皆が笑って生きられる未来の為に、俺は一緒に行く」


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