共に歩み出すー3


  飛山の言う通り勇太は遠くには移動しておらず少し離れた海外沿いの崖の上に一人で佇んでいた。崖に陸路は存在しておらず、私は仕方なしに翼で飛んだ。一人になりたいならば恰好の場所だ。海を眺める彼の背は随分と小さく見えた。

「勇太」

「ヘスティアさん…よくここに来れましたね」

「私には翼があるから」

 勇太は恥ずかしそうに「そうでした」と笑ったが元気はない。

「すみません、情けない所を見せてしまいましたね」

「情けないとは思わない。だけど分からないわ、どうしてあなたが罪人を気にかけるの?」

  いくら優しい勇太とはいえ罪人だと称される人間にまで心を痛め動揺するのか。

 それは理解し難かった。

「処刑されてしまう人達の中に友達が居るんです」

  友達。その単語で私の中でスピカが蘇ってくる。あの子には会えないのに。もう戻らないのに。残してくれた温かな思い出が胸を切なくさせる。

「彼女は多くの命を奪いました。けれど多くの命を救いもしました。だからって許してはならない。分かっているのに、どう友達と向き合えばいいか分からない。彼女だけじゃない。僕は自分の故郷や仲間を奪ったカルツソッドの首謀者達を許すことは絶対に出来ない。それでも、同じように彼らの命を奪うことが正しいとは思えないんです。殺してやりたいくらいに憎いのに。気持ちがぐちゃぐちゃで上手く整理できないんです」

  勇太はまとまらない感情を吐露した。彼は本当に真面目で優しい人間だ。

 投げやりにならず、怒りや悲しみに身を任せない。悩み続けるのは懸命に生きている証拠である。そんな姿を情けないとは思わない。やっぱりお父様達の語る人間と勇太は大きく違う。

  確かに人間は弱く、何かを犠牲に生きているのかもしれない。でも破壊や搾取を望む者ばかりではない。汗を流し、必死に働き、前向きに再生へ向かって歩み続ける人間達の姿を私は見た。他者を心配でき苦悩と真剣に向き合える勇太なら私は信頼できる。人間には可能性がある。


「悩むのは許したいと思う心があるから。それはいけないことなの?」

「駄目ですよ。全てを許していたら人は罪を何とも思わなくなる」

「罪の代償は命なの?」

「それは…国が決めたことですから」

「じゃあ勇太はどんなに理不尽な決定も国が決めたものなら従うのね」

「僕はアルフィード学園の生徒です!正規兵ではなくとも軍人です!だったら従うのが当然でしょう!?」

「自分の心に嘘をついても?」

 勇太は口を噤んでしまう。

「友達を守りたいと思うことだって当然でしょ?悪を命で片づけてしまったら人は力でしか不平を解決できなくなってしまう。そんなの駄目よ。もっと別の解決策を探しましょう」

「だからって…僕には国の決定を覆す力は無いし、彼女達を救い出すすべも思いつきません。僕はいつだって肝心な時に無力だ」

  自身の心を惑わす私の言葉にも勇太は正面から向き合ってくれる。だからこそ私も本心を彼にぶつける。人間から見れば随分と長生きしている自分がここまで胸の内を正直に語ったのはスピカ以外で初めてだ。

「私は嫌なの。友達を失うなんて耐えられない。守りたい命を自分の無力さを言い訳に見捨てたら一生後悔する。微力だろうと抗わなければ…今なら思うの、自分の命が消えようとも、私は友達を救いたかった」

  お父様を敬いつつも畏怖し、お父様を絶対の正義だと思って生きてきた。

 でもそれは私の力と知識の無さから生んだ愚かな行為だった。

 もう惑わされない。自分の意志を貫き通したい。

「勇太に私と同じ気持ちを味わってほしくない」

  この人間とはついさっき会ったばかりだ。本来なら情けも義理もかけてやる必要なんてない。だけど大切な友達と故郷を想い、強い圧力に屈する彼を見知らぬふりはできなかった。


「ねえ、勇太。あなたの理想は何?」

「僕の理想…?」

「あなたは過ちを犯した者に死を求める?それともやり直す機会を与えたい?私は信じたい。過ちを悔い、誰もが手を取り合って生きていける世界を」

  私の問いに勇太は黙り込んだ。

 何故だろう、私は勇太の返事を聞くことをどこか恐れていた。悩んだ末に彼もまた、罪人には死を。消え失せねば悪は根絶できないと結論付けてしまうのが嫌だったのかもしれない。人間は野蛮で愚か、力任せに動いてしまう生き物だと勇太から感じたくなかった。

  長い沈黙の後に勇太はゆっくりと口を開いた。


「僕だって信じたい。過ちを命で償うだけが正解では無い世界を」


  勇太の答えに安堵した。よかった、彼は私の信じた人物だった。

 私は決めた。彼となら共に目指せる。天と地を繋ぐ和解への橋を架けてみせる。

「…お願い、勇太。力を貸して」

  それは自分が言おうとしていた台詞だと勇太は驚いていた。

 彼もまた友人を助けるという決意を固めていたのだろう。

 もちろん勇太には協力するつもりだ。そのうえでこちらが協力を依頼する理由。私の意志。包み隠さず自分の正体と地上のリミットが今から二度目の新月の晩までしかない事実を伝えた。全てを信じてはもらえないだろう。だけど、これが私の精一杯の誠意だった。

  だけど私の信じた勇太という人間は驚愕しながらも疑いはせず、同じように、いや私以上に真摯に向き合ってくれた。そして再び悩んだのか黙り込んだ。

  彼は迷いを絶ち切れていないだろう。でもそれは私だって同じだ。

 心のどこかでお父様に反抗することを未だに恐れている。

 一度は自分の命を失ってもいいと思った。それでも苦しみ悩みながらも懸命に生きる彼らを無視できない。やはり地上に生きる生命達を一方的に消し去ってしまうなど間違っている。


「迷って怖気づくのは止める。僕の全力で抗ってみせるよ」

 すると勇太は掌を私に向かって差し出した。意味が分からず首を傾げてしまう。

「握手ってしたことないですか?」

 素直に頷く。また私の知らない人間の文化か。

「えっとですね、これから一緒に頑張ろう。宜しくお願いします。みたいな互いの手を握り合ってする挨拶です」

 なるほど。ならば拒む理由はない。差し出された勇太の手を握る。

「これから辛い思いを沢山させてしまうかもしれない。だけど誓うわ。私は決して地上を裏切らないし諦めない」

「僕も自分を曲げない。自分の信じた道を進んでみせる。絶対に諦めないよ」

  私の言葉に応えるように勇太は握る手を固く握ぎり直した。

 自分の意志を理解してもらえるというのはこんなにも嬉しいのか。

 志を共にしてくれるというのはこんなにも頼もしいのか。

  短い時間なのに私は兄妹とは違う絆で彼と結ばれた気がした。

 この命ある限り抗ってみせよう。どこまで出来るかなんて分からない。

 だけど私は友達の愛した世界に、勇太との出会いに賭けてみたい。

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