孤独な博士の記憶ー5

  W3Aの新型を創り出そうと着手して半年。

 まもなくアルフィード学園に新しい生徒が入学してくる季節になった。

 相変わらず地下研究室に籠る生活を続けてはいるものの、食事や睡眠に気を遣うようにした成果もあり俺の身長は無事成長を見せ始めた。

 それでもまだ旭よりは低いが、この調子ならば最終的には男性の平均身長は上回れるだろう。


  今日は新型のW3Aの試作プログラムを手に、きっかけを与えてくれた少女のもとを訪れていた。

 少女は突然の俺の来訪に驚いていたが、俺の存在を忘れてはいなかったようで歩行練習を止め挨拶をした。

「以前よりも安定して歩けているな」

「はい。コツが掴めてきました」

「そうか。今日はお前に頼みがあって来たんだ」

「私に、ですか?」

  俺の研究開発内容を説明し、プログラムの試運転の協力を頼むと少女は快諾してくれた。

 今回目指す完成形は従来のW3Aのプログラムを応用はしているものの、鎧は廃止し部位を細かく分け軽量化に特化する。

 脳にアクセスする頭部の機械をゴーグルに近い物に変え、連携して動かす部位を必要な箇所だけ装着して使用できるにし扱いやすさを重視。

 まずは少女の為に脚部の機械を創り出そうと決めていた。


 今回は頭部の機械を装着してもらい、旭にもやらせた人形を動かす実験を少女に試してもらう。

「わー!何も口にしていないのに私の思う通りに動いてくれますね!」

「そういうシステムだからな」

「すごいです、魔法みたい!」

  純粋に喜ぶ少女の姿にこの開発を始めてよかったと安堵した。

 少女にはこの開発を否定されるのではないかと考えていたからだ。

 機械の力を借りてしまえばそれは真の意味では自分の力で生きているとは言えない。

 運動の補助機能になればと開発を思い立ったものの少女の理想とは食い違う恐れがあるのではないかと。

 しかし少女は俺の懸念に首を振った。

「自分の力で生きていないと表現するならば、それは機械に全ての行動を委ねてしまう時です」そう答えた。

  今後も開発の区切り区切りで少女に試してもらい、次に会いに来る時は少女専用の脚部の機械を作る約束をした。

 飛行機能を付けないW3Aの簡易版とも言える次世代機は思ったよりも早く完成へ辿り着けそうだ。




 確かな手ごたえを感じつつ、先の段階の実験をもう一人に協力してもらう。

「ふーん、じゃあ私はその子の為のいわば実験台なのか」

  開発の進捗状況を伝えただけなのに旭はどこか不満そうであった。

 試作の手足やゴーグルの機械を装着しつつ旭は頬を膨らませた。

「何を拗ねている。旭が一番最初に試すのはW3Aの時から変わっていないだろ。それにW3Aの時に比べれば脳への負荷も軽く危険性も低い」

  次作の開発も引き続き協力を引き受けてくれた旭は週一のペースで地下研究室へとやって来る。

 この地下研究室は極秘だ。限られた人間しか入室を認められていない。

 新しい被験者を探すには骨が折れそうだったので、旭が協力を引き受けてくれたのは助かってはいる。

  旭は普通の軍人としては現場に復帰できない身分になってしまったが、最高司令官直属の部下という枠に形式上は収まり、ひっそりと単独で任務をこなしている。

 W3Aの開発時とは違い、彼女は研究室に縛られる必要はない。

 行動の制限はされているようだが、任務のない時間は自由に過ごしているそうだ。

  俺に会うたびに旭は地上での出来事を色々と話してくる。

 最近はどうやら弟がアルフィード学園に入学してきたそうで、その近況が多い。

 能天気な旭がやんちゃだの不良だの評価するような弟だ。

 相当気性が荒いか、人の言う事を聞かないタイプなのだろう。

「これだから効率とか損得が先に浮かぶ理系の人達は」

「それは偏見だ。文句があるならはっきり言え」

「今度乙女心が分かる本でもあげるよ」

「はあ?」

「ほら、始めよう!」


  様々な動きや、健康体でもしないようなアクロバットな動きを軽々とこなす旭からデータを取っていく。

 もはや世界で誰よりもW3Aを乗りこなす旭は、この試作機でも予想以上の結果を残してくれた。

 機械の不調は見られないし、旭の理想とする動きに見事応えてくれている。

 これならば後は誰にでも容易に操作できるようなプログラムが組めれば完成だろう。

「W3Aも筋力増強機能あるからさ、重くは感じないけど。これは本当に軽いよね。羽根みたいで自分の身体の一部だって思えるよ」

「旺史郎のお陰だな」

  こちらもW3Aに引き続き、機械製作は南条旺史郎に依頼している。

 俺の要求通り、時にはそれ以上の良い物を提供してくれる。

  武家の南条家には珍しく彼もまた武術では才を発揮できなかったそうだ。

 ところが趣味でしていた機械いじりで能力を開花させ、今ではアルセア屈指の武具の技術者になっている。

  改めて製作協力を依頼しに対面すれば不思議と気が合い、快く賛同してくれる運びになった。

 彼のお陰で最も気にしていた軽量化も上手く行き、完成へぐっと近づいた。

 今作は旺史郎の技術の力が大きい。

「何度か会った事あるけど、旺史郎君も面白い子だよね」

  旺史郎は俺より三つ年上で旭の弟と同い年だ。彼も本年度からアルフィード学園へ入学した。

 既に大人に混じって第一線で働いているのだから学校などに通う必要はないように思うのだが、その辺りは事情があるのだろう。

  俺は若さゆえに天才など言われているが掴み所のない性格で変わり者と評されている旺史郎も俺と大差はない。

 互いに人との距離感が上手く掴めない、開発や研究が好きなだけの男だ。

 突出した能力は好奇心に付随してきたに過ぎない。


「W3Aもそうだが旺史郎無しでは完成は成しえなかった。感謝しないとならないな」

「千彰君、柔らかくなったよね」

「どこも柔らかくなっていないが」

  旭は指摘してきたが、自分の肉体は変化など起きていない。

 この場合性格を指しているのだろうが、そちらも変化はない。

「身体じゃなくて表情だよ」

「そうか?」

「うんうん。嬉しいな」

「どうして旭が嬉しいんだ」

「そりゃ千彰君がどんどん素敵になるからだよ」

「答えにならない。仮に俺が昔の俺と変わっていようが旭には何の利点も無いだろう」

 俺が率直な意見を述べると旭はうーんと首を傾げた。

「そうきたか。あのね、好きな人が魅力的になることは嬉しいんだよ」

「理解できない。自身には何も影響は無いだろ」

「そんなことはないよ。好きな人が嬉しいなら私も嬉しいし。悲しいなら私も悲しい。好きな人が頑張っているなら自分も頑張ろうと元気を貰えたりもする。好きな人の影響は凄いんだから」

  実体験だろうか。旭はひとつひとつ大切そうに言葉を紡いだ。

 それが事実ならば自分の意志とは無関係に他者と感情を共有することになる。

 共感と呼ぶのが正しいのか。

  共感は足枷になる。他人の感情に自分が流されるということになるからだ。

 己で制御できない感情など邪魔でしかない。強い感情は判断力を低下させる。

 しかしそれを喜びに思えるならば…俺の中の定義が揺らぐ。


「…ならば好きな人というのは影響を与えてくる相手ということか」

「そうとも言うね」

「旭は俺が好きなのか?」

「へ!?わー…直球だね」

  好きな人という存在を善と捉えるか、悪と捉えるか。それは人や場合にもよるのだろう。しかし影響を与えてくるという点では間違いではないだろう。

 そして今までの旭の言葉をまとめると俺はその対象となる。

  彼女のことだ、好きな人など大勢いるのだろう。

 その中に自分が含まれているのは意外ではある、弟と似た感覚なのだろうか。

「違うのか?」

  俺がどんなに不遜な態度を取ろうと辛辣な言葉を投げかけようと平然と話し続ける旭が珍しく口ごもった。

「…好きだよ」

 少し逡巡してぽつりと呟いた。こいつでも答えづらい内容があるんだな。

「そうか、俺は旭に何か影響を与えた覚えはないが…」

「理論づけられないと納得してくれないのね」

  旭は大きくため息をついた。こちらは真剣に考えているのに失礼な奴だ。

  全く理解に苦しむ。喜怒哀楽は理解が可能だが、"好き"という感情はいまいち判断基準が分からない。

 しかし影響を与えてくる相手。そう考えを絞るのであれば、答えは明確だ。


「俺も旭は好きだ」

「……嘘!?」

「嘘をついてどうする。影響を与えてくれる相手だと定義づけるならば俺はお前が好きと判断したまでだ」

「うーん…それって、私以外も当てはまるんじゃないかな?」

  そう言われて再び考え直してみる。

 歳の近い旺史郎と話すのは楽しいし有意義だ。

 月舘も俺とは違った視点で物を語ってくれる。俺の知らない世間の常識を教えてくれたりと勉強にもなって助かる。

 あの少女もまだ二度しか会っていないが俺に大きな目標を与えてくれた。

  旭は…育ててくれた執事の松山を除けば一番長い時間を共に過ごした人間だ。

 俺からすれば旭は変わった言動が多く、惑わされる事が多い。

 そのたびに人間の不思議さ、自分の未知の場所に触れる。

 俺が知る中で最も感情が豊かな者だと言える。故に俺も様々な感情が芽生えたように思う。

 俺に最も影響を与えたのは間違いなく旭だ。


「確かに似た傾向にある人物は居る。けれど旭は違う。お前が一番影響力が強く、俺の思考を揺さぶる」

「それは褒められてる?」

「いつかお前が言っていた"目が離せない人"。それは俺にとって旭だ」

「…プラスに解釈して平気?」

「少なくても俺は好意的に評価したつもりだが」

「分かりづらい…もう私のいいように受け取るよ?」

「構わないが…どうして泣くんだ」

 瞳から零れそうな涙を旭は必死に拭っていた。

「千彰君が悪いんだよー!もう馬鹿ー!」

「何故俺が悪い」

  馬鹿と言われたのはこれが初めてだったように思う。

 天才ともてはやされた俺に馬鹿と言える旭は貴重な存在だろう。

「自分で考えて!」

「面倒な奴だな…泣くな。旭は馬鹿みたいに笑ってるほうがいい」

  俺がそう言うと、旭はくしゃくしゃの笑顔を浮かべた。

 悲しいのか嬉しいのか、判断しにくい表情だ。それでも心が温まりとても惹かれる。

 愛おしいと呼ばれる感情はこういうものかもしれない。


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