孤独な博士の記憶ー2
軍事養成学園の理事長を務める榊という男から工藤博士の飛行鎧の開発の引き継ぎを頼まれた。
依頼主当人はまたも国防軍最高司令官だそうだが、直接話をするのは全て榊だった。
俺は親に与えられた仕事をこなしていただけで最高司令官からの指示だろうが別段断る理由もなかった。
飛行鎧という土台が既にあったとはいえ問題点は多くあり、最高司令官の要求は工藤博士が構想していた完成よりも上を行くものだった。
正直先が思いやられる。俺は初めて請け負って後悔したと思った。
手配されたのはアルフィード学園がある学園都市の島にわざわざ新設した地下研究室だ。最新鋭の機材と真っ新な施設に初めての使用者が自分であることを理解させられた。
そもそもここまで投資する気があるのであれば、工藤博士にそのまま開発を続けさせればよかったではないか。
しかし開発は俺一人と協力者一人、こんな目立たない場所に研究室を設けさせた上に開発は機密で行うよう命令された。
企みや怪しさが満ちている依頼なのは明らかだったが御影と言う家に生まれ、普通とはかけ離れた生活を送っていた自分に清廉な依頼は来ないに決まっている。今更どうとも思わなかった。
初めての土地や海に多少なりとも高揚感があったものの作業や生活は全て地下で済む。海や空を見渡したのはやってきた初日くらいだった。
アルフィードに訪れてから三ヵ月が経ち、飛行鎧の完成までの見通しは立ったものの、必ず完成するとは言い切れなかった。
今日も水筒程の大きさの人形を脳波のみで動かす実験を行う。
人形は軽やかに動き回り飛び跳ねたりしていた。
「ふうー、小さいと神経使うなー。もっと大きいほうが楽なんじゃないの?」
人形へ動作命令を送る機材であるヘルメットを取り外し女は一息ついていた。
「小さい物をまともに動かせない状態で人一人分の大きさを操縦できると思うな」
それでも引き継ぎ当初に比べれば十分繊細な動きが可能になった。
この調子なら脳との連動は難しくないだろう。
問題は飛行操縦と身体の動きを同時平行して行う方法だ。
『飛行しながら戦える鎧を』それが最高司令官の要求であった。
「相変わらず手厳しいねー」
飛行鎧開発のたった一人の協力者、天沢旭という女は大人とかけ離れた人間で話し方が随分と幼稚じみた奴だった。
工藤博士から開発データを受け取る際、この女もその場に居合わせていた。
人間関係なんてものをまともに構築したことない俺でも分かる険悪な空気だった。
それでもこいつは俺を責めず、嫌悪の感情をぶつけたりもしない。実験は前向きに協力してくれる。脅されているとはいえ変な奴だ。
「…お前、嫌にならないのか」
「何が?」
「この実験が」
「べつに。千彰君不愛想だからすごーい恐ろしい実験させられるかと思ったらそうでもないし。私の体調崩さないように無理ないペース配分で辛くもないよ」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「あ!最初に会った時のこと、気にしてくれてるの?」
「普通ならお前は俺の手伝いなどしたくないだろ」
何故こんな質問をしてしまったのだろうか。柄にもなく他人を気にするなど。
他の大人達とは違う。裏表のない真っすぐなこいつの姿勢に惑わされるせいだ。
「そりゃ子供なのになんと可愛げのなく同情心のない人だとは思ったけど。でもそれは千彰君が子供で経験がないだけだって分かったから」
「子供扱いするな」
「すぐムスッとなるところが子供の証拠だよ」
「お前より頭は良い」
「たしかにそうだけど、でも人生の経験値は私のほうが遥かに上だね!」
「歳食ってるだけのババアだろ」
「ほほう、そのような口が聞けるとは…!」
「っ!?放せ、馬鹿力!」
女は俺の首に腕を回して絞めてきた。
俺の力では振りほどけなかったが、決して危害を加えようとする力の入れ方はしていなかった。
「ふふっ腕力も私が上だね」
俺を解放すると女は得意げに笑って見せた。これだから無駄に力がある奴は乱暴で困る。
「肩の力抜いたら?一生懸命背伸びして固い言葉遣いしてさ。疲れちゃうでしょ。等身大の自分になったら楽だよ」
「俺は無理などしていない」
言葉の真意が理解できなかった。
俺は自分を子供だと思っていないし、その辺の大人よりもずっと優れている。
世辞は言わずに、常に本心を告げている。これが俺の等身大だ。
「千彰君はさ、勿体無いことしてるよ。もっと素直にいっぱい笑って、怒って、泣いて、楽しんで…そうしたら毎日がずっと素敵になると思うんだけどな」
「余計な世話だ」
「大人だからねー、子供には余計な世話がしたくなるものだよ」
「俺には不要だと言っている」
「とりあえず笑ってみたら?私千彰君が笑ってるとこ見たことない」
「笑いなんて生きるのに必要ないだろ」
「感情は人生の彩りだよ!大切なんだから!」
女はそう言いつつ含んだ笑顔を浮かべながら両手を握ったり開いたりを繰り返す。嫌な予感が即座に過る。
「…何をする気だ」
「くすぐったら笑ってくれるかなって」
「ふざけるな!絶対にそれ以上近づくなよ!」
悔しいが力づくでこられたら俺に対抗手段はない。
目つきが悪く常に人を睨んでいるように見える俺が意識的に睨みつけようが女は怯みもせずにじりじりとこちらに近づいてくる。
壁際まで追い詰められ、とうとう手が俺の身体に届こうかという所で来訪者がやって来た。
「おやおや、仲がよろしそうで」
「これのどこがそう見える、俺は襲われそうだったんだぞ」
「嫌だ、スキンシップをとろうとしただけなのに。千彰君にそう言われたら私犯罪者になっちゃう」
「スキンシップなんていらないんだよ」
「じゃあ今度は別の方法を考えるね」
「いらないと言っている!」
「ははは、千彰君がここまで饒舌になるなんて、流石旭ちゃんだね」
「榊さんに褒められても嬉しくないです」
女はそれこそ子供みたいにそっぽを向いた。
工藤博士から研究データを引き継いだあの日から女はすっかり榊を敵対視しているようだ。
「あらら、すっかり嫌われてしまっているね」
「でしたら昌弥君をこの開発に戻してあげてください」
「それは出来ない相談だな。そもそも私一人の一存ではどうにもならないんだよ、知ってるだろう?」
「働きかけもせず、情もない人は嫌いです。それに開発内容がすり替わっているのも納得できません」
この二人は顔を合わせる度にこの調子だ。とても大人同士の会話には聞こえない。軽い口調に内容が見合っていない。
互いに意見を譲る気がなく、譲ってもらえないのも分かり切っているからだろうか。どうにも無駄が多く理解し難いやり取りだ。
「おや、軍事力が向上するのは軍人として喜ばしいだろう?」
「飛行鎧は人助けが本来の開発目的です。それなのに今じゃ兵器にしようとしている。武力は必要ありません」
「軍内でトップグループに入る武術の実力を持つ旭ちゃんがそれを言うかい。いつまでも平和な世の中が続くとは思わない事だね、人間は簡単に感情に流されて武器を手に取る」
「そんなことにならない為に軍はあります。守る力と破壊する力は別です」
「ふたつの力は同一だよ。備えあれば患いなしと言うからね。開発状況はどうだい?」
言葉の喧嘩は厭きたのか、榊は俺に話を逸らした。
「飛行機能は問題なく搭載可能だ。ただ飛行操縦と肉体運動を同時に行うようにするにはまだプログラムが組み切れていない」
「そうかい、そちらは今後の進捗を楽しみにするとしようかな。今日顔を出したのは鎧の改善が終わったから届けに来たんだ」
榊がコンテナを降ろし開けるとそこには以前の達磨のような重苦しい形よりもスッキリとした飛行鎧が姿を現した。
搭乗という表現よりも、まさに着用という言葉が正しと思えるほどに全身鎧のような作りだ。
飛行する為の動力を脚部と背部に集約してくれたことが大きい。
達磨の時は筋力増強と飛行機能が至る部位に配置され、結果100キロを越えていた。人が着ると考えるならば重すぎる値だ。
「君から指示された通り重量と強度にはこだわったそうだよ。前回の物より軽量化されて風圧に対する耐久性も上がった。当初の予定よりも速度を上げて問題ない計算になっているって」
精度が上がっている。これならより少ない動力で飛行が可能になり、速度も上げられるだろう。
南条旺史郎という男に独自のルートで頼んだと言っていたが、その技術は確かなようだ。
「良い出来だ」
「だろう?ずっと格好良くもなったしね。完成が待ち遠しい」
完成へと着実に進む飛行鎧を旭は何とも言えない顔で眺めていた。
この時彼女がどうしてそんな顔をしたかなんて俺にはまるで分らかなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます