ふたつの軌跡ー3
軍はアルセアの南端にあるシーツール村の東に位置する2年前の防衛戦跡地に拠点を急造し大勢の軍人がそこに集まっている。
海を越えた先にあるカルツソッドに攻め込むべく多くのW3Aや戦艦が導入されていた。
徒歩で移動していると海を渡り始める武装船団が目に入った。
国防軍には首都を除いて訓練場や格納庫がある巨大な軍施設が三箇所ある。
西部と東部、それからアルフィード学園がそれにあたる。
そのうちの一つ、拠点に最も近い西部基地は昨晩の砲撃で半壊したと聞いていたが、それでも次に近い首都や他の施設からもかき集めたのだろう、いくつも戦艦が見えた。
防衛戦の時よりも戦力が投入されているのが目に見えて分かる。
威嚇や防護ではない。本当にカルツソッドへ攻め込む気だ。
もう戦争は止められない。その現実を突きつけられた気がして胸が苦しくなった。
誰にもあんな辛い思いをしてほしくないのだけれど、多くを望んでも全ては上手くいかない。
人一人の力などたかが知れている。大きな力の流れに簡単に飲まれてしまう。
自分の無力さが歯がゆかったけど、何でも一人で出来ると思うのは驕りだ。
もし戦争を止めたいのならば多くの人に働きかける力が必要だった。
今の私にはない物だけど、いつかは少しでもその力が備わればいいと思う。
私の成すべき事は、工藤さんを止めることだ。それだけに集中する。
防衛戦の時も工藤さん達は前線には出ていない。恐らく今回も拠点に待機しているだろう。
できれば誰にも見つからずに工藤さんの所に辿り着きたい。
説明や説得をしている時間が惜しいし、私達はエアセリタで騒ぎを起こしているので見つかれば問答無用で捕らえられてしまうかもしれない。
拠点には忙しなく動く人が大勢居たが、驚いたことにアルフィード生が半分以上の割合を占めていた。
防衛戦では学生まで駆り出されなかったのに、どうやら軍の上層部は徹底的にカルツソッドを落とす気のようだ。
*
特設された国防軍駐屯地から夜明けとともに軍の主力部隊の六割が海の向こうのカルツソッドへと出陣して行った。
急遽集められたアルフィード学園の生徒である私達は戦艦への物資の詰め込み作業や補給の手伝いを終えると少しの休憩時間を得て出陣を見送り、待機命令が出された。
敵国のカルツソッドは転移魔法という瞬間移動みたいなものが使え、少数で攻め込んでくる可能性があるそうだ。
待機とはいえ、いつ攻め込まれてもいいようにと臨戦態勢を取っている。
ここに残された私達の任務はカルツソッド勢力の国内陸部への侵入を防ぐ事。
アルフィードに入学してから基礎訓練を受けているとはいえまるで実感がわかない。
持たされた腰にある拳銃がやけに重く感じる。
実践訓練が苦手な私が実戦でまともに動けるとは到底思えない。
だけど私はアルフィード生である以上軍人だ。務めは果たさなければ。
でも私と同じような困惑している表情の生徒は多い。
アルフィード学生であり軍人としての重みを真の意味で理解していた人間なんて少ないに決まっている。
現代において戦争なんてまともに経験していない人がほとんどなのだ。
国防軍の人だって半数は2年前の防衛戦の時に現地には赴いていない。
その証拠に昨晩の破壊光線の惨状を受け入れられていない軍人も少なくない。
まさか自分が生きている間に大きな戦争が起きるなんて考えた事ない人ばかりだ。
順応できている人が少数であり優れている。駐屯地に残された軍人ですら余裕のない表情の人が多い。
そんな中、学生である私達を必死に纏め鼓舞しているのは生徒会の花宮先輩や風紀委員の常陸先輩達だ。
たった1年で自分が先輩達の様に振る舞えるかといえば無理だろう。
本当に凄い人達だというのが身に染みる。
しかし本来ならばその中心に居る筈である人達の姿が無い。
生徒会会長の鳥羽先輩や風祭先輩をはじめ、噂では二十数名の単位で生徒達が行方を暗ましているそうだ。
理央ちゃんも麻子さんも鈴音ちゃんも連絡がつかない。
千沙ちゃんと月舘先輩に至っては反逆罪で見つけ次第捕らえろと命令が出ている。
二人が一体何をしたというのだろうか。こんな時にみんな何処に行っちゃったの。
恐怖や心細さで胸がキリキリと痛い。
「西園さん、大丈夫?」
「古屋君…うん、平気」
私は懸命に笑って見せる。ここは気軽に弱音を吐いていい場所ではない。
怖いのも辛いのも私だけではないし、自分は最前線に立っているわけじゃない。
もっと危険な場所で戦っている人は大勢いる。
彼の故郷であるシーツール村は昨夜跡形もなく消失した。
それなのに古屋君は私よりも余程落ち着いている。
「私よりも古屋君の方が…大変だったのに」
何と声を掛ければいいか分からず曖昧な言葉しか出てこなかった。
「…うん。でも今は感傷にひたってる場合でもないし、僕に出来る事を精一杯しようと思うから…って僕に出来る事なんて大してないかもしれないけどさ」
「そんなことない。古屋君はすごいよ」
古屋君はすぐに自身を下に評価するけど、それは妥当ではないと思う。
彼自身が思っているよりもずっと古屋君は強いし立派だ。
たまたま私達の周囲が凄すぎるだけなのだ。
成績だって悪くないし、苦手な物だって誰よりも直向きに頑張っている。
少なくても可能であるならば逃げ出したいとまで思っている臆病な私なんかよりずっと頼もしい。
私達は残されたW3Aの警備をしていた。必要であれば稼働させる手伝いも任されている。
しかしその出番は直ぐではないだろう。ここを任されているのは生徒のみだ。
戦争なんて嘘みたいに静かだ。そう思っていたのだけど事態は急変した。
『敵襲!敵襲ー!』
広範囲に響くよう放送で告げられる警告。
何の前触れもなくふっと襲い掛かって来る脅威に私の身体は反応できず立ち竦んでしまう。
外が慌ただしいと思った矢先に今度は背後から何者かが現れW3Aを手にかけた。
「ちょっと借りるぜ」
「え!?あのどちら様!?」
細身だがしっかりした筋肉のついた男は軍服を着ていない、かと言ってカルツソッド人にも見えない、いわゆる一般人に見えた。
陽の光みたいな髪色をした男は手慣れた様子でW3Aを装着していく。
こちらに敵意を向けているようでもないし、混乱に乗じたW3Aの強奪が目的なのだろうか。
「待ってください!発進許可は出てないですよ!」
古屋君の制止を聞かずに装着し終えた男は発進態勢を取っている。
そして見計らったかのように閉じていたシャッターが開かれる。誰かが操作しない限り開かない筈なのに。
「どいてな!怪我するぜ!」
私達など目もくれず男は飛び出して行ってしまった。
追いかけるように外へ出ると、駐屯地は荒れていた。
悲鳴や怒声に交じって爆発音や火事みたいな熱気があちらこちらか飛んでくる。
大勢が侵入者を探し回っていて海岸付近では戦闘が始まっているみたいだった。
目まぐるしく変わる状況に私はどうしたらいいか分からなくなっていた。
「あなた達、千沙ちゃんのお友達よね?ちょっと協力してほしい事があるの」
混乱していた私の後ろにはいつの間にか戦場には似つかわしくない綺麗な女性が立っていた。
女性は私と古屋君に手短に事情を説明し、ひとつのお願いをするなり足早に喧騒に紛れて行ってしまう。
「信じて、いいのかな」
「信じよう」
動揺する私に反して、古屋君は迷わずに言い切った。
「で、でも嘘かもしれないし。二人を助けるなんて命令違反になるよ!?」
「じゃあ西園さんは理由も無く天沢さんや月舘先輩が軍に逆らったと思ってる?」
「そんな!二人とも真面目だし、意味も無く暴力を振るう人たちじゃない!」
「だったら迷う必要ないよ」
「あの人が言った事、全部信じるの?」
「全部とは言わないよ。でも仮にあの人が悪者だったとしても友達を助けない理由にはならない」
確かにそうかもしれない。
けれど、友達を助ける事が罪になるのに躊躇わずに言い切るなんて。
「千沙ちゃんを信じてるんだね」
「僕は天沢さんに信じてもらったから。西園さんは違う?」
そうだ。古屋君の言う通りだ。迷う事など何もない。
あの人の思惑は分からないけれど、友達を助けない選択肢など無い。
千沙ちゃんは私の味方で居てくれた。だったら私が千沙ちゃんを信じてあげなくてどうするんだ。
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