手放した過去ー1
里の外れにあったアルトーナさんの家は火災から免れた。
私は傷ついた二人をそこに避難させ、一晩里や近辺を探索したがフードの男はもちろん、エルフ達も班のメンバーも誰一人見つけられなかった。
焼失してしまったのか判断はできなかったが、逃げ出した痕跡もなければ骸もない。
皆、跡形も無くどこかへ消えてしまった。
考えられる可能性としては昨晩レナスさんを消失させた魔法のような銃弾だ。
男はあの銃弾を駆使して皆を消し去ってしまったのだろうか。
銃弾や男の目的と正体。分からないことだらけで昨晩を思い出すと自責の念にかられ奥歯を噛み締めてしまう。
何の為に訓練や授業に励んできた。
肝心なところで役に立たないなんて意味がない。
そっと誰かに肩に手を置かれる。
驚いて振り返れば月舘先輩がいつもの平静さを取り戻したようでしっかりと立っていた。
「休まれてなくて平気ですか?」
「ああ。やっと煙の効果が切れたからな」
「すみません。手掛かりらしい物は何も…」
「お前が謝ることじゃない。少し休め、もう朝だ」
そう言われて初めて雨が止み、陽が昇り始めていることに気がついた。
吐く息が白く肌寒いという感覚をようやく感じる。
「けど、何も進展していません…」
「無暗に探しても仕方ないだろう。一度服も着替えろ、そのままだと風邪を引く」
自分の服も髪も濡れて水を含んだ重さを実感すると寒さが増した。
ここは素直に先輩の言う通りにしよう。
「リリアちゃんは?」
「まだ寝ている」
「そうですか…起きたらきっとまた泣いちゃうかな」
緑の美しかった里は見る影もなく、焼け焦げた大地が広がるだけになってしまった。
たった一晩で家族も故郷も失くした彼女は現実を受け止めきれるだろうか。
「どんなに辛くても現実は変わらない。だったら受け入れて歩き出すしかないだろう」
先輩の言葉は正しい。けれどそう上手くは割り切れない。
だけど立ち竦んではいられない。無理矢理にでも立ち向かうんだ。
アルトーナさんの家に戻ってシャワーを浴び、洋服を着替えて居間に出るとソファに座る月舘先輩は思い詰めた顔をしていた。
あまり良くない情報が増えたに違いない。
「どうかしましたか?」
「さっき学園と連絡をとった。緊急招集がかかった」
「…え?」
緊急招集?救援が来るとかティオールの里の今後をどうするかとか、そういう話ではないのだろうか。
アルフィード学園の生徒及び国防軍に所属する者全てが集合しろと言う命令が緊急招集だ。
緊急招集がかかるのは甚大な自然災害が発生した際の救助活動や復興作業を行う場合と自国に襲い掛かる脅威を退ける場合のみだ。
昨晩、確かに里ひとつ丸々焼失してしまう大事件が起きたわけだが、国中の軍人を集めて復興作業や犯人捜しを行うことはないだろう。
アルセアには噴火する火山もなければ、近日中に大型の台風が上陸する予報も聞いていない。
国中を揺るがす地震なんて起これば探索に夢中であった私でも気づく。
となると今回の緊急招集は、他国からの攻撃…?どうして、今?
話が飛躍していて私は状況理解が追いつかなかった。
「…シーツールの村がカルツソッドから襲撃を受けた。村は壊滅状態。次の攻撃はいつ仕掛けられるか分からない。国中臨戦態勢をとるらしい」
シーツールはアルセアの最南端に位置する穏やかな漁村だと聞く。
村の近くには軍事基地がある。それなのに一晩で壊滅だなんて信じがたい。
攻撃を行ったカルツソッドはアルセアから海を挟んだ南にある隣国だ。
非戦争協定を結んでない国でもある。
他国と貿易も技術連携も行っていない鎖国状態であまり情報も入ってこない。
しかし二年前、アルセアを襲ったのもカルツソッドであった。
当時は軍事力、武装の技術共にアルセアが圧倒的に勝っていた。
その証拠に二年前の防衛戦ではアルセアの被害は僅かで、死傷者は10人を超えていない。
私にとっては思い出したくもない過去であるが鮮明に覚えている。
力の差をあれだけ見せれば当分は手出ししてこないだろうというのが上の見解だった。
それがたった二年の歳月で再び攻撃をしかけてくるなんて無謀過ぎる。
そこまでしてアルセアを狙う目的は何なのか不明だが、襲ってくる以上抵抗しない訳にはいかないだろう。
過去から目を背けず逃げない。そう決意したものの、再び同じ苦痛を味わい、そして与えなくてはいけないのかと思うと決意が揺らぎそうだった。
「昔とは違う。お前一人に背負わせたりはしない」
無意識に震えだしていた私の手を月舘先輩の手が包んだ。
「お前はW3Aには絶対乗るな。NWAにもだ」
「…どうして…知って…」
NWAは公表されていない。アルフィードの地下研究室を知る者しか存在を知り得ない機体。
美奈子さんとコンタクトを取れていたあの日から予感はしていた。
この人もまた、あの研究に関わる人物なのだと。
あんな恐ろしい物に心の優しい先輩が、どうして。
「俺は二年前にお前と会ったことがあるんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます