魔法使いの暮らす里ー5

  反乱を起こした首謀者であろう青年はかなりの魔法の使い手なのだろう、流れるように詠唱詩を唱え鋭利な刃にも似た氷が続々と俺達目掛けて飛んでくる。

 滑る足場の悪い中、部屋の柱などに身を隠しつつ懸命に避け続けるがそろそろ反撃しないとこちらも持たない。

  相手は明らかな敵意を示している。

 それでも月舘先輩は武器を出さず、相手の様子を窺っているようだった。


  どれくらい氷の攻撃は続いただろう、やがて明確な違いが訪れた。

 相手の澄んだ詠唱が掠れ始めたのだ。

「止めろ!!これ以上続ければ声を失うぞ!」

  異変にいち早く気づいた先輩は声を張り上げ制止を促す。

  魔法も決して万能ではない。

 自らの声、詩で自然の力を呼び起こし、自身の体にやどる魔力マナを解き放つ。

 すなわち使い手にがたが来れば魔法は使えなくなる。

  俺は先輩が相手の魔力マナ切れを期待して長期戦に持ち込もうとしているのかと思っていた。

 しかし相手はどうやら魔法が使用できなくなるもうひとつの状態に陥ろうとしている。

  喉が潰れてしまえばこの先一生魔法が使えなくなる。

 彼の魔法使いとしての命がここで潰えてしまう。  

「…構うものか。遅かれ早かれ俺の喉は使い物にならなくなる」

 諦めの表情で笑う男はどこか切なく、敵であることを忘れそうだった。

「っ…馬鹿野郎!」

  月舘先輩は意を決して柱を飛び出し、氷刃に衣服や皮膚を引き裂かれるようとも真っ直ぐに青年へと向かっていった。

  予想外の行動に面を食らい青年の詠唱が一瞬止む。

 しかしすぐに詠唱を始めるがその一瞬の躊躇いを先輩が逃すはずもなく、即座に青年へと掴みかかった。

 たちまち魔法は止み、先輩は馬乗りになる形で相手の口を手で覆っていた。

  俺もその好機に族長へと駆け寄る。

 すぐさま安否を確認する。体温は恐ろしく低下しているが、まだ息はある。

「危険な状態です。すぐに治療を!」

「この部屋の魔法を解いていただけますね?」

  そっと先輩が塞いだ手を放した途端、氷は光の粒子に変わり本来の部屋の姿を取り戻す。


「危ない!」

  先輩が視線を青年から部屋に向けた隙に鋭利な刃物が先輩の首筋を掠めた。

 わずかに刃が当たっていたようで切り口から血が首を伝う。

「甘いな。魔法を止めた程度で私に勝てたと思ったか?」

 不意をつかれた先輩だったが動揺はしておらず真っ直ぐに青年を見下ろす。

「気に食わない。なんだその目は。お前ら人間はいつもそうやって自分が正しいといった顔をする」

「もうやめましょう。ここであなたが俺を殺せたとしても必ず他の者があなたを捕えます」

「黙れ!もうお前達の思い通りになるのはうんざりなんだよ!!」

「国がいかに貴方がたを保護し続けたか考えたことはありますか?仮にティオールが一国として独立しよう。協定を結んでいない国の格好の餌食になる。それこそ里の民達を再び戦に巻き込むことでしょう。この反乱は将来の策を考えたうえだったのですか!?」

「返り討ちにするまでだ。戦わずして自由はない!自らを守り戦う、その為の魔法だろう!」

「それでは500年前と何も変わらない。戦争は滅びを招くだけだ。だからこそ同じ過ちを犯さぬよう非戦争協定がある。民の安全を考えられぬ者に民の将来を託せるものか!」

「ほざけ小僧!所詮は力だ!力の強い者が全てを統べる!」

 

  しんと静まり返った時、部屋に訪れた新たなる足音が空気を変えた。

 見知らぬ銀髪の少年の後ろを天沢とリリアが付いていた。

「クラウスか。その様子だと上手く行ったようだな」

「ええ…侵入者が他にも二人居たので眠ってもらいましたが」  

  恐らく二人とは鴻と風祭先輩のことだろう。

 やりとりからしてクラウスと呼ばれた少年もこいつの仲間だ。

 事態はこちらに不利なものへと傾きつつある。

 天沢とリリアが大人しく付いているということは、もしかしたら味方なのかとも思えたが顔色を見る限りでは楽観的に捉えられそうにもない。

「どうやらディリータさんのほうは上手くはいっていないようですね」

「あと一息だったんだがな。けどもう上手く行ったも同然だ。族長はもう虫の息、治療も間に合わないだろうよ。クラウス、このガキ共も黙らせろ。そうしたら後始末して終わりだ」

「わかりました」

「させるか!」

  詠唱させるわけにはいかない、俺は詠唱を阻止すべく全速力でクラウスへと駆け出す。

 すると思わぬ邪魔が入る。

「天沢!?」 

  俺に剣で斬りかかってきた天沢の攻撃を慌てて避ける。

 剣を構えている天沢の眼は虚ろで幻術の類に掛かっているのは一目で分かった。

「残念だけど、邪魔はさせない」

  エルフの少年相手なら勝ち目があると思っていたのに天沢も相手するとなると大きくこちらが不利だ。

 月舘先輩は瀕死状態とはいえ魔法を使える相手をフリーにはできないし、俺一人で天沢を相手しつつクラウスの魔法を食い止めるのは厳しい。

  対抗策を考える暇は与えてもらえず、天沢の攻撃は容赦なく降りかかってくる。

 術に掛けられていても天沢の強さは損なわれておらず、思うように反撃ができない。

「くそっ!」

  焦るな、考えろ。早くしなければ族長の命がもたない。

 俺が天沢の動きもクラウスの動きも封じるんだ。

  クラウスの口が動き出すのが見える。

 まずい、このままでは全員を危険に晒すことに。

『炎よ、汝の秘めし怒りを――』

  クラウスの詠唱を遮ったのは月舘先輩から放たれた短剣だった。

 しかし何度も防げるものではないだろう。

  俺の注意が一瞬クラウスにいったのを天沢は見逃さず、隙を付かれて俺はどんどんクラウスから遠ざけられる。

  短剣が頬を掠め苛立ったクラウスは再度詠唱するべく息を吸う。

 最初の対象は恐らく俺であったのだろうが、今度は月舘先輩へと視線が移った。 


「クラウス!やめて!!」

「リリア…」

「どうしてこんな酷いことするの…いつもの優しいクラウスに戻ってよ…」

「君にはまだ分からないんだ。俺らはやがて戦争の道具にされてしまう、だからその前に抗わなくてはならないんだ」

「分からないよ、誰かを傷つける理由なんか!クラウスなんて大嫌い!」

 泣き叫んだリリアは胸元にある首飾りの水晶を握りしめた。

『万物を司りし神よ、汝の力を用いて――』

「クラウス、リリアを止めろ!!」 

「リリアには攻撃や幻惑の魔法は使えない筈…」

「違う、それは――!」

『――全てをあるべき源へと還せ!』

  リリアの詠唱は終わったようだが目に見えて変わった物は何もなかった。

 ディリータは終わったと言わんばかりの顔をしている。

  すると天沢が途端に倒れた。

 近づいて容態を確認するがどうやら気絶しているだけのようだ。

 一体何が起きたんだ?今度はクラウスの顔から次第に血の気が引いていく。

「…魔法が使えない…?」

  その言葉で月舘先輩も異変に気づいたようで驚いていた。

 普通の人間の俺には全く分からないが、魔法が使える人にとっては身体の中に明確な異変が起きたのだろう。

魔力マナ無効化の魔法だ。詠唱者及び範囲内の術者の魔力マナや魔法効果は一定時間全て消えてなくなる。リリアの魔力マナ程度じゃ長くは持たんだろうが今ので屋敷を覆う結界も消えた。我々の負けだ」

  ディリータの言葉通り、異変に気付いた里のエルフ達が屋敷を訪れ、騒ぎは周知のものとなり騒ぎは終息へと向かった。



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