魔法使いの暮らす里ー2
「信じられません」
「なんだ?疲れちゃったか?」
「馬鹿にしないでください!僕は毎日自主トレーニングを欠かさず行っているんです。1日歩いただけで疲れたりしません」
「じゃあ何だ、やっぱり夕飯足りなかったか?雅貴くん小食だなーと思ってたんだよ、俺の分けてやろうか?」
夕食の残ったお米で作り上げた大きなおにぎりを鴻くんに突き出して優しさを見せる風祭先輩。
「違います!風祭先輩は炭水化物を摂取しすぎです、胃に穴でも空いてるんじゃないですか?」
「え、嘘。出発前の健康診断は引っかからなかったけどな」
「僕が言いたいことはですね、風祭先輩の健康状態の危惧ではなく、何故辺境の地へ行くのに移動が徒歩なのかと言うことです!」
「楽しいだろ?いかにも冒険っぽくて!」
「もう風祭先輩は発言しなくていいです。月舘先輩どういうことなんですか?」
少し落ち込んだ素振りを見せる風祭先輩を無視し、焚火の奥に座って地図を見ている月舘先輩を睨み付ける鴻君。
たしかに私も最初は驚いた。
ティオールの里は首都から離れている学園とはさらに正反対にあり、車で8時間近く掛かる場所だ。
最寄りの町までは列車を3時間以上乗り継ぎ、それ以降はずっと歩きだった。
徒歩で移動するとなればかなりの距離になるので当然車なり何らかの移動手段があるかと考えていたのに。
広大な森をひたすら歩くだけで課外授業の初日が終わるとは夢にも思っていなかった。
「初めにも答えたが、この移動は肉体強化と野営の実践を兼ねている。車で行っても最後は山奥で1時間近く徒歩になるからだ」
「非効率的です。肉体強化や野営の練習など普段でも出来る事です。何故それをわざわざ課外授業でまで行わなくてはならないのですか!」
「上の指示だ。従えないようならここで帰っても構わない」
「…馬鹿らしい!」
これ以上反論するのは無駄と判断したのか鴻君はテントへと入って行ってしまった。
「いやはや、鴻家のご子息には堪えたかな、5時間ウォーキングのみは」
「これくらいで文句を言っているようじゃ地道な作業は向いていないな」
「彼には一番必要な訓練になってるかもな。そういえばさ、千沙ちゃんは大丈夫?」
「私は全然平気ですよ。歩くの嫌いじゃないですし、この辺りは景色が綺麗で楽しいです」
食事の後片付けに半ば集中していたので急に話題を振られたことに反応が少し遅れてしまう。
風祭先輩は周りをよく見て万遍なく私達に声を掛けてくれる気遣いのある先輩だ。
班の空気に共有感を持たせてくれているのは明らかに風祭先輩のおかげだ。
更に人懐こいので年齢問わずに学園の人達に好かれているのも素直に頷ける。
「そうじゃなくてさ、女の子一人で息苦しくない?ごめんね、俺のポジションが女子だったら良かったよなー。授業なんだから先生達も気を利かせてくれてもいいのに。忠実に成績順じゃなくてもさ」
「いえ、私は気にならないですよ」
国防科もそうだけど国防軍の男女比は確実に7:3くらいの割合で男性が多いだろう。
実際の任務になれば小隊で女性が一人なんて珍しくないだろうし、気にしても仕方ない。
というより実際に私は誰かと行動を共にするうえであんまり性別を考えたことがない。
「そっかー。俺はドキドキするけどな、千沙ちゃんと同じテントで寝るの」
テントは大きなものひとつしかない。ということは全員同じテントで一晩を共にする。
深く考えていなかったけど、普通女の子は気になるところなのか。
「じゃあ、私外で寝ましょうか?男性のほうが人数多いですし」
「…そうなるのね。けど駄目でしょ、女の子が外で寝るなんて。だったら男が外で寝るよ」
「そうしたら鴻のやつ、今度こそ帰るとか言い出しそうですね」
「あーそれは困ったなー。隼人くんは気にならないの?可愛い女の子と一緒に寝るんだよ?」
「誤解を生みそうな言い回ししないでください。俺は一晩寝なくても平気なんで気になるなら外で起きてますよ」
「強がらなくたっていい、初めては誰だって緊張するよ」
「…風祭先輩。先輩とはいえ、そろそろ武力行使しますよ」
「やだな、会話を楽しもうぜ」
軽快なやり取りが微笑ましい。私には到底できそうにない。
「ふふふ、じゃあ私洗い物済ましてきちゃいますね」
「手伝おうか?」
「大丈夫です。大した量じゃないですし、先輩なんですから休んでてください」
野営では焚火をしているせいか川瀬まで来ると涼しい風が吹いていて心地いい。
森の中でギリギリ車が通れる程度の道をひたすら5時間近く歩いたが、木々が永延と続いているのではないかと疑いたくなるほどに終わりが見えなく、森を抜ける道のりはまだ長そうだ。
辺りの明かりは頭上の月と星だけ。緩やかな川は流れているけれど動物達の気配は感じられない。
まるで人の居る世界からは切り離されてしまったかのようなとても静かな森だった。
予め持っていた電灯ランプの光を頼りに洗い物を始めると砂利を踏む音が聞こえてきた。
「飛山君、どうしたの?」
「手伝う」
「私一人で平気だよ」
「二人でやったほうが早く終わるだろ。それに俺も同じ1年だし雑用やるって」
腕まくりをして私の隣に屈んだ飛山くんの言葉に甘えて、洗い終えた食器の水気の拭き取りをお願いする。
飛山君は私よりも手際よく何でもこなしていく。
夕飯も飛山君が中心に作ってくれた。普段から家事もしているんだろう。
頭も良くて、実技も上手い。家事も出来るなんて女性の人気が高いのも納得だ。
課外授業選抜の発表後に何人かの女の子に選抜に選ばれたことではなく、飛山君と一週間一緒に居られることを羨ましがられた。
出来るならば代わってあげてもよかったのだけど、成績順なのでこればかりは仕方がない。
それにしても未だに私が選抜なのが信じられない。
実技はともかく私の学力試験、特に機械技術は良い点とは言えなかった。
アルフィード学園は国中の優等生が集まる場だ。
そんな場所で100点満点中70点の点数で総合成績6位に入れるなんて。
先生の統計ミスか、はたまた点数操作でもしない限りありえない。
不安を通り越して何か策略でもあるのではないかと疑ってしまう。
二人で取り組んだおかげであっという間に洗い物は終わった。
「ありがとう、飛山君。助かっちゃった」
「べつに。あの場に居るのが耐えられなかっただけだし」
「え?どうして?」
「あのまま残れば風祭先輩にずっとからかわれるし、テントに行っても鴻と二人きりなんてどうせ口喧嘩になるだけだ。疲れるのが分かり切ってる」
「そうなの?飛山君は誰と居ても上手く話してるから人付き合いは得意なのかと思った」
「上手く話せてるとは思わないけど、ただ俺は取り繕うのが嫌いなだけだ」
「じゃあ飛山くんが人気者な秘訣はそこだね!」
「人気者?俺が?」
「そうだよ!誰に対しても態度が変わらないってなかなかできないことだよ。そういう裏表がないところもまたいいんだろうね」
「あのな、人気者っていうのは生徒会長とか風祭先輩みたいな誰からも慕われてるような人を言うんだよ。俺は愛想よくないし、嫌われる要因のほうが多いだろ」
「そうかな?少なくとも私は飛山くんを慕っている人を沢山知ってるよ。私もその一人だしね。私は人付き合い苦手だから、飛山君みたいに堂々と話せるようになりたい」
「たしかに天沢は社交的ではないけど、苦手意識があるとは思ってなかった」
「臆病なの。誰かを信じるのも自分を出すのも…怖いの」
自分の口から不思議と零れた。怖いという言葉。
とても久しぶりに口にした気がする。
どうしたんだろう。
自分に正直でいられる飛山君を羨ましいと思ったからだろうか、私自身が酷く脆く感じた。
過去の記憶が自分の体を縛り付けるように重く圧し掛かる。
私は強くなんてない。過去のことで簡単に怖気ついてしまうほどに弱い。
大きな掌が私の頭を軽く撫でた。
「いいんじゃないのか、それで。信じるって無理にどうこう頑張るものじゃない。信じたいと自然に思えた時に信じてやればいい」
「…うん」
「天沢が人を信じられないなら、俺が天沢を信じるよ。天沢は大丈夫だ」
「…ありがとう。励まされちゃったね」
「ったく、お前と居ると調子狂うな」
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