夏季課外授業

魔法使いの暮らす里-1


  四ヵ国学園対抗体育祭も学期末の学力試験も終わり、アルフィード学園の生徒達は夏季休暇期間へと入った。

 夏季休暇に入るとアルフィード学園では成績優秀と認められた生徒達の1、2年生合同の約一週間にわたる課外授業が行われる。

 国営科では首都での希望職種の現場体験。国防科では各地に赴く国勢調査。

  学生でありながら早くも国の第一線での仕事を体験する機会を与えられる。

 これも学園でありながらの意識の高さや歴代の実績あってこそ成せるものだろう。

  例年、そこで成果を残せれば学生でありながら戦力として休日に働く者も出てくる。

 もちろん学業を優先させてくれる訳だが、ここで既に将来の優劣が生じてくる。

 日頃の授業はもちろん、先日行われた体育祭もこの課外授業の参加メンバーを選別する為の要素になっている。


「何で国営科の鴻がここに居るんだ?」

「国営科の1年生は強制的に国勢調査に回るんだ。まずは国をよく知るという方針だ、そんなことも知らないのか」

「特別成績の良い奴はきちんと首都に行ってるだろ。てっきりエリート様はそちらなのかと」

  鴻の言っている基本方針はこの学園の例年行事なので常識だ。知らないはずがない。

 だからこそあえて皮肉を込めて言ったのだ。

  今年の課外授業には1年生からは国営科六人、国防科七人がそれぞれ選抜された。

 その内の国営科三人は2年生の国営科選抜組と混ざって既に首都に赴いている。

  しかし今年は例外で国防科の東雲もそちらに入っていた。

 彼女の頭脳ならば最新技術を駆使している首都の施設の方が十分に発揮されるはずなので納得ではある。

 実力に伴った適材適所を正確に行うことを第一とする我が校らしい。

「彼らの多くは医者や科学者を志す者達だからだ。僕のように軍の幹部を目指す者達は皆こちらに仕方なく参加しているだろう!」

  東雲の例外がこのお坊ちゃまはお気に召さないようで未だに腹を立てているようだ。

  課外授業の国勢調査は3班に分かれて行われる。

 ひとつの班に、国防科の2年生が二人、1年生が二人、国営科の1年生が一人の計五人の編成だ。

 こちら側にきた国営の1年は確かに将来お国の先頭に立つようなお偉い職業を志す者達だ。

  けどよりによって何故、俺が鴻と同じ班なのだろうか。

 国営科1年生の選抜の一人は南条で、もう一人はよく知らないがこの集合場所で顔を見ただけでは少なくとも鴻ほど物わかりが悪そうではない。

「…何でだろうな」

「僕のほうが不服だ。何故君のような減らず口が学年で成績が1位なのだろうか。今年の国防科は不作だったんじゃないか?」

  この班編成は総合成績順で実力がなるべく均等になるよう組まれている。

 仕組みは単純で、1年生の第1班が国防科の成績1、6位と国営科の成績3位の生徒になる。

 第2班は国防科の成績2、5位と国営科の成績2位。

 第3班は国防科の成績3、4位と国営科の成績1位。

 成績自体は特に公表されないのだが、編成の法則で順位がほぼ割れてしまうのだ。

  どうして既に俺が成績1位だとバレているかと言うと…もう一人の班員が天沢だからだ。

 天沢は俺と鴻に顔を合わせるなり「二人の足を引っ張らないよう頑張ります」と控えめな態度を示したのだ。

 自分が選抜に選ばれるとは思っていなかったらしく、課外授業に対して消極的なようだ。

「まあまあ、二人ともこれから一週間はチームメイトだから仲良くしようよ」

「君と慣れ合うなんてありえないね」

  プライドだろうか。一度、鴻は天沢に圧倒的に負けているのに未だに見下すのを辞めない。ますます面倒な要因だ。

「俺は天沢がてっきり1位だと思ってたけど」

  これはお世辞でも何でもなく、純粋にそう思ったのだ。

 ランク戦での活躍はもちろん、先日の体育祭での活躍もある。

 実技の実力なら誰もが認める今年の1年生で断トツの1位だ。

「…勉強はあんまり」

「国防科は学力試験やレポートよりは実技試験と適性検査を重視されるしな。6位に入れてるんだからそこそこはいい成績ってことだろ?」

「それが、私の学力試験の成績、点数は平均点くらいで…」

  試合中は覇気があり、隙をあまり感じさせないが普段の天沢は控えめでふわふわしていて別人のようだ。 

「国防科とはいえ勉学ができないようでは将来国民を護る軍人として示しがつかない。最高峰のアルフィード生として情けない話だ」

「…仰る通りで」

 おいおい、こんな調子で一週間大丈夫なのか?出発前から憂鬱だ。


  談笑で賑わっていた集合場所に緊張の空気が一気に広がる。

 国勢調査で班長、副班長として俺達下級生達を指揮する上級生達がやってきた。

「第1班集合」

 その掛け声に不安げだった天沢も態度が大きかった鴻も顔を引き締めて姿勢を正した。

「今回の国勢調査、第1班班長を務めさせてもらう月舘だ。副班長は風祭。一週間よろしく頼む」

  月舘先輩は全員揃っているのを目視で確認すると手慣れた様子で指揮を執り始めた。

 もはや貫禄は国防軍の指揮官さながらだ。さすが生徒会副会長。

「第1班である俺達の任務はティオールの里近辺の安全調査だ。ティオールは本来国の許可がなければ立ち入りを許されていない神聖な場所であることは皆知ってはいると思う。アルセアで魔法が唯一息づいている場所だ、貴重な体験が出来る。学べることは十分に吸収していってほしい。しかし、同時に責任の重い任務だ。今回は授業と銘打っているが国防軍が行っている任務と遜色ない。そのことを自覚して気を引き締めてもらいたい。以上だ」 

 声を揃えて返事をする俺達に風祭先輩がにこやかに笑いかけてくる。

「こんな最初からがちがちに固まらなくても大丈夫だって、一週間楽しくいこうぜ!」

 風祭先輩に背中を叩かれたおかげで無意識に入っていた力が自然と抜けていく。

「おい、風祭。遊びに行くんじゃないんだぞ」

「いいじゃん、これから戦地に赴くわけじゃないんだしさ。生徒会が二人も居たら変に緊張するよな?」

「べつに先輩にはそんな緊張してないですよ」

「お、雅貴くん言うね」

「何故名前で呼んでくるんですか!?慣れ慣れしい!」

「あはは、元気があっていいな!そういえば千沙ちゃんも6位?」

「え!?何で分かったんですか!?」

「やっぱりそう?俺も勉強あんまり好きじゃないからさ」

  風祭先輩の自由奔放さにはもはや諦めているのか月舘先輩はひとつため息をついてから先頭を黙々と歩いて行ってしまう。 

 後を追いかけるように三人は付いて行く。

  俺達第1班の上級生は国防科成績1、6位が担当している。

 実力がある程度均等に分けられているとはいえ第1班には各学年の1位が充てられている。

 学園側の期待値は当然高く、難しい任務にはなるだろう。 

 気を引き締め直し、俺も学園の敷地を後にする。



  ティオールの里は我が国アルセアで魔法が使える種族、エルフの住まう土地。

 500年前に起きた世界大戦後から時を経て人界歴628年、ルイフォーリアム、リーシェイ、アルセアの3ヵ国にひとつの協定が結ばれた。

 各国間での戦争を起こさないと誓い合った非戦争協定だ。

 争いの火種にならぬようにと一般国民の魔法の使用と教えは非戦争協定のもとに各国で禁じられた。

  世界大戦時に戦争の兵器として用いられていた魔法使いであるエルフの人口は極端に減り、人間への不信や侮蔑の感情は高まった。

  アルセア国に生存するエルフ達もまた、人間に対して強い敵意を残していた。

 そこでアルセアはティオールの民といくつか契約をした。

 ティオールの民は軍事的な召集に一切応じず、国はティオールに干渉をしない。

 代わりにティオールの民は国での政治的権利を主張しない、辺境の地を出ることなくそこで静かに時を過ごそう。

  同じ国でありながら契約当時は一切の交流を持たず、互いに鎖国しているようなアルセアとティオールだったが、時は流れやがて再び対話がなされるようになった。

 人界歴835年の現在では国はティオールの里近辺の安全保護に務め、時折現れるエルフを悪用しようとする輩を取り締まる。

 ティオールは独自で開発した治癒術を駆使した難病の治療や薬の知識提供を行うまでの友好関係を築き上げた。

  国防軍が魔法を学べなくともこの目で魔法を目にすることが出来るようになったのはつい最近で、生徒が魔法を直に見れるというのはとても貴重な体験と言えるだろう。

  素直に言えば興味がある。人間にはできない奇跡を彼らには起こせる。

 それを直接目に出来るなど好奇心が擽られない筈がない。 

 純粋に貴重な機会を俺は楽しみにしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る