一人じゃないー6

  四人に見送られて会場の中心地まで来たのはいいのだけど。

 奥に進むにつれてどんどん2年生が増えていく。

 やっぱり1年生とは違って大人と言うか…後輩の自分が立ち入っていいのか不安になる。

 色んな学校の生徒が居て人も多く、その空気をより濃く感じる。

 何だか見知らぬ土地に来たみたい。

  だけど先輩達を探さなきゃ。そういえばリレーレースで私を受け止めてくれた人達は誰だろう。

 その人たちには必ず謝罪と御礼を伝えたいのだけど、別れる前に理央ちゃんに聞いておくべきだった。


「千沙だ―!!千沙―!!」

「わわっ!?…シエンちゃん」

  辺りを見回していると背後からシエンちゃんが抱き着いて来た。

 頬はほんのりと赤く浮かれた様子だった。

「シエンちゃんお酒飲んだの?」

「うん!だって宴だもん、飲まなきゃー。千沙も飲む?」

「私はまだ飲んじゃ駄目だから」

「え?どうして?皆飲んでるぞ?」

「アルセアは20歳になるまで飲酒は駄目なんですよ」

  やって来たリュイシンさんはシエンちゃんを慣れた手つきで私から引き離した。

 シエンちゃんは小動物みたいに成すがままだ。これは相当酔っている。

「すみませんね、シエンはお酒が好きな割にすぐ酔う子で」

「いえ。あまりリーフェンの人達はいないんですね」

  アルフィード学園が主催とはいえ、周囲を見る限りリーフェンとバルドラの生徒の割合が少ない気がした。

「他国の料理を味わえ、これ程に大きな宴はそうありません。皆商業地に繰り出して大勢で宴を楽しんでるみたいですよ。お酒の席が好きなのはリーシェイとバルドザックは似ているんですかね」

「ふふ、そうですね」

  リュイシンさんの視線の先にはリーフェンのフェイ君とバルドラのアラムさんがお酒をどれだけ飲めるか競い合っていた。

 二人の対決を国や学園の境など忘れてリーフェンとバルドラ、それにアルフィードの生徒が混じって囲み盛り上がっている。

「ただ、うちの問題児は全員こちらに集めました。外であちこち騒ぎを起こされては手に負えないので」

  体育祭の期間だけとはいえ、単独行動が一際目立つリーフェンの人達を見てきたので苦労が容易に伺える。

 陽気で目立つのはバルドラ学園の人達だけど、基本彼らは固まって行動している。

 生徒間で年齢差があるのも原因だろうけど、リーフェンは自分の価値観で動く人が多いんだろうな。

「天沢さん、少しだけお時間いただけますか?」

「はい、構いませんよ」


  リュイシンさんに付いて人気の少ない端へ移動すると、つまらなそうにお酒の入ったグラスを眺めるリンメイさんが居た。

「ありがとう、後は私が見張るので宴を楽しんできてください」

  彼女の横に居た生徒は一声かけられるとその場を去って行く。

 リンメイさんは私の姿を捉えるなりあからさまに視線を逸らされてしまう。

「…何よ、馬鹿にしに来たの?」

「リンメイ。あなたが彼女に言うべき言葉は違うでしょう」

「お礼なんか言わないわよ。もともとこの子が私を避けさえすれば事故は起きなかった。勝手に人を抑え込んだ挙句、オーバースピードでブレーキが利かなくなって地面に衝突したんじゃない。自業自得よ」

「そうですね、私の技術不足です」

「じゃあ謝れって言うの?絶対嫌だわ。どいつもこいつも油断し過ぎなのよ。どうして他人は自分に害を加えないと思って生きていられるのか不思議でしょうがないわ。生きるのは争いよ。強者が弱者を食い物にする。自分が弱者に見られたらそこで終わり。搾取される側になるなんてまっぴら御免よ。惨めに虐げられて生きるくらいなら私は躊躇いなく誰かを蹴落とす!生きるには地位も力も必要なのよ!」

  この人は生きるのに必死なんだ。

 頼る相手も居なくて、人を傷つけ、騙し、陥れたり。

 そういう生き方しか知らない。

 もしかしたら私もリンメイさんみたいになっていたかもしれない。

 環境が違うけれど私には少し分かる。

「……人を信じるのが怖いんですね」

  何を信じたらいいか分からないと全てが敵に見える。

 怖いんだ、信じた相手に裏切られるのが。 

「信じるなんて馬鹿がすることよ。人間は誰も自分が一番可愛い。どれだけ大切な相手だろうと自分を天秤にかけたら迷わず自分をとる。…そういう愚かな生き物よ」

  リンメイさんは最後の言葉を消え入りそうに呟いた。

 きっと私に向けてじゃない。自身も愚かだと苦しんでいる。

 苛立ちよりも自傷しているように感じた。

「たしかにリンメイさんの言う通り、人には弱いところもあります。だけど自分よりも誰かを思いやれる、その天秤で迷わず他人を選べる人達も居ます。私はそんな人になりたい。信じることが簡単だとは言いません。でも私は信じたい。もちろんリンメイさんのこともです」

「頭おかしいんじゃないの?散々欺かれてよく信じるなんて言えるわね」

「私、リンメイさんの技術は絶対人を助けられると思うんです。だから私はリンメイさんを信じたい」

「…勝手にすれば。私は自分の利益になるなら迷わずあなたを利用するわよ」

「はい。今度は私も気づけるように頑張ります。そうしたら間違いだと止めてあげられますから」

「甘ったれた顔、虫唾が走る…もう宿舎に戻るわ」

  少しずつでいい。リンメイさんが誰かを信じられれば、人も自分も傷つけずに生きられるだろう。

 いつか彼女の裏のない笑顔を見てみたい。

「…ありがとうございます」

「いえ!私は何も…」

「貴女のような人がリーフェンに居れば…古い風習も変えられるのかもしれませんね」

 リュイシンさんは深々とお辞儀をすると眠り込んでしまったシエンちゃんを抱えてリンメイさんの後を追って行った。


  まだまだ私の知らないことばかりなんだろうな。

 他国の文化どころか、自国のアルセアだって知らないことが多い。

 もっと多くを学ばなくては。もう知らないで間違うのは嫌だから。


  私は一人きりで空の無い部屋で長い時間を過ごした。

 唯一言葉を交わせる相手は工藤博士と美奈子さんだけ。

 肉体の鍛錬と機械に乗った実験を繰り返すだけの日々。

 それが私の世界の全てだった。

  いつまでこんな生活が続くんだろう。疑念が生まれた頃に全てが怖くなった。

 優しく語りかけてくれる美奈子さんも私が研究対象だから偽りの優しさで接しているのではないか。

 私は利用されているだけで二人の言うことが嘘ばかりだったら?

  何が真実かなんて分からない。

 そもそもどうして自分がここに居るのか。

 この生活に終わりなんてないんじゃないか。

 何を信じたらいいか分からない。そんな真っ黒な気持ちを私は自分から手放した。


  実験による脳負荷を躊躇わずに受け、自分から望んで思い出を消し去ったんだ。


  私がさせられていた実験は何の為の研究だったのか。

 どうして私がそこに閉じ込められていたかはまだ思い出せないけれど。

 自分の家族すらも分からなくなるくらいに私は実験を繰り返し、何年も狭い世界で生活し続けていた。

  リンメイさんとの会話で断片的ではあるが自分を思い出せたことは嬉しいけれど、結局過去は消せはしなかった。

 昔の自分が知ったら絶望しそうだ。

  当時の自分は立ち向かう勇気がなく弱かった。

 今だって昔と大差はないのかもしれない。

 それでも信じられる人が居る、信じてくれる人が居る。

 だから私は笑えているんだな。

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