一人じゃないー4
目を覚ますと見覚えのある天井が見えた。
夕暮れの橙色に染まる室内は、先日月舘先輩が居た病室と同じ風景だとすぐに気付かせてくれる。
ぼんやりとする頭で自分は学園の医務病棟に運ばれたのだと理解した。
またやってしまった。これでは自分は無茶をしないとますます言い切れなくなってしまう。
反省している場合ではない。リンメイさんは無事だろうか!?
それに試合の結果は!?
意識がなくなる前の出来事が一気に脳内を駆け巡り、身体を起こす。
「おお。急に覚醒したな」
「理央ちゃん!リンメイさん大丈夫だった!?レースの結果は!?今何時!?」
ベッドの横にある椅子に座っていた理央ちゃんが普段と変わらぬ様子でのんびりとしていた。
「まあまあ落ち着きなって。その様子じゃ脳に異常はなさそうだね。どこか痛んだりする?」
「私はどこも…それよりも!!」
本当は少し頭が痛んだが痛みを気にしている余裕はない。
「はいはい、順番に説明してあげるから。とりあえず私を掴む手を放してくれい」
「あ…ごめん」
そこで初めて自分が理央ちゃんの肩を乱暴に揺さぶっていたことに気づく。
理央ちゃんは息を整えると手に持っていた携帯端末の画面を私に見せてくれる。
「時間は外を見ての通り夕方、体育祭は閉会式の真っ最中。飛行演舞優勝校のセレモニー演技が終わったところ。あとは各競技の優勝した選手やMVP選手の表彰、それから優勝旗授与くらいね」
閉会式の中継を映してくれているのが一目で分かる。
無音だった映像も理央ちゃんが説明しながら音量調節をして少しだが音も聞こえるようになった。
今はちょうど体育祭運営委員の委員長が体育祭の総括の言葉を述べていた。
「千沙がやたら気にしてたリーフェン学園の女。あんたが庇ったおかげで無傷みたいよ。私は痛い目見るべきだと思ったけどね」
「そっか…よかった」
リンメイさんの無事が聞けてほっと胸を撫で下ろすと、そんな私を見て理央ちゃんがため息をついた。
「…ゴール前の衝突。ただの事故じゃないって抗議しようと常陸先輩とか花宮先輩がえらい剣幕で怒って大変だったのよ」
風紀委員長の常陸先輩は正義感の強い人だ。
もともとリンメイさんの妨害行為を酷く嫌悪していた。
花宮先輩も正々堂々としている人なので卑怯な行動が許せないのは分かるけど、理央ちゃんが言うほど怒ったのは意外だ。
もしかしたら月舘先輩のことがあったから余計に許せなかったのかな。
花宮先輩は生徒会のメンバーをとても大切にしているから。
「それでも月舘先輩と風祭先輩の二人が必死に止めたからあの女の行為は露呈してない。ここで抗議したら今まで黙っていた人達や千沙が庇った意味がなくなるって。
どうしてもしたいなら千沙が目を覚まして、本人にその意思があるか確認してからにしろって…どうせしないんでしょ?」
「しないね」
すると理央ちゃんはさらに大きなため息をついた。
「本当甘いね。いつか取り返しのつかない後悔するわよ」
「それでも…誰かが辛くなるなら自分が辛いほうが良い」
リンメイさんのしたことを許すなんて出来ない。
だからといって公に発表して周知の事実にしようが、形だけの謝罪を貰おうと私の気持ちが変わるわけじゃない。
大事なのはリンメイさんが自分の行いを認め反省し、同じ過ちを繰り返さないと努めてくれることだ。
彼女の計算された繊細で素晴らしい技術がもっと別の、出来れば人を助けるものに繋がってくれるといい。
もう私欲の為に誰かを傷つけるなんて止めてくれれば嬉しい。
いつの間にか閉会式は表彰まで終わり、総合順位の発表を残すのみとなっていた。
結局リレーレースの結果がどうだったのか見損ねた。
「あのレースの結果は…?」
恐る恐る訊ねると理央ちゃんは不敵に笑った。
「ルイフォーリアムとかなり僅差だったよ。審議も時間かかったし、大きな画面でスロー再生を見せられてもどっちが1位かパッと見判断しづらかった。それでも…」
『総合優勝は脅威の200ポイント越えを果たしたアルフィード学園!総合獲得ポイントは205ポイント!なんと優勝競技は6種目中、4種目!圧倒的!今年のアルフィードは本当に強かった!おめでとうございます!』
「千沙が1位で勝ったよ。文句なし、アルフィードの総合優勝」
優勝旗授与の様子と理央ちゃんの言葉がほぼ同時に私に届く。
緊張で強張っていた身体の力がすっと抜ける。勝った喜びよりも安堵の気持ちが上回る。
画面に映されているアルフィードの代表選手達はみんな笑顔だ。
本当に勝ったんだ。私はみんなの笑顔を奪わずに済んだ。
嬉しい筈なのに何故だか涙が零れた。
「もっと興奮して喜べばいいのに。総合優勝だよ?おまけに千沙は自分が出た競技両方優勝したんだ。胸張って優勝に貢献したって言っていいのよ」
「優勝できたのは支えてくれたり応援してくれた人が居てくれたからで、私は何も…」
体育祭を通して痛感したんだ。私一人の力なんて大したことはない。
情けなくも脆い私が戦えたのは友達や先輩、応援してくれた人達のおかげだ。
ランク戦と違って何が起きても自分だけの責任にならない。
一人のミスは多くに影響する。
そんな中でも誰もが懸命に勝ちに向かい試合に臨んだ。
多くの選手の姿勢や心の強さにおいて私は劣っていた。
自分に精一杯で誰かを気遣ってやる余裕なんて全くなかった。
体育祭はチームで戦うものなのに。
ずっと誰かに頼ってばかりだった。
もっと周囲に目を向ける余裕があるべきだったのに。
だから私は多くの人に感謝しなきゃ。
人の優しさはこんなにも心に沁み込んで温かい。
応援は背中を押して力を与えてくれる。それがこんなにも嬉しい。
…私はもう、一人じゃないんだ。
「あーもう。泣くなとは言わないから泣くならもっと嬉しそうに泣け」
「ごめん…でも本当によかった…ちゃんと嬉しいよ」
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