泣き虫の一歩ー5


  デジタルフロンティアトーナメント戦、三位決定戦と決勝は20分の休憩時間を挟んでから行われる予定だ。

 私は逃げるみたいに会場二階部の外にある小さなテラスに来ていた。

 ここは関係者や出場者以外は入れない。

 外に出ようと景色を楽しむことも新鮮な空気を取り入れる切り替えもできなかった。

 誰かに会ってしまったらどんな顔をしたらいいか分からない。


  準決勝、第二試合。月舘先輩とクラウディアさんの試合は互いに一歩も引かない見応えのある接戦だった。

 結果は僅差でクラウディアさんが勝ちを決めた。

 惜しかった、あと少しだったのに。誰もがそう思ったに違いない。

 体調が万全でないにも関わらず、月舘先輩は立派に戦い抜いてみせた。

 本当にすごい人だ。

  だが試合が終わると月舘先輩の回線は突如として落ちた。

 自ら回線を切断したわけではなく、リング内で倒れ込みそうになると同時に姿が消えたのだ。

 その不自然な切断のされ方は搭乗者の脳波に異常が起きたか意識を失ったかのどちらかになる。

  搭乗席の傍らで試合を観戦していた私は急いで機械を取り外し先輩の状態を確かめると意識を失っていた。

 私が何度声を掛けようと意識は戻らなかった。

 すぐに救急班が駆けつけ、病棟にて緊急治療が行われることになった。

 

  決勝戦がある私は付き添えずに会場に留まっている。

 このまま先輩は棄権扱いになり三位決定戦は行われないだろう。

  試合に臨む前に握った先輩の手は既に熱かった。その時に止めるべきだった。

 私は気づけたのに。どうして止めなかったんだ。

 月舘先輩が取り返しのつかない状態になっていたらどうしよう。

  私の責任だ。いっぱい迷惑かけて、気も使わせて。

 私が判断を誤ったからいけないんだ。

 泣いたってどうにもならないのは分かっているのに、それでも目から涙がぼろぼろと流れ落ちる。

  やっぱり私は強くなんてない。

 人より無知で、間違った行動を取ってしまう。自分が愚かしい。


「泣いているの?」

  凛と響く綺麗なこの声はクラウディアさんだ。

 彼女はもう私の近くまで歩み寄っていた。人が近づいているのに全然気づけなかった。

 他校の人にまで気を使わせるわけにはいかない、私は慌てて涙を拭う。

「急に来て驚かせてしまったわよね、ごめんなさい。人が居ると思っていなくて…

けれど、涙は我慢しないほうがいいわ。泣きたい時には思い切り泣くべきよ」

 優しい声色に緩んでいた涙腺は簡単に崩れ、涙が再び溢れ出す。

「私が…私が悪いんです」

  自分じゃなくて月舘先輩が決勝に出るべき人で、誰もが先輩を期待していた。

 それなのに、私が足を引っ張り、挙句先輩を壊してしまった。

 泣き続ける私をクラウディアさんは理由を聞きもせずに泣き止むまでそっと背中を撫でてくれた。

 

「…すみません。もう、大丈夫です」

「気にしなくていいわ」

「ごめんなさい、試合前の貴重なお時間を私のせいで…」

「謝らないで。私達は民の幸せを護れるように日々学び、鍛錬しているのだもの。誰かの悲しみはできるだけ理解して取り除いてあげたい。それにあなたって何だか放っておけないわ」

「私が頼りないということでしょうか」

 分かり切っている事実を自分で口にするだけなのに胸が痛んだ。

「違うわ。つい気に掛けたり、力になってあげたくなると言うほうが正しいかもしれない。あなたの直向きな姿がそうさせるのかしらね」

 それはただ皆が優しいだけだ。こんな失敗ばかりの私にそんな価値はない。

「ねえ。原因は分からないけれど、あなたが悔やんでいるのは佳祐のことかしら?」

「…はい」

「なら泣く必要はないわ」

「そんな!私が先輩に辛い思いをさせてしまったんですよ!?」

「だって彼は人の泣く姿なんて見たくない筈だもの」

  クラウディアさんは今まで一番穏やかな、愛しさに満ちた笑みでそう述べる。

 私は人のそんな表情を初めて見た。

 大切に想う心とは人をこんなにも綺麗にさせるものなのか。

  月舘先輩の言葉を思い出す。先輩は私に悲しむ顔をしないで笑えと言った。

 笑うのはまだ出来そうにない。けれど、悩むくらいなら行動で示すんだ。

 私が中途半端な戦いをすれば先輩が責任を感じてしまうかもしれない。

  まだ落ち込んでいる場合ではない。私は先輩の分も試合に勝つ。

 それで何度だって謝る。そしてもう同じ過ちをしないように気を付けるんだ。

「クラウディアさん!探しましたよ!…って天沢さんも!三位決定戦は月舘さんの不戦敗が決まったので、すぐに決勝戦を始めるそうです」

  息を切らしたリヒト君がやって来た。しまった、また私のせいだ。

 それなのにクラウディアさんは私を責めもしないで微笑みを絶やさなかった。

「分かりました。天沢さん、行きましょうか」

「…はい!」


  駆け足で会場入りすれば準決勝の時よりも熱い大きな歓声が響き渡った。

 あまりの音圧に思わず立ち止まってしまう。

 観客席を見ると皆の笑顔があった。誰も怒ってはいないのだろうか。

『両選手やって来た!主役は遅れて登場とはよく言ったもんだ!――さあさあ、皆お待ちかねだぞ!試合を始めよう!』

  実況の人に促されて慌てて搭乗席に着く。

 向かいのクラウディアさんと目が合うと試合前の強気な表情をしていた。

 深呼吸をひとつして私も機械を取り付ける。今は目の前の試合に集中するんだ。

『両者ともにデジタルフロンティアへの接続を確認した!それじゃあ早速リングインしてもらおう!1年生にして決勝まで勝ち残るという快挙を成し遂げた可憐なルーキーは、我々に前人未到の1年生にして女性での初優勝を見せてくれるのか!?アルフィード学園、天沢千沙ー!!』

  リングインすると擦り減って疲れていた頭の重みがまるでなかったかのように感じる。 

 感覚を機械に管理されているからだけど、無茶をしやすくなる。

  この空間では苦でなくとも脳の疲労はきちんと現実には蓄積されている。

 だからこそ月舘先輩は戦えていたのだろう。自分の苦痛に気付かぬふりをして。

 いけない、また落ち込みそうになっている。

 考えを振り払うように首を思い切り振る。

『対するは、優勝候補筆頭の月舘選手を下し、見事決勝に勝ち進んだ気高く美しい女性騎士。まさにルイフォーリアムの女神! ルイフォーリアム学院、クラウディアー!!』

  ルイフォーリアム学院の生徒はデジタルフロンティアでも揃いの衣装だ。

 制服と似たデザインだけど、こちらのほうが重厚な装備が付いている分、騎士らしさがある。

 だけどクラウディアさんが着ると、まるで彼女の為に作られた衣装みたいに見えてくる。

 何物にも屈しない強さや浮世離れした美しい姿に神々しさまであるように感じる。

「試合は正々堂々、全力で挑ませていただきます。覚悟はよろしいですね?」

  私の精神状態を気遣ってそう声を掛けてくれたのだろう。

 凛として張りのある宣誓からは誠意がひしひしと伝わってくる。

「はい、宜しくお願いします!」

 クラウディアさんの誠意に応えようと私も声を張って告げ、お辞儀をする。

「良い顔です。悔いの残らない試合にしましょう」

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