泣き虫の一歩ー3


『体育祭の優勝争いも佳境に入ってきた!現時点の総合順位はモニターに表示されている通り、1位リーフェン学園105pt、2位アルフィード学園90pt、3位バルドラ学園85pt、4位ルイフォーリアム学院75pt。だが、これから行われるデジタルフロンティアトーナメント戦と最終日に行われる旗取り合戦はアルフィードとルイフォーリアムの二校で争われるので、現在4位のルイフォーリアムも充分に優勝を狙える位置と言える!そして今年こそ悲願の総合優勝を狙うアルフィードも只今総合2位と好位置につけつつ、今日明日とまだまだ加点が期待できる!今年こそ総合優勝を勝ち取るか!?さあ、そんな注目の二校の選手がぶつかり合う形となったデジタルフロンティアトーナメント戦。もう間もなく開始だ!』


  会場に入れば物凄い熱気に包まれていて普段のランク戦とは別物ではないかと思ってしまいそう。

 実況の人の前説が終わる前に搭乗席に着かなくてはならないのだけど、ふと相手側の搭乗席を見れば既に対戦相手の選手はフルフェイスを着け準備万端だった。

  それに搭乗席後ろの観客席はルイフォーリアム学院の応援一色だった。

 戦う相手は一人の筈なのに、まるで敵に囲まれてしまったかのような圧を感じる。

 思わず立ち竦みそうになる私に向かって大きな声が投げかけられる。

「千沙ちゃーん頑張れー!!」

「千沙さんなら大丈夫ですよー!」

「天沢さんファイトー!!」

  周りの喧噪に紛れつつも確かに聞こえる。

 愛美ちゃんや麻子さん、古屋君の声だ。

 振り返れば、私の搭乗席の背後はアルフィード色で埋め尽くされている。

 応援というのは本当に不思議な力を与えてくれる。重かった身体に力が湧いてくる。

  準決勝に残っているのが二校の選手しかいないからだろう。互いに応援もせめぎ合っているように感じる。

 私は多くの人の期待を背負っているんだと、今更ながら実感した。

  反省は沢山あるけれど、後だ。

 皆の応援を裏切りたくはない。絶対に勝たなくちゃ。

 決意を固めてデジタルフロンティアに座り機器を装着し回線に接続すると意識が遠のいていく―――。


『会場に集まってくれた皆!中継で観戦している画面の前の皆!待たせたな、デジタルフロンティア準決勝、第一試合を始めるぜー!まずはリングインだ!アルフィードに舞い降りた天使は我々を優勝の座まで導いてくれるのか!?アルフィード学園、天沢千沙選手!!』

  リングに入ると仮想空間ということを忘れてしまいそうになるくらい会場の熱気が大きな響きになって全身にビリビリと伝わってくる。

 続いて今回の対戦相手が静かにリングインするも視線は下で私を捉えようとはしなかった。

『対するは、凛々しくも眩いオーラを放つ清廉された姿はまさに聖騎士!迷いなき一閃は優勝への道も切り開くか!?ルイフォーリアム学院、クロイツ選手!!』

   私はクロイツさんと一度も言葉を交わしたことはない。

 試合映像は確認したものの、どんな人なのか想像ができない。

 クラウディアさんの隣に居る印象がぼんやりとあるものの声を出している姿自体あまり見かけないかも。

「よろしくお願いします」

「…何故、皆勝てぬのだろうか」

  私の挨拶は流され、クロイツさんは小さな声で呟いた。

 周囲の喧噪に紛れて聞き取るのが大変だった。

「お前はさして強くない。ここで終わりだ」

  はったりや強がりなんかには聞こえない。自分が勝つと確信している。

 ようやくこちらを見てくれたと思えば、随分な言われようだ。

「負けるわけにはいかないです」

  私に興味などないのか返事はもらえずパレットから剣を抜き構えていた。

 同じように私も剣を構える。


『それじゃあ始めよう!デジタルフロンティアトーナメント、準決勝、第一試合。

 ――3、2、1…Ready、Fight!』


  試合開始のコールがされたもののクロイツさんは剣を構えたまま一歩も動かない。

 私の出方を窺っているのだろうか。

 しばらくこちらも動かず待機してみるものの動く気配は全くない。

 待たれてるのかな。そんなに先攻したくないのだろうか。

  私達が動かないせいで会場も次第に静まり返っていく。

 どうしようかと悩み始めた瞬間、攻撃を仕掛けられる。

 相手の剣が私に届く寸前の所で何とか剣で受ける。

「気が散っていたな」

  迷いはしたけど、それでもクロイツさんの動きに注意はしていた。

 ほんの少しだ。少しだけ気を緩めたかもしれない。

 そこを見抜いて攻撃してきたと言うのだろうか。

 僅かでも隙を見せれば致命傷を与えられてしまいそうだ。


  *


「よく研究してきてるわね」

  奏の言う通りだった。

 開始直後は動きがなかった二人だが、最初の一撃を境に二人の攻防が何度かあった。

 そのどれもがクロイツが有利に進めている。主導権は向こうにあると言っていい。

 クロイツが千沙ちゃんの動きを上手く封じるような攻撃ばかり繰り出すからだ。

 千沙ちゃんの持ち味である機動力が一度も発揮できていない。

「佳祐に似てるな」

 動きに無駄が無く、的確な攻撃しか仕掛けない。佳祐の戦い方によく似ていた。

「一緒にしないでよ。佳祐のほうがもっと音無く綺麗な動きをしているし、何よりあんな性格の悪い攻め方しないわ」

  ずっとクロイツの攻撃は大打撃を与えるような物がない。

 相手の隙からじわじわとライフポイントを削る、見ていて気持ちの良いものではなかった。

  対戦相手の弱点を徹底的について戦うのはクロイツの戦い方だ。

 立派な一つの戦法だし、べつにそこを悪いとは思わない。

 けれど自分優勢に試合が運んでいるにも関わらず、未だに軽い攻撃を続け試合を長引かせるのはあまり彼らしくないとは感じた。

 勝負を決めようとは思わないのだろうか。

  攻めあぐねている千沙ちゃんには焦りが出始めている。

 準決勝からは試合時間の制限が存在しない。

 本人がギブアップするか片方のライフポイントがゼロになるまで試合は終わらない。

 慌てず反撃のチャンスを待つことだって十分に可能だ。

 それでも攻撃を決められていないストレスが焦りに拍車をかけるのだろう。

 何とかしてでも反撃に転じようと攻める姿勢を止めない。


「動きが雑だな」

  クロイツはそう呟くと一際強い一撃で千沙ちゃんの剣を弾き飛ばした。

 剣が自分の手から離れた千沙ちゃんは衝撃で一瞬怯み、クロイツはその隙に千沙ちゃんの胸元に剣先を向けた。

 そのまま直ぐにでも攻撃を決めれば心臓部という急所なので大ダメージが与えられる。

 もうライフポイントが半分を下回った彼女は負ける。

  ところがクロイツは止めを刺さず、剣を止めていた。

 下手に動けば攻撃されると判断した千沙ちゃんも相手の動きを窺うように静止した。

 リングの中だけ時が止まったかのように静寂が訪れる。

「…脆すぎる。お前は戦士に向いていない。戦いの場から去ったほうが賢明だ」 

  彼の声は怒りとも侮蔑ともとれない。

 己の考えを無感動に告げているだけのように聞こえた。

「どうして、ですか?」 

「お前の精神は不安定で剣筋が左右されやすい。そんな人間は戦いに向かない」

  誰しも自分の精神状態は戦いに影響する。

 確かに千沙ちゃんは顕著にそれが出る。

 他人の言動に振り回されている様子は度々目撃しているし、私生活では人に臆病な所もある。

 心の脆さは彼女にとって最大の弱点だろう。

 それを試合を見ただけで判断しきるとは恐ろしい奴だ。

「お前に力はある。しかし女なのだから進んで戦いに身を投じて傷つく必要はなかろう。己の身が守れれば充分だ。降参しろ」

  彼なりの優しさなのだろうが単調な口調は棘を含んだように聞こえてしまう。

 千沙ちゃんの様子が明らかに変わり、戸惑いが滲み出ている。

 彼女は戦いや争いなんかには向かないのかもしれない。


「負けるなー!!頑張れー!!」

「あんたは強い!勝って証明してやれ!」

「諦めるなよ!いつだって勝ってきただろ!?」

 

  だけど俺達は何度も見せられた、彼女の負けず嫌いな一面を。

 皆が信じている、彼女が挫けようとも立ち上がる姿を。

  アルフィード側の観客席から次々に千沙ちゃんを鼓舞する声が上がる。

 それはやがて大きな波となって会場全体の空気を変えてしまった。

「…すごいな、戦う姿だけでこれだけの人を味方につけれるなんて…」

  こんな会場の一体感を見るのは初めてだった。

 ただの顔見知りや赤の他人がほとんどなのに。人はこんなにもひとつになれるものなのか。

「確かに実力者同士の戦いほど、精神に左右されるところは大きいわ。でも精神ってその人の生き様と一緒だわ。それが戦いに現れるからこそ、惹かれるし応援もしたくなる。あの子には応援したくなる魅力があるってことかしらね」

「ふーん、少しは千沙ちゃんのこと認めたんだ?」

「ほんの少しよ。ほんとーにちょっとだけね」

  相変わらず素直じゃないな。

 でもそんな奏も味方につけるくらい、千沙ちゃんには優しさや一途さがある。

 人を味方につける魅力も、応援を存分に糧にできる素質もある。

  純粋な一対一ならクロイツが強いのかもしれない。

 けれどこれは一人の戦いではない。

 さあ、存分に見せつけてやれ!

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