知りたいー5

「完食おめでとう!女の子で完食を果たしたのはあんたが三人目だよ」

 厨房から出てきた快活な女性が私達の席まで来てお祝いの言葉を述べてくれた。

「あんたが天沢千沙だね」

「あ、はい。どうして私の名前…」

「体育祭の代表選手の名前は全員覚えてるわよ。それにあんたはデジタルフロンティアもよく出てるじゃないか」

 そうか、生徒が知っている大まかな情報なんてこの島の住人なら誰でも知り得る情報なんだよな。

「いつか来るのを待ってたよ。あんた旭の娘さんか親戚かい?」

「旭…?」

「そこの写真の初代完食者ってとこに天沢あまさわあさひってのが居るだろう?あんたによく似てるから親族かと思ってさ」

  女性の言うように壁に貼られた写真を見れば国防科の制服を着た女の子が無邪気に笑って写真に写っていた。

 たしかに似ているといえば似ているかもしれない。

 けれど私は旭なんて人は知らない。それなのに頭がズキズキと痛い。

「旭はね本当よく食べる子だったのさ。私も意地になってこの量なら食べ切れないだろうと考案したのがこのから揚げ山盛りだったのよ。そしたらあっさり食べきってくれちゃって、私の完敗だったよ。だからそれからは対抗して大盛りメニューは作らなかった。よく食べてよく動いて…戦う姿もあんたとよく似たもんだよ。だからてっきり…ね」

  旭さんの話を聞くとなんだか懐かしいような、でも胸が苦しい。

 少し寂しそうな女性の言葉に何も返せなかった。

「悪いね、知り合いでもない人の話を聞かせちゃって。もしあの子のことを知ってたら元気かどうかだけでも聞いておきたかったんだよ。卒業してからもよく店に来てたのに急に来なくなっちまったもんだから…」

「いえ…すみません、私何も分からなくて…」

「いいんだよ!千沙が謝ることなんか何もない!よかったらまたいつでも食べにおいで!」

「おばちゃん!私まだ食べたい!おかわり!」

 テーブルの上をお皿で埋め尽くしていた女の子がさらに料理を要求していた。

 まだ食べられるんだ…。

「今日はもう店終いだよ!あんたらが食べまくるせいでうちの食材はもう底を尽きちまった」

 こうしてお店に居たお客さんは全員退店して行き、定食屋さんは本来の閉店時間よりも早くクローズの看板を下げてしまう。


 私達もお店を出ると二人組が待ち構えていて真っ先に女の子が話しかけてきた。

「なあなあ、千沙は代表選手なのか!?」

「うん、そうだよ」

「そっか!私はシエン!デジタルフロンティアには出るか!?」

「出るけど…」

「やった!楽しみ!いっぱい食べる奴に悪い奴いない!」

 まさかと思うが、この子も代表選手なの?随分と幼く見えるけど。

 謎の理論を掲げ、両手を広げてシエンちゃんは喜んでいた。 

「楽しみだな!千沙は強いのか!?」

「強いかは分からないけど…負けるのは好きじゃないよ」

「そうか!そうだよな!勝つのが楽しいよな!俺も負けないぜ!」

 隣の男の子も元気いっぱいに好戦的な姿を見せる。

「えっと…やっぱりその、二人もデジタルフロンティアに出るのかな?」

「うん!」「おう!」

 二人は仲良くハモっていた。

 男の子は私より少し下くらいだろうけど、シエンちゃんはどう見ても12歳くらいにしか見えない。

「気づいてなかったの?この二人リーフェン学園の代表選手、シエンとフェイよ。

あとリーフェンでは年齢は下に制限無しで飛び級扱いで入学可能。弱肉強食、実力主義のリーシェイらしい合格基準ね」

 理央ちゃんにため息まじりに呆れられる。まだまだ勉強不足で申し訳ない。

「そう!でも試験とても難しいらしいよ!私には簡単だったけど!」

「俺も飛び級で凄かったのにな。シエンは史上最低年齢での合格者なんだ!俺のほうが強いけど」

「シエンのほうが強いよ!ここで証明してもいい!」

「望むところだ!お腹もいっぱいで元気もいっぱいだ!」


  二人は突然距離を取る。シエンちゃんはバク転をしながら、フェイ君は身軽に大きくジャンプをしてお互い軽やかで速い動きだ。

 代表に選ばれるだけあって動きのキレがいい。と感心している場合ではない。

 二人は向き合い構えている。もしかしてここで戦うつもりなの!?

 嫌な予感は的中し、二人は威勢のいい掛け声とともに駆け出し拳や蹴りを繰り出しあっている。

  商業地での争いや試合なんかの喧嘩は島の規則で禁止されている。

 おまけに体育祭前となれば二人には重い処罰が下るはずだ。最悪出場停止になりかねない。

「二人とも喧嘩は駄目だよ!」

「喧嘩違う!フェイが勘違いしてるから教えてあげてるだけ!」

「シエンは頭悪い!きちんと分からせてやる!」

 駄目だ、聞く耳をまるで持っていない。殴り蹴り合いは激しさを増す一方だった。

 私は二人を止める話術を持ち合わせていない。

 そうなると次の手段は実力行使だ。

「はい!ストップ!」

 動きをよく見てシエンちゃんの拳を、フェイ君の脹脛を掴んで動きを止めさせる。

 二人は大きな瞳をぱちくりと瞬きさせていた。

「これ以上続けるなら君達のリーダーに喧嘩のこと言っちゃいますからね!」

「わわわそれまずい!リュイシン怒ると怖い!」

「止める!もうフェイと仲良くする!」

  二人は素直に聞き入れ反省していた。

 リーダーがよっぽど怖いのか、二人は純粋にいい子なのだろう。

 リーフェン学園のリーダーを存じ上げないけど助かった。

「それじゃあちゃんと二人で宿泊施設に戻るんだよ」

「わかった!またね、千沙!」

「今度は千沙と戦う、楽しみにしてるからな!」

 走って行く二人を私は手を振って見送る。

「元気なこった」

「いいじゃない、子供は元気が一番だよ」

「シエンは14歳、フェイは17歳。もう少し落ち着きがないとまずい気はするけど。ありゃただのガキだね」


  14歳か。私はその時って…何をしていたんだろう。

 二人みたいに元気だったのかな。毎日を明るく楽しく過ごせていたのだろうか。

 どんなに考えたって思い出せたりはしないのだけれど。

 昔を思い出せそうになると必ず邪魔をするかのように頭が痛む。

 もしかしたら旭さんも昔の私が知る人なのだろうか。

  そういえばいつからかな、頭痛に耐えられるようになったのは。

 酷い時は痛みで気を失い、その前後の記憶が少し飛んでいると教えられた。

  でも私はもう1年以上記憶を保てている。

 時々さっきみたいな頭痛は起きても少し我慢すれば落ち着く。

 今までは頭痛が怖くて記憶なんて思い出せなくてもいいと思ってた。

 自分に記憶がないのが当たり前と受け入れていた。

  けど、今は違う。過去を知りたいと思う。  

 私はどんな生活を送ってきた?誰と一緒に時間を過ごした?

 本当は天沢旭という女性を知っているのでは?

 その人だけじゃない。もっと多くの、自分が関わった人を忘れている。

 相手は覚えてくれているのに私が一方的に忘れているだけなんて、それはすごく悲しいことだ。

  もし理央ちゃんが私と過ごした今までを全て忘れてしまったら。

 想像だけでも切ない気持ちになってくる。

 知らず知らずに私は大切な誰かを傷つけている?…そんなのは嫌だ。

 『…いいんだ、覚えていないなら』

  途切れ途切れに残っている欠片みたいな思い出。

 姿は曖昧で名前も分からない彼は時折私の夢の中でそう言って笑って見せてくる。

 でも今なら分かる。それは楽しくて笑っているんじゃないんだ。

 ねえ、私があなたにそんな辛い思いをさせてしまったの?

 そんな悲しい顔をしないで…どうしたら心から笑ってくれるの…?

「千沙?私達も帰ろうよ」

「…ごめん。私、用事思い出した。先に帰ってて」

「え、用事って今から?…千沙!」

 もう知らないままじゃ駄目だ。

 呼び止める理央ちゃんを置いて私は走り出した。

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