知りたいー4
体育祭を目前に控え学園が変わっていく。見慣れた場所なのにどこか違う。
飾られた敷地、行き交う情報の多さ。見知らぬ人や文化がすぐ近くで息づいている。
いつもと異なる生活リズム、日常では気づけなかった知人の新たな一面との出会い。
同じ場所なのに違う風景。楽しいイベントの筈なのに心がざわざわとする、不思議な気持ちだ。
数日ぶりに理央ちゃんと夕飯のタイミングが合い、カフェテリアにやってきたら超満員。段差に腰かけたり、地べたに座り込んで食べている人まで居る。
今までに見たこともないほど人で溢れかえっており、とても落ち着いて食べられる状況ではなかった。
「うわーさすが体育祭前日。もはやお祭り状態ね」
「どうしよう…売店で買って帰る?」
「そっちもどうせ混んでるわよ。今この島には通常の5倍人が居ると思いな」
三校の代表選手団や応援生徒に加え、学園都市の一大イベントとあって観光客が普段の倍以上居る。
観光客には前日入りする人も多いので今日はピークに近い状態の人の多さと言えよう。
連日私は練習、理央ちゃんはエンジニアスタッフとして整備に集中していて部屋に食料の買い込みは一切していなかった。
普段から外食はカフェテリアしか利用しない私はこの人の多さを完全に甘く見ていた。
こういうことを去年どう過ごしたか先輩達に聞いとくべきだったのか。
国防科の生徒には予め食材を買い込んで自室で自炊してる子が結構居る。なんて情報はついさっき理央ちゃんに聞いた。
しかし悲しいことに私も理央ちゃんも料理が一切できない。
時折食料を買い置きしたりしてるけど、それも日持ちするパンやスープの類だ。
おまけに理央ちゃんはあまり食に関心がないようで「腹にたまれば何でもいいんじゃない?」なんて言う。
休日はパソコンに向き合い続けて任務から帰ってきた私が「夕飯食べた?」と聞けば「あ、忘れた」と起きてから水以外何も口に入れてないなんて平気で言ってのける。
理央ちゃんは放っておいたら倒れるんじゃないかとよく心配になる。
今、私達の部屋にあるのはミネラルウォーターくらいである。
以前部屋に遊びに来てくれた愛美ちゃんは冷蔵庫を見て「これは料理しない独身の一人暮らし状態だよ。いや、調味料すら無いあたりそれ以上に酷いかも」と驚愕していた。
愛美ちゃんはきちんと自炊もするし、この島の美味しいお店も見つけたりしていて教えくれる。
ここに愛美ちゃんが居てくれればと思うけど、残念ながら愛美ちゃんは体育祭用の衣装の最終チェックで忙しい。
私達はそんな愛美ちゃんが話してくれたお店情報を頼りに滅多に訪れない商業地へと向かった。
やっぱり商業地もかなり賑わっていて遠目から見ても道が人で埋め尽くされている。歩くのすら大変そうだ。
「…夕飯無しでもいいんじゃない?」
「駄目だよ!絶対食べさせる!」
あまりの人の多さにすっかり食欲を失ってしまった理央ちゃんはげんなりとしていた。
私は理央ちゃんが今日も昼食を抜いたと聞いて食べさせることに変な使命感を抱いていた。
「まあ…私のせいで大事な代表まで満足な栄養が取れないのは困るか。仕方ない、行こう」
妙な私の張り切りように理央ちゃんは少し引いていたが歩みを進めた。
目的のお店は中心地から少し逸れた場所にある定食屋さん。
安価でボリュームもあり学生や労働者に人気。
昼食をわざわざここまで食べに来る生徒や講師も居るほど美味しいらしい。
「昔懐かしいお袋の味を楽しむならここだよ!」と愛美ちゃんは推してくれた。
けれど私にはお袋どころか思い出の味なんてなかったし、理央ちゃんは昔から外食が多かったからよく分からないと言っていた。
私達の感想を聞いた愛美ちゃんも「私もお母さんの味というよりはお祖母ちゃんの味かなー。お母さん、あんまり料理作らない人だから」と苦笑いしていた。
その話をした時に皆何かしら事情があるんだなと思ったのは結構最近だ。
自分が普通の生活を送ってきていないのは重々理解していたけれど、だからって誰もが当たり前に両親と幸せに暮らしているとは限らないと知った。
ようやくお目当ての定食屋さんに辿り着くと何故だか店前は人だかりがあるにも関わらず誰もお店に入らないで店内の様子を窺うだけだった。
何事だろうと私達も店内を見るとそこにはテーブルの上にお皿を大量に積み上げている二人の少年少女の姿があった。
二人は言葉も交わさずに一心不乱に食を貪っている。
尚もお皿の塔は高さを増し、新しい料理を運ぶ店員さんの姿まである。
「何してるの?入るよ」
「え!?あ、うん」
理央ちゃんはこの光景に怯むことなく何食わぬ顔でお店へ入っていく。
他にも食事中のお客さんは居たが、皆二人の姿を呆然と見ていて動きが止まっていた。
私達が来店したことに中央まで進んだ所でようやく気づいてくれた店員さんが「いらっしゃいませ」とちょっと引き笑いをしていた。
きっと厨房はこの二人を持て成すので精一杯なんだ。
ちらりと横目で二人を見れば、食べるスピードに衰える気配は全くない。
「二人なんだけど」
「あ、はい。お席がそちらになります…」
そう遠慮がちに指定された席はその二人の隣の席だった。
たしかに辺りを見る限り空席は二人の両隣しかない。
この二人の隣で果たして落ち着いて食事できるのだろうか。
そんな強靭な心を持ち合わせている人がいないからこそ二席は空いていて、これ以上の新しい来客がないのか。
しかし理央ちゃんは気にならないのか指定された席にすぐに座った。
私が躊躇っているのを見て「早く座りなよ」と促してきた。
恐る恐る席に着きメニュー表を手に取る。
もはやメニューよりも二人に目がいってしまって落ち着かない。
よくよく見れば二人は細身で私よりも幼そう。
どこにその量が入るのかと不思議でたまらない。
なによりとても美味しそうに食べ続ける、成長期だからかな…?
二人に気を取られていたら、いつの間にか理央ちゃんが店員さんに注文をお願いし終わっていた。
「あれ!?私何も頼んでないよ」
「ご心配なさらず。千沙はコレにしてあげたから」
そう言って理央ちゃんが指さしたのはメニュー表とは別の紙に大きな文字でチャレンジメニューと書かれた物だった。
"山盛り鳥のから揚げ45分以内完食で無料!失敗の場合は5000円頂戴します。食べきれなかったらお持ち帰り可"と文字のみで写真はなし。どんな大盛りが来るかも予想できない。
「また勝手に!私5000円なんて持ってないよ!?」
「完食すればタダだから平気平気」
「時間制限のある食事なんてしたことないよ…5000円理央ちゃん持ってるの?」
「やだ、貧乏学生がそんな大金持ってる訳ないでしょ」
45分で完食できなければ私達は代金が支払えない駄目な人間ではないか!
理央ちゃんは出されたお冷を涼しい顔して飲んでいる。
「もう…食べるの手伝ってよね」
「残念、手伝い禁止。一人でしか挑戦できませーん」
「ええ!?」
注意書きをきちんと読めばその通りしっかりと書いてある。
信じられない…理央ちゃん自由すぎるでしょ…。
やがて理央ちゃんが頼んだ鯖の味噌煮定食がやってきた。
「おー美味しそう。肉じゃがに和え物の小鉢、お味噌汁に冷奴までついてる。
こりゃボリュームあるわー愛美の言う通りね。いただきます」
呑気に箸を進め始めた理央ちゃんは尚も食べ盛りな横の二人も、正面に座って落ち込む私も気にならないようだ。
仕方ない、意地でも完食を目指すしか…!
そう意を決したのだが、続いてやってきた山が目の前に置かれると眩暈がした。
サラダにご飯、お味噌汁も付いていたが嬉しいセットに思えない。
向かいに座る理央ちゃんの姿が一切見えない。
さらには隣の二人が目を輝かせてから揚げを見てきて思わず代行を頼みたくなる。
「それでは45分計らせていただきます。よーい、スタート!」
店員さんはテーブルにストップウォッチを置いてスイッチを押した。
刻々と時間は進み始める…こうなったらヤケだ!
「…いただきますっ!」
揚げたてのから揚げを一口齧ると衣はサクッとしていて食感が良く、口の中にたちまち肉汁が溢れ出してきて旨味が広がり不安なんか消し飛んだ。
醤油ベースの味付けが白米との相性も抜群で、私はすぐにから揚げの虜になった。
気がつけば夢中になって黙々と食べ続けていた。
順調に半分以上を食べ終えたところで通常の量でもっと味わいつつ他の料理も食べたかったなと思う。
ようやく理央ちゃんの姿が見えるとお味噌汁を飲み干し食事を終えたところだった。
「お腹いっぱいだわ。もう明日何も食べなくても生きられるくらい栄養とった」
「そんな訳ないでしょ、一日三食きちんととってください」
「おやおや、お喋りしている余裕があるのかな?あと15分」
ストップウォッチの数字がちょうど15分を切った。
私は脳裏に5000円の恐怖が蘇り、慌てて食を進める。
不思議と私は未だに満腹にもならず、飽きもこなくから揚げを美味しく食べ続けていた。
このから揚げに何か工夫でもされているのかな。
何だろう…こんなに沢山食べるのは初めてじゃない気がする。
全部食べられるかもと、9割食べきったところで余裕すら持ててきた。
心にゆとりが持て、気にしなくなっていた隣を見れば、食事の手を止めて二人がこちらを見ていた。
いつの間にか周囲のお客さんの視線も二人からこちらに移っている。…恥ずかしい。
「お姉さんすごいな!こんなに食べるの私とフェイ以外で初めて見た!」
「あれだけの量どこに入ってるんだ?胃が4つあるのか!?」
「あはは…胃は皆と同じ数だと思うけど…」
「残り5分ー」
理央ちゃんに煽られたので私はとりあえず食べきらねばと完食を目指す。
人懐っこく話しかけた二人組は私に向き直って食事を見守り続けた。
残り時間1分を切ったところで私は無事山盛りから揚げを食べきった。
さすがにお腹がちょっと苦しい。
すると周囲から拍手が巻き起こり、二人も笑いながら拍手していた。
そんな大したことをしたつもりはないのだけど、ひとまず5000円を支払わなくてよくなり安心する。
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