知りたいー3


  するとボールよりも大きな影がこちらに向かって落ちてくる、というより飛んできた。

 光の反射で朧げで見えなかった姿が近づくにつれて明らかになってくる。

 W3Aに乗った人だ。けれどあの機体は私達とデザインが違う。

 やがて急降下してきた人は私たちの目の前で止まった。

「なあなあ、俺も混ぜてくれよ」

 私達が探していたボールを指先で器用に回しながら話しかけてきた彼はどこか偉そうだった。

「混ぜるのはいいが、お前のリーダーが許さないんじゃないか?」

 月舘先輩の知り合いだろうか、驚きも動揺もせずに応対していた。

「あー許可とか怠いのはいいんだよ!こちとら船旅で飽き飽きしてたとこなんで、早く暴れたくてしょうがないんだ。なんなら順番にデジタルフロンティアで試合しようぜ。アンタ達は楽しませてくれそうだ!」

「デジタルフロンティアは許可無しには出来ない、諦めろ」

「頭固いなー、じゃあ手始めにアンタでいいや、相手しろよ」

「わ、私?」

 急に指されて声が裏返ってしまう。

「ワタシ?アンタ女かよ。なーんだ、いい動きしてるから楽しめそうだと思ったのによ、女じゃつまんねーな。じゃあさ、ツキダテはどこだよ?俺アイツと戦いたくてさー」

  随分好き勝手言ってくれるものだ。

 女だからと実力を見くびられるのは気分が良くない。

「悪いが俺はお前と試合をする気はない。そんなに試合をしたいなら勝ち抜いてくるんだな」

「なになに!アンタがツキダテなわけ!?ラッキー!逃げんなってやろうぜ!試合!」

  話していた相手が探していた月舘先輩と分かるなり彼はどんどん月舘先輩に詰め寄っていく。すごい好戦的な人だ。


「こんのバカタレー!!」  

  突然の乱入者の対処に困っていたら今度は頭上から大きな声が降ってくる。

 急降下してきたもう一人のW3Aに乗った人は迷わず乱入者の頭を思い切り殴った。

「痛ってーな!何すんだよ!」

「本当に申し訳ない。うちの馬鹿がとんだ無礼を」

 殴った相手を無視して真っ先に謝罪してきたもう一人の来訪者は深く頭を下げてきた。

「こんなに強く殴られたらまじで馬鹿になるっての…」

「お前も謝れ!」

 ぼやく彼の頭を手で抑えつけて無理矢理頭を下げさせるとフルフェイスを外した。

 顔が見えた男性は特徴的な褐色肌だった。

「後輩に手を焼いてるようだな、アサド」 

「問題児はコイツくらいなんだがな。とんでもない馬鹿ときた。ほらタルジュ行くぞ」

「せっかくツキダテ見つけたんだぜ。一勝負くらい…」

「駄目だ。これ以上我儘言うなら代表から外すぞ」

「はあ!?ここまで来た意味ねえじゃん!大体アサドに代表決める権限ないだろ!」 

「勝手に船抜け出して他校に迷惑かけるような奴、普通なら外すぞ!リーダーが笑ってるうちに戻るぞ」

「…分かったよ。次会ったら覚悟しとけよ!ぶっ潰してやる!」

「言葉遣いが悪い!」

 アサドさんはもう一度殴るとそのまま引っ張る形でタルジュさんを連れて行ってしまった。

  彼らの進行方向には大きな飛空艇が見えた。

 飛空艇は私達が入学式の日に乗った遊覧船とは違い、長方形に大きく赤茶色で遠くから見てもすぐに発見できる程に目立った。

 前方には大砲が搭載されていて、まるで空飛ぶ戦艦みたいだった。

 きっとあの飛空艇に乗って彼らはやってきたのだろう。


「今年のバルドラの新人は随分騒がしいみたいだな」

 タルジュさんが落としていったボールをすかさず拾っていた常陸先輩が両手でボールを回していた。

「そろそろ他校が集まる頃だな。くれぐれも喧嘩沙汰なんか起こすなよ」

「な、なんで私なんですか…」

  月舘先輩は視線で私を見て言い切った。

 そりゃ常陸先輩は風紀委員の委員長で問題があればむしろ取り締まる側ではあるけれど、私は素行が悪くないように努めているつもりだ。

「お前、すぐ巻き込まれるだろ」

「あー分かる、天沢さんそんな感じ。それか問題事呼び込むタイプだな」

「そんなことない…ようになりたいです」

 きっぱり反論したかったのだが、入学してから今までの自分の行動を振り返ると決して平穏に過ごせたとは言い難い。

 つい濁した言い方になってしまう。

「あはは、願望だな。まあ俺等が傍に居る間は平気だろ」 

  風紀委員の委員長に生徒会の副会長が傍に居て問題が起これば逆に宜しくないだろう。

 もし問題を吹っかけてくる人が居るなら、とんでもない人達を敵に回していることになる。頼もしい限りだ。

「ゲームに納得いかねえけど時間考えたらそろそろ移動だな。戻るか」

  勝敗の決着に不完全燃焼なのは拭えなかったけれど、先輩達の私に対する態度に少しだけど余所余所しさがなくなり、私も前より自然と笑えるようになった気がする。 



  他校の代表生徒の一覧は貰って目を通したものの他校や他国についてあまり詳しくはない。

 気になって移動中に二人に尋ねると簡潔に説明してくれた。

  先ほど出会った二人は砂漠の国バルドザックのバルドラ学園の生徒で、二人とも代表選手。

 国土はほぼ砂漠で人の住む場所は首都ジータと流浪の民族が移り住む集落のみで、人口は少なく、学園が設立されてから10年も経っていない世界の軍事養成学園で最も新しい。

  近年で著しく文明成長した国でもあり、設立当初の体育祭では成績は振るわないでいたが、最新機器に慣れてきたのか今勢いが一番あるそうだ。

 昼夜温度差が激しい過酷な環境に住む彼らは音楽を愛し陽気で丈夫な身体を持ち合わせているのが特徴だ。


  もう一校は山岳に囲まれた国リーシェイにあるリーフェン学園。

 古来より武術に秀でている国で軍人個々の強さは世界で一番。

 武術における強さを何よりも重視していて、自信に満ち溢れている人が多く競い合いを好むお国柄。

  その一方独自の薬学療法が発達していて、険しい山地帯が多いが国民は健康で屈強な身体の者が多い。   

 もともと兵士の養成施設があったそうだが、最新機器を多く取り入れるにあたって軍人養成学園を新たに設立した。

 戦闘センスに優れている者が多いので個人戦がとても強いそうだ。


  話を聞いているうちにデジタルフロンティアのスタジアムに辿り着きリングに向かうといつもとは違う空気が漂っていた。

 白や水色を基調とした制服に身を包んだ生徒達が数名居り、二人が先にデジタルフロンティアを使用していた。

 彼らに付き添うように空閑先輩の姿も見え、どうやら施設の説明を行っているみたいだ。

  リング内の試合は白熱していて、実力も相当だ。

 きっと彼らが代表選手なのだろう、思わず試合の行方を食い入って見てしまいそうになる。   

 見学している生徒は応援するでもなく冷静に設備のチェックや試合を見守っていた。

  学生らしからない大人びた彼らが昨年の体育祭優勝校、ルイフォーリアム学院の生徒だ。

 彼らの国では学院を卒業したら軍人ではなく王家に忠誠を誓う聖騎士団員になり、現在は学生ではなく騎士見習いという扱いだそうだ。

 学園名も正式名称はルイフォーリアム聖騎士養成学院となっており他の学園とはカリキュラムも異なる箇所が多い。

 統率力に長けていて、落ち着きのある振る舞いや礼儀正しさなど教育が行き届いている。

  国民は皆、ルイフォーリアムを守護する神、ディオーネ神を崇めていて毎朝祈りを欠かさない。

 そして女王は平和の象徴と讃え愛され、聖騎士団は安全な生活を守ってくれる敬意の対象になるそうだ。

 とても穏やかな人達が多いが、聖騎士団は気高く誇りを持つよう指導される為少々お堅い印象になるそうだ。


「お久しぶりです。佳祐、龍一」

  こちらに気づいた女性が歩み寄ってきた。

 ふわりと波打つ長い髪に人形のように整った顔立ちは騎士というよりはお姫様みたいな人だった。

 透き通って凛と響く声はきっとどんな騒音の中でも聞き分けられそう。

「久しぶりだな、クラウディア」 

「今年はクラウディアがリーダーなんだってな、やっぱお前はすごいよな」

「いえ、私はまだまだ未熟なのですごくはありませんよ。ですが、ルイフォーリアムが今年も勝ちます」

「今年の総合優勝はアルフィードが取る」

「ふふ、良い勝負ができるのを楽しみにしています。それでは私達はそろそろ失礼しますね」

  リング内の試合の決着が着き、接続を切断した二人が操縦席から出てきた。

 他の生徒は彼らを出迎えつつも機材を間近で確認していた。

「佳祐、ぜひともあなたとは一度お手合わせ願いたいです」

「勝ち上がれば戦うだろ」

「そうですね、楽しみにしています」

  そう告げるとクラウディアさんはルイフォーリアム生の輪へと戻って行った。

 よく見ればルイフォーリアムの生徒はクラウディアさん以外全員男性だ。

 リーダーである彼女は自身より背の高い人達に囲まれようと堂々と意見を取りまとめ指示を出していた。

 その姿は大人びていてカッコイイ。私もあれくらいテキパキ話せればな…。


  次は私達の練習時間の番だ。ルイフォーリアム生への案内を終えた空閑先輩もこちらに加わり早速試合の準備に移っていた。

 私達は控えの選手も含めて総当たりで練習試合を重ねている。

 かなり現実に近く設計されているとはいえ仮想空間での動きや体感はまったく同じとはいかない。

 様々な感覚に慣れるべく、なるべく違う相手と試合し回数を回すようにしている。

 各校の練習時間は限られているので今回最初の順番である月舘先輩と空閑先輩は準備を終えるとすぐに試合を始めた。

  すると運営担当の生徒や観客席で見学に来ていた他校生まで会場に居た誰もがリングを見た。

 視線の集まる先は月舘先輩だ。本当に先輩は多くの人に知られているんだな。

 他校と接する機会は数少ない、それなのに個人がここまで注目されてるなんて。

 単純に警戒されているのか、それとも知名度が高いのか。

 ランカー選手となれば学園内では名前が知れ渡るだろうけど、他国の人にまで認識されるなんて。そこまで有名になっちゃうのかな。

「月舘な、去年1年生でデジタルフロンティアの代表に選ばれた挙句、2位まで取っちゃったもんだから今年目の敵にしてる奴が多いんだよ。もともとの人気もあるけどな」

  周囲の視線を気にしていたら常陸先輩がこっそりと説明してくれた。

 なるほど、上位を占めるのは当然2年生で翌年は卒業してしまうので望んでも再戦は果たせない。

 1年時に実力が目立った選手は注目の的になるし、おまけに2位なんて好成績だ、妙に納得してしまう。

 きっとアサドさんもクラウディアさんも親しげに話していたし二人も去年の代表だったのだろう。

  再戦をしたい気持ちは今の私なら分かる。

 学園に入る前にはなかった悔しいという気持ち、試合中のあの高鳴る時間をもっと続けたいという欲求。

 これはきっと一度芽生えたら心のどこかでずっと燻っているんだ。

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