誇れる自分ー4

「千沙ちゃんと試合なんて何考えてんだよ!」

  今日はランク戦で自分の試合はない。

 それだけを確認して、他人の対戦表まで詳しく見ていなかった。

  体育祭の旗取り合戦の代表選手決定戦がある日は皆そちらに集中するので例年試合が少ない。だが、同じ生徒会である奏は試合があると言う。

 最初はSランク選手で人気があり、競争率の下がるこのタイミングに敢えて指名する奴がいたか。くらいに思っていた。

  ところが奏の対戦相手をよく見れば千沙ちゃんではないか。

 千沙ちゃんは自ら指名することがほぼ皆無だ。

 しかしAランクである彼女が上位の奏との試合となれば指名を行わなくては試合が成立しない。

 となれば何かしら理由があって奏を指名したか。はたまた、奏が彼女に指名するよう頼んだか。のどちらかになる。

 俺は後者だと踏んでいる。最近、奏の様子は少しおかしい、千沙ちゃんが絡むと顕著だ。


「互いが了承の上で戦うだけじゃない。将吾もそうしたでしょ、いけない?」

「悪いとかじゃないけどさ。何だって代表選手決定戦の日にしたんだ、後輩に優しくないだろ?」

「自分の気持ちに正直に。将吾がよく言ってることよ」

「それだって空気は読んで行動してる」

「じゃなきゃ風祭家の三男坊は務まらないものね。好き勝手やっているように見えるけど限度は弁えているもの」

「いいんだよ、家の話は。俺が言いたいことはな――」

「今さら試合を棄権しろって言いたいの?向こうだってコンディション整えてきているでしょうに。それこそ先輩としてどうなの?」    

「ちゃんと人の話を聞けよ!少し落ち着けって」

「落ち着いていないのは将吾じゃない」

 もう心が決まっているからか、奏は俺の言葉など聞く耳を持たない。


  奏は自尊心が強い。

 その強い心のお蔭で品位も学業も実技も極めて優秀で、女性としても生徒としても完璧に近い。

 人として非の打ちどころがないと世間は彼女を褒め称えるが実はそうではない。

 時折劣等感を感じることはあってもあらゆる方面で明確な負けを味わっていない。

 そこが奏の大きな弱点。簡単に言い換えれば心がまだまだ幼稚なのだ。

  何事にも負けるなんて微塵も思わない。

 だからこそ自分の脅威になろうとする者、特に同性である女性には厳しい。

 風紀委員の鳴海雪奈も優れた女性で中々に挑発的な性格なのだが、他人とは上品に接しようとする奏が会えば売り言葉に買い言葉のような会話を繰り広げる唯一の相手である。

 それでもいい意味でライバル視しているようで、今では生徒会と風紀委員の間では二人の煽り合いは定番のくだりみたいになっている。

  余裕を見せて強気ではいるが奥底で負けを恐れるからこそ苛立っている。

 競争社会では誰しもによくあること。奏だって普段なら上手く隠すだろう。

  女の苛立ちに男が口を出すのも野暮なので俺はそっと見守っていたのだが、奏の千沙ちゃんに対する嫉妬心は異常だった。

 周囲からちやほやされることに慣れきっていた奏には期待の新星のような彼女の存在は疎ましかったのか。

  きっと同級生同士である1年生が褒め称える程度なら面白くないと軽く不満に思う所に留まって居た筈だ。

 ところが自分が一目置く存在達が千沙ちゃんを認めている。

 それが奏にとって耐え難いのだろう。

 特に今俺の隣に居る男、生徒会副会長である月舘佳祐。


「…佳祐も何とか言ってくれよ」

 淡い期待を込めて助言を求める。

「ん?ああ…いい試合を楽しみにしている、頑張れ」

「任せといて!じゃあ行ってくるわね」

 ついさっきまでの不機嫌はどこへやら、奏は不敵に笑って見せたが輝く瞳は喜びを隠しきれていなかった。

 自身を素敵な女性に魅せる為の工夫を細やかに研究し尽くした奏は歩き方にも気を付けているのだが、普段しない小走りでデジタルフロンティアの選手控室へと向かっていった。

 それにしても…たったその一言でいいのかよ!俺以上に単純だな!

「お前さ、罪作りな男だよな」

「罪を作っているつもりはないが、何か間違ったか?」

「いや、いい」

  奏のご立腹の原因は単純明快。素直になれずに拗れに拗れてしまっただけだ。

 しかしこればかりは俺が解決してやることもできず、当人同士でどうにかしてもらうしかない。

  生徒会メンバーのご機嫌調節は会長である悠真の担当だ。

 自分は人間関係に神経を使うのは避けたいと思うものの多忙な悠真はあまり行動を共にすることはない。

 一人はプライドの高いお嬢様、一人は感情表現が乏しい挙句、鈍感ときた。

 俺には大きなため息をつくしかできなかった。


  体育祭の開催に伴って生徒会の仕事が増えたのでデジタルフロンティアの指名を行わずにいたら俺も佳祐も今週の試合は無しだった。

 それだけ大勢の生徒が旗取り合戦の代表決定戦に集中していて、わざわざ強敵と戦おうという物好きはいなかった。

 仕事はあるものの折角の無試合日だ、合間に観戦くらい良いだろうと、奏と千沙ちゃんの試合を観に行こうと佳祐を誘えば、大抵予習だの復習だの言って断る彼が珍しく付いてきた。


「うわー満席だな」

 二人の試合に注目しているのは俺達だけではない。

 今日は試合数が少ない分、観客も少ないかと思えば一般客が多い。

 この後行われる旗取り合戦代表決定戦の観戦も目的だろう。

 実況が間もなく始まる本日の最終試合の解説を始めれば会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。

 俺達は座ることを諦めフェンス越しに立ち見する。

「どっちが勝つと思う?」

「…花宮は決して弱くない、だが現状勝率は低いだろうな」

 佳祐が千沙ちゃんに肩入れしている感覚はあったもののそこまで言い切るか。

「へえーそれはちょっと奏が可哀想じゃないか?」

「だから花宮を応援している」

「千沙ちゃんは応援しないの?」

「あいつには不要だろ」

「――前々から気になってはいたけどさ。佳祐にとって千沙ちゃんてなんなの?」

 元々口数が少ない奴だが特に自分について語りはしない。

 悠真も自分について話したがらない奴で尋ねても上手く流してしまう。

 しかし佳祐は尋ねれば大抵答えてくれる。彼の誠実さがそうさせるのだろう。

「…勝ちたい相手だな」

 佳祐は自分の感情に嘘を吐かない。

 デジタルフロンティアではSランクを維持し続ける無敗の佳祐にここまで言わせるのか。

 過去に何があったか、そこまで言わせる理由は何か。

 大いに気にはなったが、選手の登場により歓声は一際盛り上がり、会話を続けるのは困難そうだ。

 仕方なくリングに目を向ければ、試合前の高揚や緊張とは異質の空気が広がっていた。


     *


  やっぱり綺麗な人だな。

 リングに登場した花宮先輩は花のように可憐で、それでいて芯の通った凛とした佇まいでつい見惚れてしまう。

 デジタルフロンティア用の衣装も特注仕様で淡い桃色と上品な赤を基調とした物になっている。

 花びらのように重なってできたスカートが女性らしさを演出し、この服が似合うのは先輩しかいないと思わせる着こなしだ。

「何ぼーっとしてるの、早く構えなさい」

「は、はい!」

 慌てて手の甲のパレットから剣を抜き出し構える。

「本当、どうしてこんな子なんかに…」

「え?」

『それでは本日の最終戦を始めましょう!!3、2、1――ReadyFight!』

 先輩の呟きは上手く聞き取れなかったけど、互いの構えた姿勢を確認した実況は高らかに試合開始の合図をコールした。


  瞬間、風が頬を掠め急いで後退する。

 風の正体が先輩の放つ突きの連撃だと気づくのに少し遅れる。

 彼女の目つきは鋭く本気だということが伺える。

 やはり簡単に終わる試合にはならなそうだ。

  私が体勢を崩したのを見落とさず、素早い突きの連撃は容赦なく襲ってくる。

 速い、けど避けられないことはない。隙を見つけて反撃に転じる。

  花宮先輩はふわりふわりと舞う様に私の攻撃を避ける。

 戦いまでも優雅でこの人はどこまで美しいのだろうと感嘆してしまう。

 見事私の連撃を避け切った先輩は上品に着地していた。

 私はただ綺麗だと感心してしまう。

「瞬きばかりしてどうしたの?試合中なのだから集中なさい」

「ごめんなさい!先輩お綺麗だなーと思って…」

「それはどうも。けど気を抜いていると私が勝っちゃうわよ」

 すかさず強い一撃が顔目掛けて飛んできたが剣で攻撃を防ぐ。

「縁起が悪くなるから試合するからには勝ってこいと言われてて…それに負けるのは好きではないです!」

 力いっぱい先輩の剣を弾き返すと花宮先輩は少し苛立って眉をしかめた。

「生意気ね」

  今度は私の不意を狙わずに真正面から連撃を繰り出してきた。

 先輩の得意攻撃は高速かつ正確な突きの剣技だ。

 一度攻撃に捕まれば連撃をもろに全て受けるのは必至だろう。

  そう思って警戒していたのに…今日の先輩はどこか変だ。

 調子でも悪いのか、剣速は普段より素早く鋭いくらいだが持ち味の正確さが欠けている。

 先輩らしからず乱暴にも見える。


 ―――ここだ! 

 隙を見つけて花宮先輩の剣を弾き上げる。

 先輩がよろけて体勢を崩すことを期待していたのだが、先輩の手から細剣は離れくるくると宙を飛び私の右手側面の壁へとぶつかり落ちた。

 先輩は驚愕して目を見開き立ち尽くす予想以上の結果となった。   

  花宮先輩は自分が大きな隙を作ったことへの失態が許せなかったのか一度顔を俯かせ、再び顔を上げると私を思い切り睨み付けてきた。

「何で攻撃しなかったのよ!今のは反撃をする絶好のタイミングだったはず、どうして!」

「…先輩の…調子がいつもと違うなと思いまして…」

 指摘をすべきか悩んだけど、やはり本調子ではない人と試合をするのは気が引ける。

「そう見えたからって情けを掛けたわけ?なめられたものね、戦いに情けなんか必要ないわ」

「私は…試合はお互いが万全の状態で全力を尽くして行うべきだと思っています」

「お互いが万全の状態?そんなの都合よく合うほうが稀だわ。怪我や病気を抱えたまま試合に臨むこともあれば、悩みや不安が解消されない時だって誰しもある。トラブルなんてつきもの、それをどう対処するかも実力のうち。甘えたこと言わないで!」

「そうですね…私の言っていることは理想論だって分かっています。上手くいかない時も沢山あるけど、それでも選手は皆、万全の状態を試合に持ってこられるよう努力をしています。今の先輩はどこか変です。試合に集中しきれていません。私とは別の、違う何かと戦っているような気がします。だから攻撃しませんでした……お気を悪くさせてしまい、すみませんでした」

 自分の素直な気持ちを述べて謝罪したが先輩は納得していないようで、顔は険しいままだ。

  通信越しにセコンドの理央ちゃんのため息が聞こえたので、理央ちゃんに対しても小声で謝る。

 きっと彼女も先程のタイミングで勝敗を決めるぐらいの攻撃を期待していたに違いない。

『いいよ、千沙のそういう真っ直ぐな所は嫌いじゃない。自分の気の済むようにやりな』

 理央ちゃんに「ありがとう」と伝えると黙り込んでいた目の前の先輩は剣を取りに歩き出していた。

 細剣を手に取り深呼吸し、迷いない瞳で私を見据え剣先を私に向けた。

 勝とうとする強い意志が全身から放たれている。

 今度はもう大丈夫だ。私も油断しないように剣を構え直す。

「勝負を決めなかったこと、後悔なさい!」

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