誇れる自分ー3
旗取り合戦の代表選手決定戦に出場するにあたり、麻子さんと鈴音ちゃんと夕飯をとりながら作戦会議をしている。
参加締切の今日は木曜日。代表決定戦のトーナメント表の発表が翌日の金曜日。
体育祭が終了するまでの土曜日曜は任務もお休みになり、明後日には旗取り合戦代表決定戦が行われる。もう時間はあまりない。
旗取り合戦について無知な私はステージやルールの把握、二人との連携の確認などやることは盛り沢山だ。
前々から出場する気であった人達から比べれば確実に出遅れている。
急ピッチで進めなくてはならない。
集団戦は経験が少ないのであまり自信はない。
一人と違って戦術は膨大にあるだろうし、旗を守りつつ、相手の旗を奪う攻守のバランスは上手く想像できない。
「千沙は難しく考えなくていいんじゃない?」
旗取り合戦は三対三の戦いだが、建物が入り組んだステージで対戦することもあるので各チーム情報管理役としてオペレーターを一人用意できる。
オペレーターは別室でステージをマッピングし敵位置の把握など音声通信のみでチームメンバーとの情報のやりとりが可能だ。
そのオペレーターを私達は理央ちゃんにお願いした。
「そんな、出るからには勝ちたいよ」
「いや、あんたはアタッカーに徹してればいいってこと」
「そうですわ。千沙さんの速さはまさに点取り屋、旗取りに打ってつけです。ぜひ敵陣営の旗を取ることに集中していただきたいです」
「でも、守りは?」
「
「心配なさらないでください、私が攻防両方こなしますので」
たしかに状況判断に優れている鈴音ちゃんが旗の攻防を両方してくれるのは助かる。
「私もそうしなくていいの?」
「ええ。私と鈴音二人でも手に負えないと思った時だけ、千沙さんが自陣の旗を守りにくるのは最終手段で大丈夫ですわ」
「最悪ピンチになってもあんたがさっさと敵の旗を先に取っちゃえばこっちの勝ちなんだから。迷わず旗だけ狙いな。最終手段が必要かどうかこっちで判断してあげるから」
「わかった」
「基本は千沙さんと鈴音のツートップで旗を取りに行ってもらい、場合によっては私も攻めに入り一気に畳み掛ける戦法で行きたいですわ」
「へえー麻子さん攻め攻めね。私その戦法好きよ」
「守りに徹するよりはガンガン行ったほうが楽しいですもの」
理央ちゃんと麻子さんが戦術で盛り上がり始めたので私はひっそりと隣に座る鈴音ちゃんに話しかける。
「麻子さんすごいノリノリだね。ちょっと意外だった」
「友達と一緒に戦うという事は麻子様にとって初めてなので嬉しいのでしょう。強引な節もありますが、それを実行できるだけの力もおありです。多少の無茶は私がカバーしますので、千沙さんものびのびと攻めてください」
きっと鈴音ちゃんにとっては麻子さんの発言や行動は慣れっこなのだろう。
柔らかく微笑む鈴音ちゃんに今まで以上に頼もしさを感じた。
攻めるだけでいいと皆が言ってくれるならシンプルで助かる。
全力で旗を取ってチームに貢献できるようにしよう。
「こんばんは」
簡潔とはいえ話がまとまり出した頃に可憐な声が割って降りてきた。
私達に話しかけてきたのは生徒なら知らない人はいない、2年生国営科の花宮奏先輩だ。
「こんばんは、花宮先輩。私達に何かご用でしょうか?」
麻子さんが物腰柔らかく応対するが先輩の視線が痛いほどこちらに刺さる。
「ええ、天沢さんに用事があるの」
指名され思わず肩が竦む。
先輩がわざわざ直接会いに来てまで私に話したい用事っていったい。
注意とかかな。でも最近はそんな目立つ行動はしていないはず。
はたまた何か気に障る様なことをした?それとも生活態度が悪いとか?
頭の中が軽くパニックになっている私に花宮先輩は予想外の発言をする。
「単刀直入に言うわ。明後日に私とデジタルフロンティアで対戦して欲しいの」
突然の試合の申し込みに私は驚くことしかできず口が開いたままになってしまう。
「ちょっと待ってください。千沙は明後日、旗取り合戦の代表決定戦に出ます。試合をしている余裕はありません」
「あなた、旗取り合戦に出場する気なの?」
「え、あ、はい」
私が旗取り合戦に出ようとしていることか、私の態度が気に障ったのか分からないけれど。
花宮先輩の整った眉がぴくりと動いた。
「そう。でも試合の時間帯は被らないように運営側が措置してくれるから問題はないはずよ。どちらにしても天沢さんなら指名されて明後日も試合があるでしょう。対戦相手が私になるだけだわ。それとも私が相手じゃご不満かしら?」
たしかに。私はAランクになってからもデジタルフロンティアでは必ず誰かに指名される為、休みだった週は一度もない。
おそらく明後日も誰かしらと試合を組まされるだろう。
しかし、その相手がSランクである花宮先輩となれば全くの対策無しには試合に臨めない。
今は旗取り合戦に集中したい気持ちが強いからできれば避けたい。
「あの、体育祭が終わった後では駄目でしょうか?今は旗取り合戦に全力を尽くしたいので…」
日付をずらしてもらえないかと交渉を試みるも「私は明後日でないと困るの」とバッサリ断られてしまった。
「何でこのタイミングに試合なんですか?理由くらい聞く権利ありますよね」
デジタルフロンティア登録選手はこぞって旗取り合戦の出場に照準を合わせるのでこの時期ランク戦は休止されずとも、対戦希望者が少ないので行われる試合数も減り、通常の半分以下になるそうだ。
そんな大切な時期に花宮先輩が試合を申し込んでくるなんて。
先輩相手にも物怖じしない理央ちゃんが少し語気を強めて質問すると「天沢さんの実力を“今”計りたいの。それでは理由にならないかしら?」そう花宮先輩はにこりと笑って余裕を見せた。
私の実力なんて計る必要性は感じないのだけれど、花宮先輩は私の了承をじっと待っていた。
「…逃げるの?」
きっと花宮先輩にとっては軽い挑発だったのかもしれない。
けれど私にとって"逃げる"という言葉は挑発以上の意味がある。
もう逃げないと決意した。だから今私はここにいる。
逃げない覚悟をしたから皆と共に居られるの。
「わかりました。試合、受けさせていただきます」
横で理央ちゃんの小さなため息が聞こえた。
最上位のSランクである花宮先輩は同位であるSランク以外の選手、下位である選手には相手の同意なしに希望の相手と戦うことは不可能。
私さえ対戦を望まなければ試合は成立しないのだけれど、逃げるわけにはいかない。受けて立つ。
私の返事を聞くなり花宮先輩は手際よく携帯端末のパッドを操作しデジタルフロンティアの試合申し込み画面を開くと私に見せてきた。
どうやら目の前で試合を行う確約を取りたいのだろう。
花宮先輩との指名合いを了承するかの説明文章の下に"YES"と"NO"の選択肢ボタンが表示されている。
私は迷わず"YES"に触れ、自身の選手認証コードを入力する。
申し込み完了画面に切り替わると花宮先輩はパッドを自身の胸元へと引き寄せ抱える。
「明後日、楽しみにしているわね」
先輩は何てことない動作も絵になる。去るだけなのに見惚れてしまいそうになるほど美しかった。
「受けちゃいましたね」
そんな先輩の姿をぼんやり眺めていると、麻子さんのいつもと同じ柔らかい声に背筋が凍った。
「ご、ごめんなさい!つい…」
いくら試合を受けるにしても皆から了承を得てからするべきであった。
怒っていたらどうしよう。
「大丈夫ですわ。作戦は決まったようなものですし、ライバルの情報収集は私達で進めておきますから」
「売られた喧嘩を買うのは嫌いじゃないけどねー今回は相手が面倒」
内心はどうか分からなかったけれど、どうやら皆怒ってはいなさそうであった。
「もしかして体育祭の代表選考に詰まっているのではないですか?千沙さんとの試合次第で代表入りを決めるというのは」
「なくはないだろうけど…遅くない?もう大方内定してるでしょ。なーんか嫌な感じするのよねー、女の陰湿な感じが」
「ふふ、人気者は忙しいですわね」
こうして私は明後日にデジタルフロンティアでの強敵との試合、更には旗取り合戦代表決定のトーナメント戦まで出場することになったのだった。
もちろん全てに勝ちたいが、未知の領域に不安は大きかった。
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