自分を信じてー1


  天気が良く少しだけ暑さを感じる今日みたいな日は木陰の下が丁度良い。

 昼休み、人だかりを避けて校舎隅にある木の下のベンチで疲れを癒すべく昼食をとるとぐったりとしてしまう。

 学生がこんなに忙しい生活を送っているなど想像もしていなかった。

 勉強は難しく空いた時間は殆ど復習に時間を費やしているのにまるで追い付ける気配がない。

 授業だけではない、任務や試合だってある。それなのに普通の学生は常に勉強もしつつ趣味を楽しみ、学友と交流も深めているなんて…私には到底その普通を手に出来る気がしない。

  学園生活って友達と笑って楽しく過ごすものだと思っていたのにな…自分の過ごした普通とは違う日々と幼稚だった選択を改めて重く感じる。

 今更自分が楽しさや嬉しさに満ちた日々を送れるとは思ってはいなかったけれど、それでも少なからず普通の学生に憧れがあったのは事実だ。

 今の私は憧れからは程遠い、人付き合いは相変わらず上手くいかないし、特に勉学は…悲惨だ。


  堪らず座っていたベンチの背もたれに上体を深く預け空を仰ぐ。

 正面にある校舎がやけに大きく思える。天高く聳える壁にも感じる校舎から視線を少し逸らすとそよ風に揺れる葉と枝が視界に入る。

 立派に育ったこの大木は校舎に届きそうだ、これなら木から窓へと飛び移って校舎に入れそう。

 足場の想定をしながら座るのに良さそうな箇所を見つける。

 柔らかな風に葉の隙間から差し込む温かな日光の中でお昼寝したら気持ちよさそう…いけない、気を強く持たなくては。

 自分の問題から逃げるように思考が働いていることに気づいて頭を思い切り振ると掛けていた眼鏡がずれてしまったので慌てて直す。

 新生活が始まってゆうに二月ふたつきが経とうと環境に付いていけていない私が会話をする数少ない人物、東雲さんは隣に座る私の行動を横目で見て「またやってる」と半ば呆れていた。


「もう眼鏡外せば?邪魔でしょ」

「付けているほうが落ち着くから…」


 鴻君との試合後、今度こそ約束通り鴻君は私達に陰湿な嫌がらせをすることはなくなった…それでも嫌味はいっぱい言われるけど。やっと落ち着いた学生生活が送れると期待したのも束の間、デジタルフロンティアに選手登録してしまったせいで私は毎週末必ず試合をしている。

 最初の頃は試合に勝利することで得られる戦績ポイントが少ない女の私になら勝てるだろうと鴨のような扱いで対戦相手に指名されていた。

 目立たないよう派手な戦い方を避け地味かつ素早く試合をこなし続けたのだが、どこかの誰かが私が一度も負けていない事実に気づき校内新聞に載せられたのが運の尽き。

 それから最下位であるCランクの中でも高ポイントの持ち主、すなわち物好きな実力者に目をつけられるようになり、結局私からは一度も指名をしていないにも関わらず試合のない週末がなくなってしまったのだ。

 小さな抵抗のようにデジタルフロンティアの時以外は入学当初から変わらず三つ編みと伊達眼鏡をしている。

 元々友人、知人が少ないおかげか眼鏡の私がデジタルフロンティアの選手だという認識は周囲にあまりない。

 それ以上に1年生では飛山君が圧倒的な実力を見せつけ早々にBランクへと昇格し注目されていた。

  デジタルフロンティアの華は何と言っても高位であるAやSランクの上位ランカー達の試合だ。特に上位ランカー達の試合は会場の満席は当たり前。

 おまけにAランク以上の選手が試合をする際は学園の敷地内である島内に限るが中継放送もされる。

 観客が100人前後にしかならないCランク、しかもその中の新人が少し目立とうが上位ランカー達の前では霞むに決まっている。


「隠れたルーキー、無敗の新入生、閃光の剣士。すっかり一部では有名人ですな。どんな通り名が馴染むのか楽しみだねー」

「もう、他人事なんだから。私は早く試合が終われば記憶に残らないと思って…」

「あんな瞬殺で試合終わらせば嫌でも目立つっての。おまけに得られる戦績ポイントが高くなって相乗効果抜群よ」

「なっ…気づいてたなら教えてよ!」

「あんなに圧勝だと気分いいじゃない。まあ上のランクから指名されないのがまだ救いでしょ」


  デジタルフロンティアは常に指名によって試合が組まれるシステムになっている。

 しかし対戦相手に指名するにはいくつかルールがあり、自分と同ランクか上位ランクの選手にしか指名はできない。

 私は現在一番下のCランクに所属しているため、Cランク以外の人からは指名されない。

  ランクは入れ替え制でBランク以上の人が負ければ勝った相手のランクと入れ替わる。対戦相手が同ランクまたは自分の方が上位のランクの場合だと勝っても戦績ポイントが加点されるだけでランク変動はない。仮にCランクの選手がSランクの選手に勝てば一気にSランクになれる。

 ならば、今Cランクの私がすぐにSランクの選手に試合を挑めるかというとそうではない。上位ランク選手への指名権を得るには戦績ポイントが必要になる。

  戦績ポイントは試合が終了した時点で勝者の残ったライフポイントがそのまま戦績ポイントになる。勝者には加点、敗者には減点といった具合だ。

 ライフポイントは100ポイントで試合が行われるので一試合で動く最大ポイントは100となる。

  上位ランクの指名に必要な戦績ポイントはBランク選手には100ポイント、Aランク選手は500ポイント、そして最高位Sランク選手は1000ポイント。

 上位ランカーになるにはただ勝てばいい訳ではなく、より多くのライフポイントを残して試合に勝ち、戦績ポイントを貯め指名権を得る必要がある。

 その為、戦績ポイントが低い者は弱者に見られ鴨扱いを受ける。


 Bランクには勝って名声を得たい目立ちたい奴が多い。

 Aランクには自分の実力を高めたい実戦馬鹿が多い。

 Sランクには本当に強い奴か極度の実戦馬鹿のどちらかしかいない。

 …というのがあれからずっと私のセコンドを務めてくれている東雲さんの持論だった。

 成り行きでデジタルフロンティアを始めた私はランクアップをする気はないのであまり関係ない話だけど。

 

「でもこのままじゃ選手権利自動破棄が適用されないから困るよ…」

  デジタルフロンティアの登録選手が指名をすることもされることも無い状態が三ヶ月続けば試合に参加する権利を剥奪される、選手権利自動破棄という規定がある。

 再登録も可能だが戦績ポイントやランクはリセットされ一からのスタートになる。

 私はこの選手権利自動破棄を期待しているのだけど、一向に指名が止まらない以上、選手登録の際に同意させられた規定に則り試合を続けなければならない。

 同一の相手との再戦は一月ひとつき できないシステムだが、Bランク以上にはあるランクの所属人数制限がCランクには設けられていないので選手の数が多い。

 あまりに弱い姿を見せればポイントの餌食として指名されるだろうし、強さをアピールしようものなら強者に目をつけられる。

 指名を無くすのは私にとって難しく頭を悩ませているのが現状だ。

 手を抜くのは苦手だし、元々試合で手を抜くのはあまり好きじゃない。

 相手のプライドを傷つけるのは分かっている。

 だけど私は目立ちたくはない、とにかく勉強時間を確保したい。


「千沙は卒業まで破棄なんてされないと思うけどね」

「私はひっそりと平穏に暮らしたいの!」

「理想と現実は違うってね」

「東雲さんの意地悪」


  そんな日常会話をしていると突如、頭上からバサバサという音がして見上げると、校舎から白い紙が沢山舞い降りてきていた。

 東雲さんが一枚手に取って見るとそれは洋服のデザイン画だった。

 私は芸術には疎いがその一枚からは情熱が感じられ、空中を舞うべき物ではないだろうと思い視界に捉えた分を急いで拾い集める。

「おー閃光の名は伊達じゃないねー」

  拾い損ねた分がないかと辺りを見回していると東雲さんは口笛を吹いた。

 彼女は真面目に取り繕わないが根は面倒見が良い。

 今も自分の周囲に落ちてきた分は拾ってくれたし、私みたいな厄介な人でも行動を共にしてくれる。

「また茶化すんだから。それにしてもこんなに沢山、誰のかな」

「さあ。大事な物なら拾いに来るでしょ。そうじゃなきゃ誰も来ないわよ」

 改めて束になったデザイン画を見ると、どうやら全て何かのコスチュームのようで性別も趣向も違うデザインの数々でアイデアの量に驚かされた。

 これだけ大量に思いつくなんて想像力豊かな人なのだろうな、と感心してしまう。 

 残念ながらどの紙にも持ち主を示す名前はもちろん、手掛かりになりそうな情報は特に書かれていなかった。


「これって…」

  東雲さんが何かに気づいた様子だったその時、こちらに涙を浮かべて必死に走ってくる女の子が居た。

 小柄な彼女は息を上がらせ、デザイン画を持つ私達に気づいて立ち止まった。

「あの、それ…私の、なんです」

「よかった。今どうしたらいいか迷ってたとこなの。はい、これで全部だと思うんだけど」

 拾ったデザイン画をまとめて手渡すと彼女はもう二度と離さないといった勢いで抱きしめていた。

 余程大事な物だったのだろう、安堵の表情を浮かべ座り込んでしまった。

「すごい上手だね。色んなデザインあって驚いちゃった」

「えっ…あの…ありがとうございます…あ!」

 ようやくまともに目が合うと彼女は口を金魚のようにパクパクと動かす。

「天沢さんだ!デジタルフロンティアに出てる1年の天沢さん、そうですよね!?」

「え、あ、はい」

  しまった、彼女の勢いにつられてつい肯定してしまった。

 先程までの潤んだ瞳はどこへやら、キラキラと輝く真っ直ぐな瞳に私は動揺を隠しきれない。

 それにしてもよく気づいたものだ。 

 もちろん彼女とは初対面だし、彼女の制服は国営科の物だ。

 国防科の私とは接点はなさそうなものだけど。

「あなたデジタルフロンティアが好きなのね」

「どうして分かるの?」

「だってこれ全部デジタルフロンティアのコスチュームデザインだもの。おまけにモデルのモチーフがほとんど上位ランカー。それも現在活躍している人気選手ばかり」

  流石は東雲さん。私は言われるまで全く気付きもしなかった。

 だから個性的でかつ動きやすそうなデザインが多かったのか。

「お恥ずかしながらそうなんです。私、強くて凛々しい方が憧れで、去年デジタルフロンティアを観た時からすっかり先輩達のファンになっちゃって…それ以来はコスチュームデザインばかり描いちゃうんです」

  そう楽しそうに語る彼女が眩しかった。

 好きなことがある人はこんなにも輝いて見えるんだ。

 趣味もなければ、情熱を傾けるような物もない私には彼女が素敵に思えた。

「もう入学してからは毎週のように試合が観られて興奮ものです!おかげでこんなにデザインも描けてしまって…」

 興奮気味に話していた彼女は急に萎れたように落ち込んでしまう。

「つい先程、兄に怒られたんです。将来の為にならないことに時間を使うな、アルフィードに入学した以上は立派な軍の仕事に就くのが当然だ。と。両親の方針でここに入学しましたが、私はやっぱり服飾に携わる仕事がしたい…」

  こんなにも情熱を持って取り組めることがあって、それを仕事にしたいと彼女は思っている。

 それのどこが立派ではないのだろうか?そもそも立派な職業って何?

 私は大人の常識なんてまるで分からないけれど、どんな仕事も一生懸命に勤め上げられれば十分立派に成り得ると思う。

 彼女を応援してあげたいが私にはどうしたらいいか分からなかった。


「すみません。私ったらいきなり会った人に何言ってるんでしょうね。忘れてください」

「…諦めないで!」

 そのまま立ち去ろうとする彼女を放っておけなくて思わず声を掛けるが、どんな言葉を続ければ少しでも彼女を勇気づけられるだろうか。

「私、あなたが羨ましいです!そんなに一生懸命になれるもの私にはないから。だから自分のやりたい仕事、諦めないで」

「…ありがとうございます」

 私の拙い言葉に驚いた彼女はようやく笑ってくれた。

 けれど後ろでため息が聞こえる。

「あなた、親に自分が服飾の職業に就きたいって一度でも伝えた?」

「…いえ」

「本気で服飾の仕事がしたいと思ってるならもっと堂々と主張しなさいよ」

  東雲さんの言うことは正論なのだろう。

 しかし誰もがそう出来る心や環境があるわけでない。

 それに彼女をよく知らずに言うのは少し可哀想ではないだろうか。

「あなたが親に怯えず向き合って全力を出すなら、あなたの夢に手を貸してもいい」

 思いもよらぬ発言に私も彼女も東雲さんを食い入るように見た。

「それってどういうこと?」

「デジタルフロンティアの試合で上位ランカーに勝つのよ。千沙、戦績ポイント500超えてるでしょ」

「ま、まあ…って私が試合するの!?」 

「当たり前じゃない。千沙がAランク選手を指名してこの子のデザインした衣装を着て勝つのよ。今は祭ごともない季節、校内新聞の華はデジタルフロンティアになる。そうとなれば大きな事件でも起きない限り校内新聞の一面記事は間違いなく格上を撃破した千沙になる。それも写真や動画付きでね」

  校内新聞と言っても、ここの校内新聞は訳が違う。

 アルフィードの敷地は大きく、休日になれば一般人の出入りが激しい商業地だ。

 ひとつの街中に知れ渡るに等しい効果があるし、ネットでの公開も行われている。

 校内の大きなニュースや将来有望な生徒、出来事なんかは全国放送で取り上げられることもある学園だ。

 そんな物に載ってしまえば間違いなく目立たずにはいられない。

「試合の生中継もあるし、ネット上には動画としても残り大勢が目にする。さらに最近デジタルフロンティアでの衣装は注目度が上がりつつある、まさに今は絶好の機会チャンスなのよ。憧れのデジタルフロンティアの舞台であなたのデザインした衣装が出る、どう?」

 黙って聞いていた小柄な彼女は小さく震え、か弱い少女そのものだった。

「自分がデザインした衣装が公の場に出るなんて…想像しただけで色んなことを考えてしまって怖いです」

「もちろん強制じゃない。あなたと千沙の力が上手く作用してこそ成功する可能性がある方法よ。嫌なら止めればいい」

 やがて震えが止まった途端、彼女は決意を秘めた瞳で私達をまっすぐ見据えて頭を下げた。

「でも同じ位ワクワクもします!私、天沢さんの衣装をデザインしたいです!全力で頑張りますのでお二人とも私に力を貸してください、お願いします!」

「だってさ」

  彼女の真剣な姿勢と東雲さんの予想外な助け舟に、この先を冷静に考える余裕もなく私は首を縦に振ることしか出来なかった。

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