コップの中の漣
あひみての
サヨナラ
「何度言ったらわかるんだ?僕は冷えたグラスで飲みたいんだ。そんなに難しい事を要求しているか?ただ、グラスを冷凍庫に入れるだけだぞ?おい、聞いてるのか?」
「ご、ごめんなさい…あの…」
「君のごめんなさいは聞き飽きたよ。謝らなくていいから、言う通りにやってくれよ。全く、使えない女だな」
「…ごめんなさい…」
「君と結婚して、僕には何のメリットもない。家事は出来ない、料理はマズイ、顔も身体もイマイチ、話は面白くない、そもそもオツムのcapacityが小さすぎなんだよ。そう言えば医者には行ったのか?結局産めないんだろ。完全に欠陥品だ。母さんに謝ってくれよ。知ってるだろ?孫の顔を見たくて仕方ないんだ。君が欠陥品で産めないと知ったらどんなに落胆するか。想像もしたくない。最も、君の遺伝子で駄作が産まれても可愛そうだが。わかってるのか?まぁ、あの両親から生まれたんだ、仕方ないよな。そこは同情の余地があるか。これだから学も品もない下級の人間は」
「……すみません」
「だいたい、僕が働いている間、君は何をしてるんだ?子供のいない専業主婦なんて、毎日、休日だろうが!あー。君の顔が視界に入るだけで不愉快だ。何でこんな女と結婚したんだ?僕は。君は僕の人生の汚点だ。副社長に言いくるめられてとんだ欠陥品を擦りつけられた。君がこんな広い家で何不自由なく生活出来ているのは誰のおかげだ?こんな生活を送る価値が君にあるのか?」
そこまで言って、冷えていないグラスにビールを注いだ。
「ほら、見てみろよ。せっかくの冷えたビールがぬるくなる。誰のせいだ?頼むから俺の視界から消えてくれよ」
「…ごめ…」
女に向かってグラスが飛んで来た。ビールは泡立ちながら飛び散り女の髪や肩を濡らし、冷蔵庫に当たって割れた。飛び散ったガラスの破片が女の足に小さな切り傷を作った。
男は首にかけていたタオルを床に投げつけると部屋を出て行った。女は布巾を手にするとガラスの破片を集め飛び散ったビールを片付ける。
丁寧に破片を拾い、隅々まで掃除を済ませて男が投げつけたタオルを細かく分類された洗濯カゴに入れた。美しく並べられた食器棚から指紋一つ見当たらないコップを取り出し、水を注ぐ。女はキッチンの引き出しから小さな包みを取り出し、中にある粉をそのコップに入れた。僅かに漣を立てながら沈んでいく白い粉が溶けきるのを見届けると、男の名が書かれた薬の袋の中からいくつかの錠剤を取り出し、コップと共にトレーに乗せた。静かに男の部屋の前に立ちノックする。
「あの…お薬を持ってきました」
扉に近づく男の足音が聞こえる。女がゆっくり時間をかけて楽しんでいる計画が実を結ぶまであと少し…。緩みそうになる口元を戒めるように唇を噛んだ。
———-END———
コップの中の漣 あひみての @makotrip
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
下着泥棒。/あひみての
★14 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます