そして、僕は鳥になる

今澤麦芽

第1話 代償

 僕は今日鳥になる。

 限界だった。いや、正確には既に限界は越えている。ここに立つ今でも、揺らぐことがない。足元に広がる青と白のコントラスト。高さはビルの五階相当だろう。夏の湿気った熱風すらも今の僕にはなにも感じない。

 世界は残酷だ。どんなに綺麗な鳥も大型の猛禽類に狩られる、蛇にも捕食される。

 僕は鳥になる。

 例え地に堕ちるとも、そこには確かな自由がある。

 明日から夏休み。そんな日に選ぶのはもはや、やりたいことが無いから。この先の憂鬱な一月半と、その先の高校生活。いずれも必死にしがみつくようなものではない。

 逃げ出すことが出来ればしてる。いや、むしろ今、逃げようとしてる。

 高校生になれば、アニメや漫画のような輝いた世界があると信じていた。

 現実は違う。灰色だ。

 背中を押すように一陣の風が吹いた。

「さぁ、行こう。自由に……」

「やぁ、何処へ行く気なんだい?」

 突然背後からの声に心臓が高鳴った。ここは観光スポットではないし、自殺の名所と言うほど有名ではない。五年前に一度有った位で僕が知るのはそれくらいだ。

 振り返るとTシャツとデニムにスニーカー、無精髭を生やした中年位の男の人がいつからあるのか苔むした岩に腰かけてタバコを吸っていた。


「で、何処へ行く気なんだい?」

 戸惑う僕に彼はもう一度問いかける。

「いや、あの……」

言えるわけがない。今から飛んでこの世界じゃないところへ行くなどと。

「あぁ、やっぱりか。そんな気がした。駅で君の目を見たときからね。だから尾行つけさせて貰ったよ」

 僕の言葉を待つより先に喋りかけ続ける。

「本来なら止めるとこなんだろうけどさ。おっさんは疲れててね。先に断っておくけど、色々事情を聞いたり相談には乗れない。君の自由を縛る権利は無いからね」

 彼、おじさんの言葉は不思議と僕を惹き付ける。

「さて、ここは暑いしあまり長居したくないんだ。だから本題。おっさんはNPO法人学園イジメ撲滅委員会の会長をやってる」

「イジメ撲滅……?」僕は聞いたこともない。そんな法人団体なんて。

「あぁ、信じる信じないは君の自由だ。なんせイジメは無くなってないからね。現に君はそうだろ?」

 無言で頷く。

「で、おっさんの活動は自殺しそうな君みたいな子供たちにある選択肢を与えることさ」

「選択肢?」

「そう。この不条理に抗う術を欲するか、それとも許容し受け入れて、そのあとどうするかは御自由に。って具合さ」

 煙を吐き出しおじさんは続ける。

「で?どうする?抗う術を欲するかい?」

 僕の頭は狂ったのか?夏の暑さでやられて幻聴や幻覚をみだしたのか?どうにも目の前のおじさんがそんな術を与えられる様には見えない。

 そもそも、なぜ止める事を目的としないんだろうか?学校に乗り込み人権や道徳を説くだけの団体じゃないのか?

 もしそうならただの気休め、そして悪化する事がわからないバカな大人だ。

「あぁ、ちなみに代償はあるよ?次回登校日まで君の自由は無くなる」

「どういう意味……ですか?」

「君は思わないかい?なぜ僕が、どうして自分だけが、いつまで続くんだ……と」

 それは、僕の考えを見抜いた様で、でも僕を見るでもなくおじさんは空を仰いで煙を吐きながら続ける。

「それはね、君が選ばれたんだ。例えは中二臭くなるけど。君は周りが嫉妬する何かを持ってる。容姿、性格、才能、群衆のなかでそれは光になる。けど、それを生かしきれない、または気づかない。そんな子らが選ばれるんだ。神なのか世界なのかはわからないけどね」

 ふと、視線を僕に戻したおじさんは寂しげな微笑みを浮かべる。そして、僕に再度問いかける。


 世界の不条理に立ち向かうか、否かを。

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