第19話 食糧問題
俺は今、佐護さんの能力の確認を終え柔道場でくつろいでいる。
佐護さんは現在北中先輩に診てもらっている最中だ。
能力を確認する為に無理をさせてしまっていた可能性があるからな、念のためだ。
そして佐護さんの能力は概ね予想通りだった。
想像した効果の結界を創造する。
ただ効果を想像したからと言って、全ての結界を創造できるほど万能ではなかった。
効果に関してはかなり詳細に考え想像しなければ能力自体が不足分を補填し、期待通りの効果は得られない。
更にそもそも結界自体が発動しないという事もある。
それに関しては佐護さん曰く、熟練度が足りない為創造不可という青白いウィンドウが出てくるらしい。
つまりは熟練度さえ上げればそれは解決できるという事。
ただ攻撃への転用は出来なかった。
けれどそれは能力の問題ではなく、佐護さん自身の問題な気がしている。
恐らく佐護さんは心のどこかで、結界は守る為のものであり攻撃する為のものではないと思っているようなそんな気がする。
それが結界の攻撃への転用を不可能にしている要因だと俺は見ている。
けれどこればかりは俺にはどうする事も出来ない。
佐護さん自身が考え方を変えなければならないからな。
手助けは出来ても解決は他人には不可能だ。
と、俺がそんな事を考えていると好川が柔道場に入ってきた。
けれどその好川の表情は、俺が見てもわかる程深刻な表情だ。
「何かあったんですか?」
「うん? あぁ、悠椰か。悪い色々と考え事をしていていた。それで彼女の能力はどんな感じだった?」
「……佐護さんの能力は概ね予想通りでした。ただ色々と制約があるみたいで攻撃の転用は当分難しいと言ったところですかね」
「なるほどな」
好川はそう答えるものの、どこか上の空な気がする。
これは絶対に何かあったな。
「それで? 結局何があったんですか?」
「……北中先輩と佐護さんは?」
「二人は今更衣室に居ます。無理をさせたかもしれないので、一応念のために北中先輩に佐護さんの状態を診てもらっています」
「なら、当分は大丈夫か」
好川は周囲を軽く見渡しながらそうつぶやく。
二人に聞かれると不味いような事なのか!?
それって一体……
「落ち着いて騒がずに聞いて欲しいんだが……どうやら保存食がつきかけているみたいなんだ」
「保存食が無くなる? でもそれはゴブリンが食べられるとわかって解決したんじゃないんですか?」
「悠椰……お前ゴブリンの肉食べた事ないだろ」
「はい」
「正直アレは食えたもんじゃない。勿論色々試しているみたいだが、臭みが一切取れないんだ」
やはりそうだったのか。
ゴブリンの肉が食べられるとわかってから今日まで、一切それに関する話を聞かなかった。
まぁ俺がここに集まる人以外と全く関わっていないのも勿論関係しているだろうが、それにしても話題にすら上がらなかった。
と言うか敢えてみんなその話題を避けている雰囲気まであった。
恐らく触れたくない程に酷い味だったのだろう。
「臭みをとるスパイスやハーブなんかがあれば話は別なんだろうが、この状況では超がつくほどの貴重品だ。家庭科室に置いてあったものは早々に誰かが持ち出していたらしいから、試す事すら出来なかったらしいがな」
「えらく詳しいですね?」
「そりゃ悠椰に強さを任せている分、こっちは知識でそれを手助けする為に情報収集に全力を注いでるんだ。手を抜くわけないだろう? ……それで悠椰、一応聞くがそう言ったもの、例えば黒胡椒やナツメグ、ローズマリーあたりはどれぐらいで交換できそうだ?」
「ちょっと待ってください」
俺は好川にそう答えながら、[アイテムドロップ]で言われたものを交換するのに必要なポイントを確認する。
好川が具体例を出してくれたおかげで確認する事はそれ程難しくない。
スパイスやハーブだけでは曖昧過ぎて確認すらできないからな。
好川も勿論その辺りをわかっていて具体例を出してくれたんだろうが。
★黒胡椒を交換するには650ポイント必要です★
交換しますか?
はい/いいえ
「黒胡椒を交換する為には650ポイント必要みたいです。ただナツメグとローズマリーは自分の中で物が思い浮かばないので、裏技を使わないと確認できません。それでも確認した方が良いですか?」
「いや、それなら二つは確認しなくていい。にしても黒胡椒一つで650か……」
好川はそうつぶやき頭を抱える。
好川も[アイテムドロップ]についてはほぼ俺と同じぐらい知っている。
勿論ゴブリンを倒せば100ポイント得られる事もだ。
「因みに、カップ麺だとどれぐらいだ?」
「カップ麺は確か800ポイントだったと思います」
「それを毎日全員にと考えるのは、余りにも非現実的だな」
流石にそれは無理だろうな。
生徒数だけでも千人は超えるだろう。
つまりは毎日ゴブリンを8,000体以上倒さなければならなくなるという事。
それは今の俺では物理的に不可能だ。
ただ、俺の[アイテムドロップ]について知られればそれを強制される可能性は否定できない。
「それ程緊迫しているんですか?」
「皆この状況に慣れ始めたせいで、色々と他の事を気にする余裕が出来始めた。元の世界の食事で舌の肥えている俺達が、非常食ならまだしもあのゴブリンの肉で満足できるはずがない。結果、どうなると思う?」
「飢え死にする人間が出る、という事ですか?」
「まぁそれもあるかもしれない。だが人間ってのは案外生にしがみつくものだからな。例え不味かろうが生きるために食べる事を止める事はそうそうないだろう。問題なのは不味いものを嫌々食べているというストレスの方だ。しかも元の世界の味を覚えている分、更にたちが悪い。これがそもそもこの世界の食事しか知らないという事だった場合、そもそもこれは問題にすらならないんだからな」
つまりは緊迫した状況になれば嫌でもゴブリンの肉を食べるが、それが問題だという事か。
確かに元の世界の食事で舌が肥えている分、不味いものに関してはかなり敏感になっている人間は多いだろうな。
災害用に備蓄されていた非常食ですら文句を言っている奴が居たからな。
俺は別に何とも思わなかったが、それが気になる程常日頃から旨いもの食べていたという事だろう。
好川も非常食に関しては文句は言っていなかった。
そんな好川が不味いと強く断言するほどの物となると、その不満はほぼ全員が持つことになるのは確かだ。
そこまでとなると……暴動が起きても可笑しくない。
一体誰に対してって話にはなるがな。
「暴動が起きるという事ですか?」
「そんなわかりやすいものなら良いだがな。恐らくもっと陰湿な事が起こる。ストレスのはけ口を求めてな。だが一番最悪で恐ろしいのが、人間の肉が旨いかもしれないと思考する奴が現れるかもしれないという事だ」
「そんな事……」
「無いとは言い切れないだろ? そうなったら終わりだ。食に関する欲は人をそこまで醜く変貌させる可能性が十分にある。何せ三大欲求と呼ばれるぐらいだからな。そうならないようにするために、非常食が尽きる前に手を打たなければならないんだ」
俺は好川の言う通り、強く否定する事が出来なかった。
佐護さんが木に縛られていた光景が脳裏をよぎったのだ。
人間の陰湿で醜い側面をしているからこそ、なくはないと思ってしまった。
ただここまで聞けば、今の状況の深刻さが理解できる。
好川が俺の能力を頼るぐらいだから相当だとは思っていたが、まさかここまでだとは考えていなかった。
これは確かに何らかの対策を講じておかないと不味いだろうな。
にしてもここまでの情報を一体どこから仕入れてくるんだ?
非常食が底をつきそうとか、かなり重要な事だろう?
「……今更ですがその情報元は信頼できる人なんですか?」
「それに関しては大丈夫、信頼できる。何せ情報元は滝本先生だ」
なら大丈夫か。
滝本先生ならこれ程重要な事で嘘はつかないだろう。
にしてもよく滝本先生がこんな情報流してくれたな。
この事が他の教師陣にバレれば滝本先生の立場が危うくなるというのに。
好川の奴、一体何を対価として渡したんだ?
まぁただ教師陣からの情報なら既に対策を考えている可能性はあるかもしれないな。
「好川ならどうするんだ?」
「……それについて色々と考えていた訳だが、やはり探索範囲を広げるのが一番良いだろうな。現状危険を考慮して慎重に探索している森の中を、危険を承知で一気に探索範囲を広げる。ゴブリンが生きられているという事は他の生き物が居る可能性は非常に高い。ただ他の生き物を見つけられなかった場合に備えて並行して植物や果物に詳しい人間を引き連れ、食べられる果物と治療や肉の臭みを消せる植物を探すというサブプランを同時進行するのが、一番ベターだろうな」
安全マージンを捨ててまで、という事か……
だがこれを後回しにすれば取り返しのつかない事になりかねないのも確か。
と言うより後回しにしてきたからこそ、その付けが回ってきたと言う方が正しいだろうな。
安全マージンを捨てるという事は、自身の命を賭け金とした賭けをするようなもの。
だから正直率先してやりたい奴は居ないだろう。
だが今後の事を考えるなら俺はそれを率先して行わなけれなならない。
だから好川はあれほど悩んでいたのだろう。
そんな事気にしなくていいのに。
勇者と英雄に追いつくと決意したあの時に、既に命を賭ける覚悟は出来ている。
「ならその目的を勇者や英雄よりも先に遂げれば、滝本先生は自分達についてくれるって事ですよね?」
「……悪い」
「何を謝ってるんですか? 元々そう言う道を進む事はわかってたはずでしょ? ならここは謝罪じゃないと思いますけど?」
俺は好川の言葉に軽く笑みを浮かべながらそう返す。
「……頼んだ」
「任せてください。でも勿論その話滝本先生には通しておいてくださいよ。それにサブプランの方は任せましたからね?」
「あぁ」
好川は俺の言葉に力強く、どこか覚悟を感じさせる声音でそう答えた。
遂に俺達のグループが頭角を現す時が来たという事だろう。
存在感を示し、発言力を強めるための最初の行動。
これから忙しくなりそうだ。
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