第7話 急激なレベルアップ

「ハァ……ハァ……ハァ」

「流石に疲れるな悠椰君」


 何が疲れるだ……

 俺は肩で息をしながら立ってるのがやっとだってのに、息一つ乱さずに言いやがって……

 これが職業の差、なのか……


 あれから俺達は滝本先生指導の下、俺は五体、好川は八体のゴブリンを倒している。

 好川の方が数が多いのは別に贔屓されていたとかではなく、単に俺の問題だった。


 ただゴブリンを倒すだけ、そう単純に考えていたがそんなに甘いものじゃなかったんだ。

 最初の三体ほどは滝本先生のおかげでゴブリンを倒すというより、氷を砕くと言った感じだったが、後の二体は[身体強化]を使いながら実際に戦った。


 [身体強化]、こいつは想像してた以上にかなり基礎能力が必要なスキルだった。

 その名の通り身体能力を強化するスキル。

 つまり元が弱ければ強化したところでそれ程強くないという事だ。


 とは言え滝本先生はいうまでもないが、好川もそれなりに鍛えていたのか? [身体強化]を発動するだけでゴブリンとはそれなりに戦えていた。

 俺は鍛えた覚えもないので、案の定[身体強化]を発動したところでゴブリンの攻撃を躱すのがやっとといった感じだった。


 だが滝本先生の助力もあり、どうにか氷漬けにされていないゴブリンを二体倒せた感じだった。

 いや、倒してしまったと言った方が良いかもしれない。


 ゴブリンを倒したときの手に伝わってきた生々しい感触とうめき声が脳裏から消えないのだ。

 勿論素手で倒した訳じゃない。


 ゴブリンが持っていた鉈のような武器を使い倒した。

 それでも鉈を持つ手に伝わってきた肉を断ち切る感覚……

 目の前に飛び散った真っ赤な血……


 その時に嗅いだ血の匂い……

 聞こえてきた死の間際のうめき声……

 それら全てを今でも鮮明に思い出す事が出来る。


 だが吐き気を催す程ではないし、戦いの中でその光景がチラつく訳でもない。

 それはこの場に立つ前に覚悟を決めておいたおかげだろう。

 でなければ今頃この辺りは俺の胃に溜まったモノがまき散らされていたことだろう。


 そんなわけで俺は肉体的にも精神的にも疲労が溜まり、五体が限界だったのだ。

 その点八体も倒した好川や、それ以上の数を倒して平然としている滝本先生は素直に尊敬してしまう。


 とは言え五体倒したことで得られたものはかなり大きい。

 たった五体しか倒していないのに、ステータスがこれ程変わったのだからな。



名前 朝倉あさくら 悠椰ゆうや

性別 男


職業 職業変更クラスチェンジャー(チュートリアル) Lv 18/30

生命力 169/169

魔力  173/173

力   166

守   167

抗魔  172

敏捷  163

器用  173

精神  171


▼スキル

 [身体強化][魔力操作][職業変更クラスチェンジャー][早成]

 [言語翻訳]


 

 まさかたった五体倒しただけでレベルが一気に18まで上がるとは思いもしてなかった。

 流石に上がり方が不自然だと思うから、もしかしたら職業にチュートリアルって入ってる事もありかなりレベルが上がりやすい職業なのかもしれない。


 勿論[早成]の恩恵もあるだろうが、それだとしても上がり過ぎな気がするからな。

 それにどうやら職業レベルには上限があるみたいだ。

 とは言ってもこれもチュートリアルだからって説は否定できない訳だが……


 まぁどのみち[職業変更クラスチェンジャー]で職業を変えようと思うとレベルを30上げないと150ポイントたまらない訳で、丁度いいちゃいいんだよな。

 因みにレベルアップによるポイントは現在90ポイントたまっていた。


 恐らくだが職業を変更したときにレベルが0~1に上がったという判定なのだろう。

 だが別に0~1に変わったところでステータス値には変化は無かった。

 それは職業を変更した直後に確認済みだ。


 後ステータスを見ながら規則性が無いか考えていたら、どうやらステータス値はレベルアップで9上がっているという事がわかった。

 例えば生命力。


 初期値が16だったのが現在169となっている。

 17レベル上がって153増加していえる事から、1レベル辺り9増加している事になる。


 勿論偶然の可能性も考えたが、流石に全てのステータスが全く同じように割ると9と言う数値が出てくるのを偶然と考えるには些か無理がある。


「一時間たったか……お前達、そろそろ体育館に向かうぞ」


 滝本先生は腕時計を見た後、そう言って俺達を手招きした。

 俺はそれを見て困惑した表情を浮かべる。

 確かに疲れてきたから少し休みたいとは思っていたが、まさか先生まで一緒に体育館に向かうのか?


 それだとここの守りは一体誰がするんだ?

 流石に誰も居ないのは不味いと思うが……

 とりあえずそこの辺りは直接聞いてみるか。


 俺はそう思い滝本先生のもとまで向かう。

 後に続く形で好川もついてくる。


「大丈夫か朝倉? 体育館までおぶってやろうか?」

「だい、じょうぶ、です」


 俺は必至で呼吸を整えながらそう答える。

 確かにかなり疲れてはいるが、この年でおぶって運ばれるのはかなり恥ずかしい。

 それに後で初対面の人間に理由を聞かれる事を考えると更に嫌だ。


「そうか? ならとりあえず向かうか」

「滝本先生、待ってください」

「なんだ好川」

「俺と悠椰君が体育館に行くのはまだわかりますが、失礼ながら何故滝本先生まで一緒に向かうんですか? それだと校門をあの生き物から守る人が居なくなると思うんですが?」


 正直それは俺も聞きたかったが、疲労感で喋るのはかなり億劫で聞けなかった。

 だが何故だろう?

 そう言った好川の口調がどこか棒読みだった気がするのは気のせいだろうか?


「まぁ、ここの守りに関しては大丈夫だ。俺が一緒に行くのはあの問題児のせいと言うかおかげと言うか……だからお前達はあまり心配しなくていい」

「わかりました」

「……えらく物分かりが良いな」

「聞いたら教えてくれるなら聞きますけど、教えてくれないでしょ?」

「その通りだ。これは聞かれても教えられない」

「なら大丈夫です」


 正直意外だ。

 先程までの好川から考えればここはかなり深くまで追求するんじゃないかと思ったからな。


 しかしここの守りが大丈夫?

 一体何を根拠にそう言ってるのか、非常に気になる。

 何せここからゴブリンが学校の敷地内に入れば非常に面倒だ。


 校舎内や部室、隠れられるところは至る所にあるからな。

 気づかずに寝たらそのままあの世行きなんて洒落にならない。

 後滝本先生が一緒についてくる理由は問題児のせいだと言っていたがどういうことだ?


 問題児ってのは恐らく龍美だろうが、それと先生が一緒に体育館に行く理由にどう関係があるのだろう?

 かなり気になるが、好川が話を終わらせた手前今更掘り返す訳にもいかない。


「それじゃ体育館に向かいましょうよ。悠椰君には俺が肩を貸しますから」

「わかった。それで行こう」

「いや、自分は……」

「先生がぼかした内容、気にならない?」


 俺が好川の申し出を断ろうとしたら、それを途中で遮る形で好川が耳元でそう言ってきた。

 先生のぼかした内容?


 それはつまりここを守らなくても大丈夫な理由について何か知っているという事か!?

 気になる……


 先生を盲目的に信じ命を賭けられる程俺はお人好しじゃない。

 ましやそれが自身の命をチップに行う賭けなど、ベット出来るはずがない。

 先生を信用しているいないの問題じゃない。


 自身の命を賭けるのならそれなりの理由が無ければ無理だという話だ。

 手放しにホイホイ命を賭けられる程俺は自分の命を軽視していない。

 そして今は拒否してここを離れられる程の実力はない。


 ならばせめて理由ぐらいは知っておきたいと思うのが普通だろう。

 ここは好川の話を聞く以外の選択肢などあるはずがない。


「どうした二人共?」

「いぇ、利き手を聞いてたんですよ。もしもの時に備えて利き手は開けといた方が良いと思いますから」

「そうか」

「はい」


 好川は滝本先生の言葉にそう答えながら、俺の左手を自身の首に回す。

 待て、確かに俺は右利きだがそれを言った憶えは無いぞ?

 コイツなんで知ってるんだよ。


「それじゃぁ行きましょっか」

「一応大丈夫だとは思うが、好川の言う通りもしもがあるからな。あまり俺から離れすぎるなよ」


 滝本先生はそう言いながら学校の敷地内に歩を進める。

 俺も好川に肩を借りながら同じように歩を進める。

 チラッと好川に視線をやれば、あからさまに前を向くようにとアイコンタクトを送られた。


「そう焦らなくても大丈夫。正直、今から話す内容には先生に聞かれたくない内容もあるから、出来るだけ今みたいに表情には出さないで欲しい」


 今みたいにって……つまりは表情に出ていたと。

 俺が急かしているような表情をしていたと。

 しかも見てわかるって事は相当だぞ……


 これからは出来るだけ表情に気を配った方がよさそうだな。

 俺はそう思いながら、好川の言葉に頷く。


「わかってもらえてよかったよ。それじゃぁまずは、先生が校門を守らないくていい理由から。恐らく守らなくていいではなく、滝本先生の時間が終わったという感じだろう」

「時間、ですか?」

「流石に丈裕君を数人の教師が追いかけたと言っても、数が合わない。まさか教師陣だけ生徒と違い数人しかこの場に居ないなんて訳はないからね」


 確かに。

 言われてみればそうだ。

 あまりに教師の数が少なすぎる。


 実際に確認したのは四人。

 龍美を追った教師が数人と言っていたから、三~四人だとしても八人……

 明らかに教師の数が少ない。


「ここからは俺の予想でしかないんだけど、多分先生達は幾つかのグループに分かれて行動している。あの生き物が校門側からだけ来るとは限らないからな。それに備えて四方を警戒するのは当然必要だ。勿論多少校門側に多くの人を配置していた可能性はあるかもしれないけど、それだけだ」


 そうだ。

 あのゴブリンが森から来ていたのなら、今この学校は四方を同じ森に囲まれている。


 なら校門側の森以外からゴブリンが現れ、そのゴブリンが学校の敷地内を目指してもおかしくない。

 

「そして激戦区となると予想されていた校門の先生達は、一時間が経過して状況が収束へと向かっていれば報告するよう取り決められていたんじゃないだろうか? それで報告が無ければ増援を送る必要があり、報告があれば校門の先生達は休息の為別のグループと交代、そんなところじゃないかな」


 一時間という数字は、恐らく滝本先生がもらした言葉からの予想だろう。

 にしてもコイツ……ゴブリンと戦いながらこんな事まで考えてたのか?

 コイツに頭を使った戦いでは勝てる気がしないぐらい、凄いぞコイツ。


「でも、収束したかどうかは……」

「どう判断するかって? 確かに森の中に隠れてて数が減ったところに一気に襲ってくるって可能性もあるにはあるけど、それは無理だと思うよ。何せ滝本先生には広範囲の探知系スキルがあるだろうから。あの生き物が息をひそめていようが、それなりの数が居れば先生はあの場を動かなかったと思うし、そう言った事を考慮してグループ分けされていると思うから」


 広範囲の探知系スキル?

 確かに先生はある程度ゴブリンの位置がわかっているような発言や行動だったが、それでも単純なスキルではなく、魔法を使って探っているものだと思っていた。


 と言うかあんなに魔法を使っていたんだから、普通そう思うだろう。

 なのにコイツはスキルだと……

 何故そう思った?


 クッソ……

 コイツの話を聞いていると、余計に疑問が増える気がする。


「A先生の助言の影響も勿論あるだろうけど、正直それでも教師陣を指揮している人は相当頭がキレる人間かこの状況を事前に知っていたかのどちらかだろうね。こんな状況に陥ってもうかなり時間が経つけど、ほとんど犠牲者が出ていないのはその人のおかげだろうからね」


 確かにかなり迅速な対応だったと思う。

 滝本先生が言っていたA先生の発言通りにならなかったのはその先生のおかげだろう。

 だがだとしても……


「それでも校門に誰も居ないのは、不味くないですか?」

「あぁそれに関しては大丈夫、既に別のグループが向かってるだろうから」

「どういう、事ですか?」

「……先生達は俺達の知らない通信手段を持ってるんだ。それで連絡してるのが偶然聞こえて来てね。だから大丈夫なんだ」


 好川は少し考えるかのような間の後、そう言って俺に向かって微笑んできた。

 俺達の知らない通信手段てなんだよ!?

 しかもそれが偶然聞こえたって、そんな事があるのか?


 だって滝本先生は探知系スキルを所持してるんだろ?

 ならそんなへまをするとは考えられない。

 それでも尚好川が言っている事が正しいと考えるならば、コイツは俺に何か隠していると考えるしかなくなる。


 それは恐らくだが、何らかのスキルだろう。

 俺もコイツも会話の中で、あえてステータスに関する話題は避けていた。

 とすればコイツも俺と同じく、隠したいがある。


 そう言う事ではないのだろうか。

 そしてその通信手段を見つけたのはその隠したいによるもので、説明する事が出来ない。


 だから嘘をついた。

 だがコイツの場合それが嘘だとバレる可能性ぐらい考えられたはずだ。

 もしかして、わざとなのか?


 わざと気づかれるような嘘をつき、あえて気づかせることで情報の信憑性を高めたのか?

 そして暗にこう言ってるんだ。


 「お互い触れられたくないものがあるだろう? 俺も触れないからお前も触れるな」と、そう言ってるんだ。

 コイツは俺よりも一枚も二枚も上手だ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る