小さな商人の小さな波紋
イサナさんがこの集落に来て数日、少しだけこの集落の様子も変わってきた。
たとえば塩の祠の復興組の為に炊き出しをしているのだが今までは家々で持ち寄ってきた土鍋で調理をしていたがイサナさんが大きな鉄製の鍋を提供しそれを使用する事になったので一度に大量に作れるようになったと調理をしているラミラが喜んで話していた。
工房の職人たちも今までは戦士の達の為に武具の作成と修繕だけを行っていたが今は余った素材で人間に売れる物を作る練習をし始めていた。
ヴィオラが軽装の冒険者向けに革で作る防具や魔術師向けの魔導具について職人に説明していた。
魔導具なんて骨や牙で作られているのでかなり禍々しい見た目だが本当に売れるのだろうか。
イサナさんは貴族向けの商品の提案をしその初めの品としてブラックワームの革で靴を作ることになった。
我々ラミアは靴を履くことは無いのでその良さが分からないしリザード族の方々もこの荒野であのような足全体を包むような靴を履くことは無い。
あんな靴だと熱がこもって大変らしいので靴底とそれを止める帯だけがついた靴を履いているからだ。(イサナさん曰くサンダルと呼ばれる物らしい。)
ちなみに、真っ黒ながらも独特な光沢を放つ靴を見て試作品の状態ですら売れるとサナさんは大興奮しており作った職人をさんざん褒め殺し職人は顔を真っ赤にして照れていた。
<おお、ネフェルではないか。今日は一人か?>
<おはようございます戦士長。巫女様は家でお休みかとワタクシは水を汲みに外に出ただけですので。>
<全くあの娘は…巫女だからと言ってネフェルに甘えすぎだな。今度一言言っておかねばならんな。>
<それが巫女様付きの職務ですので気になさらないでください。ところで戦士長は今からどちらへ?出陣と言うには軽装ですが>
他のリザード族よりもひと際大きな戦士長は武装状態が普段着かと思うぐらい常に武装しているのだが今日は短剣一つだけを腰に付けるだけの珍しい恰好だった。
<今日は休みだからな、流石に休みの時は装備は持たんさ。せっかくの休みなのだからちょっとラザードで辺りを流そうと思ってな。そう言えば最近やたらとラザード達の調子がいいのだが何か知らないか?>
<…そういえばイサナさんがやたらとラザードに気に入られていましたがその影響ですかね?>
<イサナと言えばあのちっちゃい商人か。あの気分屋のラザード達がそんな簡単に気に入っていたのか?>
<ええ、離れる時なんて大変でして世話係が嫉妬する程でしたよ。>
<それは、よっぽどだな。改めて商人に挨拶に行った方がいいかもしれんな。ただ、人間の言葉は苦手なんだよなぁ…>
<ああ、それなら気にしなくて構いませんよイサナさんは『言葉のギフト』を授かってるそうでどんな言葉も理解できて話せるそうですので。>
<おお!凄いではないかならば気にせず声をかけれるな!戦士の中にも声を掛けたくても話せないからと遠慮してる奴もいたから今度伝えてやろう!それにしても、我々リザードやラミアに偏見が無くどんな言葉も通じる『ギフト』持ち、そして巫女の武力を受け入れる胆力。なぁネフェル、娘をあの商人に嫁がせるのはどうだろうか?>
<…は?>
<よく考えて欲しい。俺は娘がどこでも暮らせるように持てる技術の全てを娘に叩き込んだ。その結果として確かに娘は強くなった。それこそ部族で1,2を争う程にな。だがその結果として嫁ぎ先が見つからなくなってしまったのはお前も知っているだろう!?力を貴ぶ赤の連中ですらダメなんだぞ!なら部外者にゆだねるしかないだろう>
<戦士長…遺言の準備はよろしいでしょうか…>
<ま、まて。分かったから魔力を高めるな。この話はこれで終わりだ!それでいいな、な!>
<全く、あなたはあの御方をどうお考えなのですか…あの方が嫁いでもいいというのであればワタクシも協力は致しますが無理やりするのであれば次は容赦なくいきますので覚えておいてください。>
<いい考えかと思ったんだがなぁ…嫁ぎ先はおいおい考えるか。では俺はこっちなのでな、またなネフェル。>
<ええ、お気をつけてくださいませ。>
戦士長はトボトボとラザード達の厩舎に向かって行った。
イサナさんが来てこの集落は少し変わった。
とはいっても未だに塩の祠は落石で埋まっているし生活が劇的に変わったわけではない。
だけども確実にイサナさんがこの荒野の小さな集落に新しい風を持ってきた。
それはきっといい風だと思う。
大地に眠りし祖龍よ、どうか我々ウロコ持つ者たちと外からやって来た優しき者たちをお守りくださいませ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます